環境ジャーナリストからのメッセージ ~日本環境ジャーナリストの会のページ気候変動を伝えること

2015年12月15日グローバルネット2015年12月号

NHK グローバルメディアサービス国際番組部ディレクター
小越 久美子

テレビ番組制作のディレクターになって10年以上が経つ。気候変動に関する映像制作の機会が多い中、「難しい気候変動の問題をどう伝えるか」という課題は深まる一方だ。

最近、NASA(アメリカ航空宇宙局)のニュースレターのヘッドライン「Antarctic Sea Ice Reaches New Record Maximum(南極の海氷が新しい最大値を記録)」が目に留まった。

今夏の世界の平均気温が過去最高を記録し、温暖化問題をより一層強く感じていただけに、南極の氷の増加で温暖化の心配はもう必要ないのか、とまで思いながら記事を読み始めた。

記事では、氷の増加の理由について断定的に言えることはないとしながらも、温暖化の影響は均一ではなく、気温上昇や降水量には地域格差があること、全体では相変わらず海氷が減少傾向にあること、などを挙げている。さらに、大気や海流の変化によって、南米に近い半島付近では氷が失われており、南極の氷の増加は北極海で溶け出している氷の3分の1程度に過ぎないことも提示している。内容を読めば南極の海氷増加が安心材料でないことは理解できた。

しかし、読者がヘッドラインしか読まなかったらどうだろうか。私が最初に抱いた「温暖化はもう落ち着いたようだ」という印象を与えてしまっては問題だ。

11月に東京で開かれたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)とWMO(世界気象機関)が主催した世界の気象キャスターのためのワークショップはまさに「気候変動の科学を、正しく、一般視聴者にもわかりやすく伝えること」がテーマだった。IPCC第5次評価報告書の執筆者たちによる各作業部会の講義に続き、9ヵ国15人の参加者が報告書のポイント、各地域で増えている異常気象、降雪量の増加などについて、グループごとに工夫を凝らしたプレゼンテーションを披露した。

サモアの気象キャスターのルムさんは、公民権運動に沸く1960年代の米国でヒットした「A change is gonna come(いつかきっと変化は訪れる)」を熱唱し、海面上昇で島が沈んでしまうと訴えた。ユーモアな演出が笑いを誘ったが、笑える状況でないことは彼らが一番よく知っている。島民の命を守りたいと気象キャスターを志したルムさんは「私たちの島は気候変動の影響をますます強く受けています。高波は防潮堤を越えて押し寄せ、海水は内陸、高地にまで及んでいます」と語った。

また、インドのシンさんは、今年から天気と農業に特化した24時間テレビ番組を担当している。人口のおよそ半分が農業を営むインドでは伝統的手法にこだわる農家が多く、気候変動に適応した農業の推進が思うように進まないと言う。「気候変動を科学的に伝えても、伝わらない場合が多いのです。私たちは農家をスタジオに招き、彼らの悩みを聞き、解決策をともに探ることで、気候変動の影響に適応した農業を目指します」と教えてくれた。

先進国に暮らす私にできることは何か。そんな疑問を胸に会場を後にしたが、ふと「ネガワット」という言葉を思い出した。以前取材した米国ロッキーマウンテン研究所共同創設者のエイモリー・ロビンスさんの言葉だ。ロビンスさんは「日本の国民一人ひとりが10Wずつ節電したとすると計100万kWになり、これは原発1基分の設備容量に匹敵します。つまり原発1基が不要になるのです。電力を使う量を示す「メガワット」でなく、使わない(ネガティブ)電力(ワット)という意味の「ネガワット」が重要なのです」と教えてくれた。なるほど、たった10Wで一石二鳥以上の価値を生み出す力を私たち一人ひとりは持っているのだ、と私はその言葉から大きな気付きを得た。

私は今、環境省の事業として、気候変動の最新情報とその適応・緩和の取り組みを伝える60分の映像を制作している。年度末に完成すれば、環境省の動画チャンネルなどに掲載される予定だ。

気候変動の今と未来に注目してもらうだけでなく、サモアのルムさんたちが祖国を失わないよう、そして私の5歳の娘が気候変動の脅威におびえることなく暮らしていけるよう、視聴者の“気付き”につながる作品に仕上げたい。