21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第11回 市場外の意思決定をどのように行うべきか

2016年02月15日グローバルネット2016年2月号

千葉大学教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

前稿では、市場における意思決定では、経済を支える各種資本ストックの持続可能性を確保できないこと、とくに、物的資源価格と廃棄物処理価格のように「地球システム」に関連する価格の決定を、市場での意思決定に委ねることは適切ではないことを説明しました。それでは、市場での意思決定に代わる意思決定の方法とはどのような方法なのでしょうか。

職業的専門家の規範に従って管理するという考え方

宇沢弘文先生は、社会的共通資本の管理方法について、「社会的共通資本は決して国家の統治機構の一部として官僚的に管理されたり、また、利潤追求の対象として市場的な条件によって左右されてはならない。社会的共通資本の各部門は、職業的専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規範にしたがって管理・維持されなければならない」(『経済学と人間の心』(東洋経済新報社))と述べられています。市場での意思決定に代わるものとして、「職業的規範」に期待されていたのです。  

しかし、職業的規範に期待する考え方には、大きな欠点があります。社会的共通資本の一分野である自然環境については、誰が「職業的専門家」でしょうか。自然環境はそれを製作した職人は存在しません。自然環境を管理する主体は制度的に作り出さなければなりません。どうしてもその主体は一種の官僚的な立場にならざるを得ないのです。  

わたしは、職業的専門家としての官僚も存在すると思います。しかし、そうでない官僚も存在することは事実です。やはり、職業的専門家の個人的な気質に期待するのではなく、なんらかの客観的な管理規範や管理原則が与えられなければならないのです。

不確実な状況に対処するための原則―予防原則

市場での意思決定に委ねることができない理由の一つが、市場の参加者が持続可能性に関する情報を十分に持っていないということでした。生態系という複雑系のシステムの挙動に関しては、自然科学者ですらよくわかっていない部分が大きいのです。このため、市場での意思決定に代わる意思決定システムにおいては、知識の不完全さをどのように補うのかという視点を欠かすことができません。  

不確実な状況に直面する中で持続可能性を確保するための意思決定原則が、予防原則です。1992年の地球サミットで採択されたリオ宣言の第15原則においては、「深刻な,あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には,完全な科学的確実性の欠如が,環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由として使われてはならない」と規定されました。また、日本の第4次環境基本計画でも、「環境影響が懸念される問題については、科学的証拠が欠如していることをもって対策を遅らせる理由とはせず、科学的知見の充実に努めながら、予防的な対策を講じるという『予防的な取組方法』の考え方に基づいて対策を講じていくべき」とされています。  

このように、重大で不可逆的な悪影響が発生する蓋然性がある場合には、科学的根拠が完全でなくとも、対策を講ずるべきという管理規範がまず採用される必要があります。  では、このような蓋然性をどのように評価すべきでしょうか。やはり、蓋然性評価にあたっては、科学的知見が必要となります。その時点で得られているさまざまな事実をさまざまな科学者が評価し、大多数の科学者が同意できる内容は何か、どの点について科学者間で相違がみられるのかを、科学者間で相互に評価し合う場が必要です。地球温暖化対策における気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、このような場として機能している例だと考えます。

攪乱に耐えるシステム設計―レジリエンスの確保

 また、システムの持続可能性を確保するためには、システムの持続可能性を脅かすさまざまな攪乱要因に耐えるようにシステムを設計することも重要です。攪乱に耐えるためには、攪乱をはねのける頑強さ(ロバストネス)を備えるという方向と、攪乱を受けても元通りに回復できる力(レジリエンス)を備えるという方向があります。人間活動を支える生態系システムのような柔構造のシステムの持続可能性を考える際には、後者のレジリエンスの確保が重要となります。  

レジリエントなシステムの要件について、ゾッリ=ヒーリー※は『レジリエンス』という本の中で、以下のように述べています。「経済システムであれ生態系であれ、レジリエントなシステムは突然の変化や決定的な閾値の接近を感知する信頼性の高い『フィードバックのメカニズム』を備えている」、「信頼性の高いフィードバックループ、ダイナミックな再構築、固有の対抗メカニズム、分離可能性、多様性、モジュール構造、単純化、高密度化――こうした特質はシステムのレジリエンスを決定づけるツールキットだ」(『レジリエンス 復活力』須川綾子訳、ダイヤモンド社)。  

この考え方は、数理生態学者のサイモン・レヴィンによる環境管理の八戒にも共通します。彼の八戒は、「不確実性を減らせ」、「不意の事態に備えよ」、「不均一性を維持せよ」、「モジュール構造を保て」、「冗長性を確保せよ」、「フィードバックを強化せよ」、「信頼関係を築け」、「あなたが望むことを人にも施せ」というものです(『持続不可能性』重定南奈子・高須夫悟訳、文一総合出版)。  

システムは、外部からの攪乱がある閾値を超えてしまうと不可逆的にその質を低下させてしまいます。例えば、システムとしての生物の個体は、ある程度の外的環境の変化に耐えられますが、それが一定の限度を超えてしまうと死んでしまいます。このように、決定的な閾値が超えないように常にその状態を検知するフィードバックのメカニズムが備わっていないといけません。そして、システムの一部が破壊されても、予備が機能するようにバックアップのルートが存在する必要があります。機能停止が全体に及ばないように、モジュール化しておくことも必要です。  

市場での意思決定においては、効率性が確保されます。最も生産力の高い用途や、最も効用の高い生産物に生産資源を集中させることとなります。このようにして生まれた均一性が、持続可能性をむしばむこととなります。この点からも、市場における意思決定とは別の意思決定によって、持続可能性を確保しなければならないことが示されます。

何を持続させるのか―熟議による意思決定

予防原則にのっとって対応し、レジリエンスが確保されるように努めるという方針が示されましたが、どの資本をどの程度存続させるのかについては、最終的にはなんらかの価値判断が伴うこととなります。この場合に、決定の影響が及ぶ範囲の人びとが当該判断に参画できるようにすることが重要です。このときに、一部の職業的専門家が決定してしまうことは、適切ではありません。  

決定の影響が及ぶ範囲の人びとが多人数に及ぶ場合には、多数の関係者による合意形成プロセスを適切にデザインすることが求められます。社会的課題を理解するための情報を与えられ、関係者相互の考え方の違いに触れて、十分に考えた上で合意点を探るという熟議のプロセスを経れば、社会的により良い状態が実現することが期待できます。  

熟議のプロセスは、意思決定構造が変わる可能性のある関係者を想定して初めて意味があるものとなります。このプロセスを通じて、課題解決に関する情報が共有され、参加者の課題設定の時間的・空間的視野がそろっていき、課題解決の共通の判断基準が育てられることになります。このことによって、課題解決のための方策に関する協働関係が生み出され、合意形成が進むと考えられます。  

このような熟議のプロセスは、関係者を幅広く参加させるとともに、意味のある参加が実現するように設計されなければなりません。このため、コンセンサス会議、市民討議会、討論型世論調査など、さまざまな参加のデザインが提案され、試行されるようになっています。

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