特集:パリ合意によって世界の温暖化対策はどう変わるのか~2020年以降の新たな枠組みを考えるゼロ炭素社会元年〜COP21とパリ協定

2016年02月15日グローバルネット2016年2月号

京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)

「パリではこれまで多くの革命が起こった。本日ここでまさに達成された気候変動を防ぐための革命は、これまでで最も美しく平和的な革命だ」(2015年12月12日、オランド・フランス大統領)  2016年は世界がゼロ炭素社会へ着実な一歩を踏み出す最初の年(ゼロ炭素社会元年)となることを期待したい。気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定はそのための長期目標と枠組みを定めたものだ。  

COP21の合意(国際条約であるパリ協定と、関連するCOP21決定)は「歴史的合意」として高く評価されている。  

1992年の国連気候変動枠組条約や97年の京都議定書の採択なども歴史的な合意だった。歴史的合意のたびに私たちは気候変動対策の進展と持続可能な社会への移行を大いに期待したものだった。だが期待通りにはならないのも歴史の通例だ。18年ぶりのパリ協定は果たして新たな歴史のページを開くことになるだろうか。

COP21の成果

国連史上でも最大級の世界150ヵ国の首脳が初日に集まり、3万人以上が参加したCOP21は、参加者の規模もレベルでも歴史的であった。直前に悲惨なテロに襲われたパリは、厳重な警戒が敷かれていたものの、街は案外平穏で、クリスマスを控えたシャンゼリゼ通りはLEDをふんだんに使った照明でまばゆいほどだった。  

パリ協定は地球全体での野心的な長期目標を明らかにし、化石燃料からの脱却への明確なメッセージを出している。また、先進国に率先的行動を求めながらもすべての途上国を包摂する枠組みを構築した。さらに継続的なレビューと5年ごとの対策強化のサイクルを定めている。  

各国は自主的に定めた国別目標の提出と目標達成の国内措置の追求などが義務付けられている。しかし、その実施や目標達成に法的義務はない。

野心的な長期目標

パリ協定でとくに評価されているのは、長期的で野心的な目標を明記したことだ。  

第1は、協定全体の目的とし、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して「2℃よりも十分に低く」抑え、さらに気候変動に脆弱な国々への配慮などから、「1.5℃に抑えるための努力を追求する」ことにも言及している。  

第2の長期目標として、今世紀後半に、世界全体の温室効果ガス排出量を、生態系が吸収できる範囲に収めることとしている。これは人間活動による温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにする目標である。  

さらに、継続的・段階的に国別目標を引き上げる仕組みとして、5年ごとの見直しを規定した。各国は、国連に提出している2025年/2030年に向けての排出量削減目標を含め、2020年以降、5年ごとに目標を見直し、提出する。5年ごとの目標の提出の際は、原則として、それまでの目標よりも高い目標を掲げることとされている。  

各国はさらに気候変動の悪影響に対する適応能力とレジリエンスを強化し、長期目標達成を念頭に置いた温室効果ガスの排出の少ない発展戦略を策定し、2020年までに提出することが求められている。  

以上は、脱化石燃料社会(ゼロ炭素社会)への移行への強いシグナルを世界に発出するものだ。

途上国への資金支援および「損失と被害」、取り組みの検証

途上国への資金的支援も争点となった。これについては2020年から年間1,000億ドルの支援の水準を2025年にかけて引き続き目指し、2025年以降については1,000億ドル以上の新たな目標を設定することが決められた。新興国なども自主的に資金を拠出できるとした。先進国は資金支援状況を2年に一度報告する義務を負う。  

さらに、気候変動の影響に適応し切れずに実際に「損失と被害(loss and damage)」が発生することを独立の問題として認識し、被害が生じてしまった国々への救済を行うための国際的仕組みが整えられることとなった。  各国の削減目標への取り組みや他国への支援については、定期的に計測・報告し、国際的検証をしていく仕組みが作られた。これは実質的には各国の排出削減の取り組みの順守を促す仕掛けだ。

COP21の示すメッセージをどう受け止めるか

COP21が示す将来社会はゼロ炭素の社会である。しかし各国がこれまでに提出している約束草案(自主目標)がすべて実施されたとしても2℃未満の目標には程遠い(欧州のシンクタンク・Climate Action Trackerの分析によれば2100年までに2.7℃上昇)。2℃という目標(ましてや1.5℃)を達成するために世界全体で排出できる温室効果ガスの量には限界がある。しかもその限界が近づいている。世界全体で早急に温室効果ガス排出量の大幅な削減が求められている。  

日本政府は、2030年目標に向け、5年ごとの目標強化も視野に入れ、具体的計画や政策を明確にした地球温暖化対策計画を早急に策定し、速やかにパリ協定を批准することが求められる。  

一方、わが国は閣議決定された環境基本計画に基づく2050年の80%削減目標を堅持している。これに向け国内対策を充実させ、長期低排出発展戦略の策定が求められる。そして炭素の価格付けと再生可能エネルギー拡大を支援する電力システム改革への転換が不可欠だ。  

炭素の価格付けの政策としては、本格的炭素税の導入と、温室効果ガスの総量抑制をした上での排出量取引制度の検討を俎上に載せなくてならない。このことによって二酸化炭素の排出には本来の社会的コストを負担させることになる。気候変動対策技術はすでに十分にある。金融・税制などによる投資資金の方向と配分を変えることが重要である。また、都市構造や居住環境の改革、適応対策など、政府と自治体の取り組みは待ったなしだ。  

企業にとってもパリ協定は大きなインパクトがある。今後化石燃料を使い続けることによる環境的・法的・経済的リスクはますます高まる。投資家・経営者には賢明な長期的判断が求められる。現実に化石燃料会社に流れていた資金が見直され、投資の引き上げが始まっている。金融安定理事会(FSB)(議長:マーク・カーニー、イングランド銀行総裁)では、世界の金融システムが持つ気候変動リスクに関する財務情報開示タスクフォースを立ち上げている。気候変動に対応しない企業の存続は危ぶまれる。むしろ気候変動をビジネスチャンスとして捉え、国際ルール作りに参画し、今後の経営戦略で気候変動を競争優位に変えることが望まれる。  

地域レベルではすでに再生可能エネルギーや森林などの地域資源を軸とした地域の創生の動きが広がっている。これをさらに加速し、支える仕組みが必要だ。  

産業・社会面では、再生可能エネルギーや省エネルギーなどのグリーン産業への投資による産業構造・ビジネススタイルの転換、ゼロエネルギー住宅への転換を含む住宅投資と、それにより誘発される太陽光発電、家庭用コジェネレーション設備などの普及、情報通信技術(ITC)との融合により質が高く豊かで活力に富んだ社会を目指すことできる。  

気候変動対策の推進と関連イノベーションの展開は、日本経済の基盤と国際的な競争力の強化にもつながる。気候変動対策に先導的に取り組み、より省エネで省資源型の経済構造を構築することが、国際的低炭素市場での競争力を高め、資源高騰による交易条件の悪化にも対処し、途上国の低炭素社会づくりにも寄与することが期待できる。  

パリ協定とCOP21決定は、国際社会が協調して取り組むべき課題と枠組みを提示した歴史的な一歩である。しかし今後たどるべきゼロ炭素でレジリエントな未来社会への長い道筋のほんの一歩に過ぎない。

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