特集:パリ合意によって世界の温暖化対策はどう変わるのか~2020年以降の新たな枠組みを考えるパリ協定についてのNGOによる評価と日本への示唆

2016年02月15日グローバルネット2016年2月号

気候ネットワーク
平田 仁子(ひらた きみこ)

本稿では、気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定について、環境NGOとしての評価を述べ、これからの方向性を展望し、日本の課題を若干ながら提示したい。  

結論から先に述べよう。COP21で採択されたパリ協定は、理想的とは言えないが、予想を上回る良い合意ができたと評価している。国際的なNGOのネットワーク「CAN International」がCOP21前に公表した政策提言と比較すると、重要な項目の多くがパリ協定に盛り込まれたことがわかる(表)。評価できるのは、①多国間交渉で成功裏に合意を得たこと②明確な長期目標を明記し、危険な気候変動を防止するために必要な行動のゴール地点を明らかにしたこと③気候変動を防ぐために必要な要素を包括的に盛り込み、かつ持続的な仕組みを作り上げたことだ。一方、パリ協定に基づく各国の取り組みは、自国で決定・実施していくことになるため、その実施をどれだけ確保していくことができるのかが課題となる。

多国間交渉の成功

この気候交渉では、長年、各国が自国の利益に固執して歩み寄れず、決裂や失敗も経験してきた。とりわけCOP21の合意は、京都議定書のように先進国のみではなく、すべての国が対象であり、途上国を交えた合意形成には一層の難しさが予想された。にもかかわらず、重要な合意を導くことができたのは、情報収集と対話を重ね、参加と透明性を確保した会議運営で各国からの信頼を集めたフランス政府の手腕によるところが大きいが、それだけではなく、気候変動が深刻化している現実、各国の危機感と責任意識、それを監視し行動を呼び掛ける市民社会などが後押ししたことは確かだろう。テロ襲撃後、人道的かつ平和的に世界が行動できることを示した環境多国間交渉の成功は、それ自体に大きな意味がある。

長期目標の設定

パリ協定の重要な点は、長期の気温目標と、短中期の排出削減の目標を定めたことである。1992年に採択された気候変動枠組条約では、危険ではない水準で温室効果ガス濃度の安定化を究極の目標にしたものの、「危険ではない水準」は具体化されていなかった。今回、パリ協定では、地球の平均気温上昇を産業革命前から2℃未満に抑制し、さらに1.5℃を目指して努力することも明記した。気候変動に脆弱な島国などの主張に耳を傾け、厳しくてもあるべき解決の道を示したのである。また排出削減に関して、「可能な限り早期に排出量をピークアウトしその後速やかに削減」することと、「今世紀下半期のうちに人為的な排出と人為的な吸収を均衡させる」ことも目標に定めた。21世紀中に人為的な森林吸収活動なども含めつつ、排出をゼロにするためには、温室効果ガスのうち、二酸化炭素(CO2)はより早くゼロを達成しなければならず、エネルギー起源のCO2は2050年頃にゼロとする必要があると解される※。すなわち、パリ協定の目標は、今世紀中の脱炭素化に合意した2015年のG7首脳宣言よりも厳しい。脱化石燃料へとエネルギー部門の大転換を必然とするこれらの長期目標への合意は、各国・主体・市場にさまざまな変化を引き起こすことになるだろう。

包括的で持続的な仕組み

パリ協定は、緩和(排出削減)だけでなく、適応、技術移転、能力構築、資金といった、気候変動防止に必要な要素にも合意した。どれだけ意欲的な対策を行っても、気候変動の影響は避けられない現実があり、適応策は不可避だ。また損失・被害に対処する方策も検討していかねばならない。さらに、途上国が排出削減をするためには、技術移転・能力構築・資金がなくては十分な行動は伴わない。パリ協定は、これらの必要な要素を包括的に盛り込んだ。  

加えて、5年ごとに各国が目標や行動を提出し、透明性を確保して長期目標とのギャップを国際的に評価し、行動を引き上げていく仕組みが作り上げられた。京都議定書とは異なり、各国の目標達成は義務ではないが、政策措置の実施は義務化された。数値目標に義務がないのは不十分との指摘には意味があるが、数値目標交渉をするより、長期のゴールに向けて行動を引き上げていく持続的なシステムを構築することが有益だとの見方はNGOの中にも強かった。各国の行動に義務が課せられない分、各国が本格的な行動を実施することへの責任は重い。

日本への示唆

パリ協定は、現行の行動では足りないことを認識し、脱化石燃料への飛躍的な行動を喚起するものだ。しかし、日本政府はパリ協定採択後も、COP21前に決定した2030年目標を前提にそのまま計画を作る予定だ。化石燃料と原発に大きく依存する2030年のエネルギーミックスの見直しも予定せず、(パリ協定と石炭火力は整合しないはずだが)膨大な数の石炭火力の新規建設計画が進められている。  

それだけではない。パリ協定の長期目標に向かって、日本として5年ごとの見直しに対応するための国内体制が必要なはずだが、国内の法整備の話も聞こえてこない。パリ協定の意味が国内で矮小化・歪曲化されてはいないか。まるで「見ざる、言わざる、聞かざる」の国内の空気は危うくすら見える。パリ協定後もなお規定路線のままでいいと理解すれば、世界情勢を見誤りかねない。  

パリ協定が示唆することは脱化石燃料である。すでに世界の多くの組織や機関が化石燃料への投資を止め、企業や自治体を含む多くの主体が再生可能エネルギー100%を掲げ、脱炭素経済が動き出している。世界経済の質が大きく変わりつつある潮流の中で、日本でも、脱炭素化へ向けた社会・経済の変革を加速させることが必要だ。そのために、国内で先陣を切る各界のリーダーが望まれるとともに、これを牽引するNGO・市民社会の役割も重要になっている。

※Malte Meinshausen(2015), “Paris Agreement includes ambitious long-term goal”, Australian and German Climate and Energy College

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