21世紀の新環境政策論 ~人間と地球のための持続可能な経済とは第12回/人口が減少していく中でどのように持続可能性を確保するか

2016年03月15日グローバルネット2016年3月号

千葉大学教授 倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

これまでの回では、人間の活動が「地球システム」に及ぼす負荷をどのようにコントロールして、「地球システム」の持続可能性を確保するのかという視点で記述してきました。エコロジカル経済学の基本的な考え方も、有限な「地球システム」において経済の物的規模が大きくなり過ぎると良くないので、持続可能な規模を目指すべきであるというものでした。

しかしながら、近年、新しい形の持続可能性の課題が顕在化しています。人口減少に伴う各種資本ストックの手入れ不全という課題です。

人口減少社会のモデルとしての日本

日本の人口は2008年の1億2,808万人をピークとして減少に転じました。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)によると、おおむね2050年前後に1億人を割り込み、2060年には8,000万人台に落ち込むことが予測されています。ちなみに第二次世界大戦によって1944年からの1年間で約230万人の人口減となりましたが、翌年からは人口が回復しています。今後は、2060年まで、毎年80万人以上の人口が平均的に失われていく可能性があるのです。この間、高齢化も進行していきます。このため、人口減少以上に生産年齢人口は減ることとなります。

国連の人口予測によれば、2013年に人口が自然減となった国は、日本だけではありません。イタリア、ウクライナ、ギリシャ、クロアチア、セルビア、チェコ、ドイツ、ハンガリー、ブルガリア、ポルトガル、ルーマニアといったヨーロッパ諸国も人口がすでに自然減になっており、今後、アジア各国にも広がっていく見通しとなっています。日本は、とくに、急激に人口減少に転じる予測となっており、いや応なしに人口減少に伴う課題に取り組むモデルとならざるを得ないのです。

人口減少社会における持続可能性の課題

人口が減少する社会においては、経済活動が拡大していく局面とは異なる形の持続可能性の課題に直面することとなります。前々回に述べたように、われわれの社会の持続可能性を支えるものは、人的資本、人工資本、自然資本、社会関係資本といったさまざまな「資本」です。この資本ストックは、ケアを行い、メンテナンスしないと、徐々に劣化してしまいます。人口が減少する社会では、資本ストックの手入れが十分に行われなくなることによって、社会の持続可能性が失われていく可能性があります。

人的資本については、まず、人口が減少する中で高齢化が進行することによって就業者人口がより速いスピードで減少してしまいます。年齢層ごとの就業率を男女別に2010年で固定し、将来の人口予測(社人研中位推計)に当てはめた場合、2015年に比べて2040年に、日本の人口が15.3%減少する予測であるところ、その就業者人口は21.8%減少する計算となります。

このことがさまざまな資本の手入れが行き届かなくなる原因となります。人的資本は、保育・教育・医療・介護といった形でケアの対象となります。とくに、介護ケアは、日本全国で足りなくなっていく見込みです。今の傾向が続けば、2015年に500万人台だった介護受給者数は2040年には800万人台に増加します。医療も地域的に足りなくなるところが出てきます。

高度成長期以来、急速に整備された各種の人工資本が今後一斉に更新時期を迎えることとなります。このメンテナンスも行き届かなくなっていく見込みです。維持管理を含めたインフラ整備総額は、1965年に5兆円程度でしたが、1995年前後に30兆円を上回る額に達し、近年は20兆円を切る水準となっています。今後、一気に整備した道路や港湾などが耐用年数を迎えます。仮に同じ機能で更新するとした場合、更新・維持管理費は2030年ごろには現在のほぼ倍の15兆円に達し、その後も20年以上にわたって同水準となると予想されています。一方、建設業はすでに高齢化しており、2000年以降の産業別人口の傾向が今後も続くならば、2040年には2015年に比べて62.5%減となります。

農地や人工林といった自然資本のメンテナンスも大きな課題です。建設業と同様に試算すると、農業人口は2040年には2015年の47.1%減となる見込みです。現在の耕地面積を維持しようとするならば、農業従事者一人当たりが耕作する面積を2.16haから4.07haに増やさなければなりません。

「生物多様性国家戦略2010」では、人の活動による乱獲や乱伐などの影響、人の手が入らなくなることによる生態系の質の劣化、外来種の移入、地球温暖化の進行という生物多様性の四つの危機を認識しています。人口減少社会では、このうち第二の危機が深刻化します。農地や人工林といった、いったん人の手が入った自然については、継続的に手入れを行わないとその質が劣化するのです。

一方、自然資本は適切に手を入れると地域に収入と雇用をもたらします。農地・人工林に加えて、太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスといった再生可能エネルギーにもこの可能性があります。人類が使用するエネルギー量の1万倍のエネルギーが太陽から地球に到達しています。われわれはこれをまだ十分に活用していません。

人口が減少していくと、人と人とのつながりも薄くなっていくことが懸念されます。「1㎞2に何人新生児が生まれるか」という指標をみると、全国平均で1947年に約7人だったところ、2030年には約2.8人まで下がり、全国21道県で2人を切る見込みです。そもそも歩いて行ける範囲に幼なじみ候補生がいない社会が近づいています。また、2010年の31.2%だった単身世帯の割合は2030年には37.4%まで増加し、4割が「おひとりさま」になる状況です。

人と人との協力・助け合いの関係を社会関係資本と呼びますが、家族や地域コミュニティといった単位での人と人とのつながりが希薄になっていく中で、社会関係資本が徐々に失われ、孤独死、無縁社会といった問題がこれからますます深刻化していくことが予想されます。地方自治体という単位でも消滅するところが出てくるのではないかという指摘も行われています。

「持続部門」を育成する経済政策の必要性

地域内の各種資本ストックのメンテナンスを行う経済部門を「持続部門」と呼びます。「持続部門」としては、人的資本にかかる保育・教育・医療・介護といった部門、人工資本にかかる建築業・修理業・再生利用業といった部門、自然資本にかかる農林水産業・再生可能エネルギー業といった部門、社会関係資本にかかる公務・地域NPOといった部門があります。

一方、地域外に顧客を得て、域外から収入を得る経済部門を「成長部門」と呼びます。地方創生にあたって「成長部門」を育成することも重要ですが、人口が減少していく中で、需要のパイを食べ合うことになるため、新たに「成長部門」を開拓して成功を収めることができる地域は限られてくるでしょう。

一方、「持続部門」は、大きく儲けることはできないと思いますが、地域の自然資本を活用して、継続的に一定の収入を確保することを通じて、地域に人を残すことができます。その人びとが各種の資本ストックのメンテナンスを行うことができれば、地域が持続することができるでしょう。

とくに、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換は、新しい持続部門を生み出すとともに、従来、域外に流出していたエネルギー支出を域内にとどめることになるため、二重の意味で地方創生に寄与します。倉阪研究室とNPO法人環境エネルギー政策研究所が行っている「永続地帯」研究では、全国57の市町村で、域内の再生可能エネルギー供給量が、そこで住み続けるために必要なエネルギー需要量(民生用+農林水産業用エネルギー需要)を上回っていることを明らかにしています(2014年3月末時点。詳しくは「永続地帯」のWEBサイトhttp://sustainable-zone.org/参照)。今後、このような動きを推し進め、足元から地域の持続可能性を確保していくことが必要となります。

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