世界のこんなところで頑張ってる!~公益信託地球環境日本基金が応援する団体第15回/インドネシアのバリ島でのアグロフォレストリー活動

2016年05月15日グローバルネット2016年5月号

NPO法人 Bali Biodiversitas 代表
黛 陽子(まゆずみ ようこ)

 

インドネシアのバリ島の主要産業は観光業ではない

インドネシアのバリ島は、世界有数の観光リゾート地として有名で、主要な産業は観光業と捉えられがちであるが、実は農業である。棚田のある美しい風景は、スバックと呼ばれる農民による水利システムで成り立ち、世界的にも有名であり、島民の主食もコメである。また、養豚・養鶏業やミカン、キャベツ、落花生、トウガラシなどの農作物の栽培、標高の高い地域ではコーヒー豆の栽培も行われている。

バリ島における農業全体の収入は観光業に比べて低く、観光業と農業に携わる者との間に収入の格差が生まれている。同じ雇用された立場の労働者の月収で比べても、その差は数倍から十数倍まで異なる。収穫された農作物は、農家から仲買人に底値で引き取られ、市場で卸値とほとんど変わらないほどの安い値段で現地住民に買い取られる。

さらに、土壌を維持するための肥料や水に費用がかさむ。州や県による農業支援策が待たれているが、地域的特色を出すための指定作物の栽培推進策や堆肥を得るためのウシの提供など、農業基盤を整える基礎的な対策が進んでいる程度で、農産物の卸値の上昇に直接影響を与えるような対策は取られていない。

このように、バリ島の農家の農業収入は低い状況から脱出できない。未来が見えないことから若者の農業離れが進み、外国人観光客で賑わう華やかな観光業界へ流れたり、もしくは安定的収入を得られる教員や軍人などの公務員、看護師などが人気が高く、農業の担い手が不足する事態に陥りつつある。

アグロフォレストリープロジェクト

筆者は、大学院の博士後期課程時のバリ島での研究活動で実施した植林活動をきっかけに、現地の研究協力者と連携し、2009年にインドネシア政府認可の環境財団・Bali Biodiversitas財団の立ち上げに参加し、日本の窓口となった。日本でも同じ名前でNPO法人をその数年後に立ち上げた。バリ島での現在までの主要な活動は、アグロフォレストリーである。この活動を通して、森林劣化の進行、農民の貧困、かつ若者の農業離れの状況を打開すべき課題に対し、村人と一緒に試行錯誤を重ねて取り組んでいる。

アグロフォレストリーとは、その起源は紀元前7000年頃に始まった焼畑式農業と関係している。焼畑式農業がやがて森林破壊を招くことになり、中世ヨーロッパでは植樹しながら農業も同時に行う方法が生まれ、現代までこの手法が受け継がれているとも報告される。研究として着目されたのは、1970年代頃からであり、John G. Bene によって彼の著書Trees, Food and People(1977)の中で、コミュニティー・フォレストリーと表現され、これがアグロフォレストリーと呼ばれるようになった。

国際アグロフォレストリー研究センター(ICRAF)によれば「アグロフォレストリーとは、エネルギー資源、食料保障、農業管理の持続可能な管理の需要に対処するためにふさわしい、オリジナルな手法である」という。そして、アグロフォレストリーで目的とされることは、「人間生活のための作物の生産性を向上して貧困地域の所得を向上すること」と同時に「生態系サービスや生物多様性に配慮しながら持続可能な自然資源を管理すること」とある。

現地の意思を尊重する活動に

このアグロフォレストリーの理論を用い、バリ島のバンリ県に位置する標高1,000m以上の地であるキンタマーニ高原で実践を始めてすでに6年が経過している。先に述べた「人間生活のための作物の生産性を向上して貧困地域の所得を向上すること」という目的や理論を説明した上で、現地村人からの希望があることを確認し、三つの村で植林と農作物栽培のプロジェクトを実施し、現在も一つの村で取り組んでいる。

植樹する樹木を選定する際には、役場に残る調査データを調べたり、植物の専門家や植物に詳しい村人に話を聞いたりして、地域の潜在植生とされる在来種を選択している。農作物に関しては、①地域で推奨されている作物②高値で卸すことができる作物③地域で栽培されてこなかったが、農業指導者によって提案された導入する価値のある作物、の三つの分類に当てはまる種類を栽培することとした。さらに、①については、地方行政の方針に従うべき配慮をし、②については、収入を期待する村人の希望する種を選択した。③は、村人がかねてから取り組みたいと思っていた希望の農作物とした。このように、現地の意思を尊重し、取り組む農作物の方針を決めた。さらに、これらの農作物を利用して、村人の希望とプロジェクトを管理する筆者の団体と一緒に話し合って、新たな産業をともに育てている。今回の地球環境日本基金によるプロジェクトでは、現地の植物繊維を用いて作る紙すきの小産業を立ち上げるプロジェクトに取り組んでいる。

地元の植物繊維を使って紙を作る村人

販売している紙すき商品

紙すきプロジェクト―日本の伝統工芸士による指導

アグロフォレストリーでは、農作物の栽培にとどまらず農林産物を利用した小産業振興により、1年中収入が途絶える事のない体制を作ることが目標とされている。産業というと莫大な資金が必要な印象を受けるが、現地の村人が自立して経営を続けていくために、現地にすでにあるものを工夫して取り入れ、品質の高い製品を低コストの施設や設備で作り上げる必要がある。さらには、天候に大きく左右されずに進行可能で、確実に収入を得る方法が必要とされる。この点について、今回の紙すきプロジェクトにたどり着くまでに養蜂(ハチミツ)やイチゴ栽培(ジャム)などに挑戦し試行錯誤を繰り返しているが、産業化の成功まで至らない問題に苦しんでいた。

今回の地球環境日本基金のプロジェクトでは、ユネスコ無形文化遺産に指定された細川紙で活躍する埼玉県伝統工芸士の谷野裕子氏との出会いにより、紙すきプロジェクトが実現している。現在までに小規模な設備と、基礎的な紙すきの技術の獲得によって、村人は販売できる質の紙を作れるようになった。現在は、有機栽培の植物、および製造過程での化学薬品を用いなくとも短い時間でできるだけ多くの生産を行う技術を高める努力をしている。すでに日本国内でのイベント、宿泊施設、インターネットでの販売を行っている。送料などの事務経費を抜いたすべての売り上げを村に還元している。筆者の本職である大学教員の機会も活用し、文教大学国際学部のゼミナール生も参加した商品開発や販売のマーケティング活動で実学の機会も持っている。バリ島現地の宿泊業との連携活動も進む。世界に向けて販売可能な質とセンスの良い製品、信頼できる販売体制を作るには、まだ試行錯誤の段階である。設備の充実と村人の技術の向上のための研修の強化、販売体制の本格化を課題に、地球環境基金のご支援を大きな力として歩みを進め、息の長いプロジェクトとして成長できるように努力していきたい。

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