21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第18回 『限界費用ゼロ社会』の衝撃

2016年12月15日グローバルネット2016年10月号

武蔵野大学教授、元環境省職員 一方井 誠治

これまで、日本をはじめ現代社会は持続不可能な道を歩んでいるという強い懸念が先に立ってきました。しかし、最近読んだ『限界費用ゼロ社会』(写真)は、もしかするとそれとは違う未来があるのかもしれないという、小さな希望をもたらすものでした。ただ、それはまだ確信には至っていません。

『限界費用ゼロ社会』の意味するところ

著者のジェレミー・リフキンさんは、1945年生まれのアメリカ人で、文明評論家であり、欧州連合(EU)やドイツのメルケル首相のアドバイザーでもあると記されています。過去に『第三次産業革命』や『ヨーロピアン・ドリーム』といったベストセラーを世に出しています。

この本は2014年に出版され、2015年にNHK出版から翻訳が出ています。その中でとくに環境問題と関連するところを大胆にまとめると以下のとおりです。

  1. 現在、市場資本主義から共有型経済である協働型コモンズへのパラダイムシフトが起きつつある。
  2. 協働型コモンズは、所得格差を大幅に縮める可能性を提供し、グローバル経済を民主化し、より生態系に優しい形で持続可能な社会を生み出し、すでに私たちの経済生活の在り方を変え始めている。
  3. 例えば、一部の電子書籍、大規模公開オンライン講座、再生可能エネルギーの限界費用はほぼゼロに近い (筆者注:限界費用とは、モノやサービスを一つ追加的に生み出すときに掛かる費用のことで、生産や消費の経済分析をするときによく使われる理論的な概念)。
  4. 再生可能エネルギーの分野とITやインターネットの分野には驚くべき類似点が二つある。
  5. 第一に、再生可能エネルギー技術のエネルギー採取能力は、太陽光発電と風力発電で指数関数的に増加しており、バイオマス発電、水力発電もそれに続く見通しである。
  6. 第二に、どちらも確立に必要な初期投資は膨大だが、太陽光や風から電力を生み出す単位あたりの限界費用はほぼゼロである。
  7. 2013年にドイツは電力の23%をすでに再生可能エネルギーによって生み出しており、電力市場は限界費用がほぼゼロの再生可能エネルギーによる商業的な効果をまさに経験し始めている。
  8. 太陽光と風のエネルギーが従来の化石燃料や原子力によるエネルギーと同じ値段に近づきつつある国も続々と現れ、それらの国の政府は、固定価格買取制度(FIT)の段階的廃止に着手することが可能になっている。

著者から日本へのメッセージ

さらに、本書の日本語版への翻訳に際し、著者は以下のようなメッセージを書き下ろしています。

今日、ドイツがIoT(モノのインターネット)による第三次産業革命の土台を築き、資本主義と共有型経済の両方からなるハイブリッドの経済体制に向かおうとしているのに対して、日本は、老朽化しつつある原子力産業を断固として復活させる決意でいる堅固な業界と、日本経済を方向転換させて、スマートでグリーンなIoT時代への移行によってもたらされる膨大な数の新たな機会をとらえようとする、新しいデジタル企業や業界との板挟みになってもがいている。両国の根本的な違いは、20世紀の化石燃料と原子力を脱し、限界費用がほぼゼロで採取できる分散型の再生可能エネルギーへと迅速に移行するのが、将来ドイツが経済的に成功するカギであることをドイツの政府も産業もシビル・ソサエティーも理解するに至った点にある。

以上のような、リフキンさんの分析・見立てそのものが正しいものであるかどうかはさておき、私が注目したのは以下の事柄です。

これまで、気候変動問題や持続可能な発展問題を論ずるとき、現在のエネルギー供給の主力となっている化石燃料や原子力による発電方式と太陽光や風力などによる再生可能エネルギー発電方式をめぐる費用問題は大きな論点の一つでした。

その論点を極めて単純化すると、中長期的には、いわゆる環境コストを含め、前者の費用が後者よりも高くつく可能性があるとしても、少なくとも短期的に見た現在の市場経済を前提とすると、前者の費用の方が経済的に安くつくのではというものでした。

それが、リフキンさんの主張のポイントは、そのような観点から将来的な費用をこと細かく計算し、どちらが高いか安いかを判断するのではなく、デジタル化による情報入手の限界費用が、現実社会ですでに限りなく低下し、情報入手の手段が従来の紙媒体からスマートフォンなどのデジタル機器に急速に転換していっているように、限界費用の低下がエネルギーの分野でも現実に起こってきており、今後は水が低きに流れるように、再生可能エネルギーが、原子力や化石燃料による発電に急速に取って代わるという見方です。

これはある意味、気候変動問題の解決という観点からは大変心強い考え方です。もし、これが正しい見方であるとすれば、現在の原子力や化石燃料による発電所などは、今後急速にいわゆる「座礁資産」※となる可能性が高いということになります。これはビジネスの観点からは、日本をはじめ原子力や化石燃料発電にこだわっている国では相当深刻な事態を引き起こすことになります。

協働型コモンズはどこまで社会に広がるか

本書では、また、次のように述べています。

協働型コモンズはすでに、経済生活に多大な影響を与えている。市場はネットワークに道を譲り始め、モノを所有することは、それにアクセスすることほど重要でなくなり、私利の追求は協働型の利益の魅力によって抑えられ、無一文から大金持ちへという従来の夢は、持続可能な生活の質という新たな夢に取って代わられつつある。~中略~その結果、市場における交換価値は、協働型コモンズにおける「シェア可能価値」に取って代わられつつある。

確かに、インターネットの世界では、情報のオープンソース化や必ずしも見返りを求めない自己表現の情報があふれ、また、そのインターネットとモノとが結び付いて、自動車利用のシェアや宿泊先としての家のシェアなど、コスト低下を伴う合理的なライフスタイルやビジネスモデルが急速に進展しています。

しかしながら、これは、経済学でよく言及される「リバウンド」を引き起こさないでしょうか。これまでよく見られたように、コストの低下分が他のところを含め、新たな需要を喚起しないでしょうか。この点についてもリフキンさんは、次のように言います。

誰もが自分の欲しいものの多くを好きなときに、ほぼ無料で手に入れられる社会では、~中略~明日がどうなるか不安で、なんとしてもより多くのモノを手に入れようとする執拗なまでの衝動から、人間の気質のかなりの部分が解放される可能性が高いということだ。

これだけ読むと、人類にはバラ色の未来が待っているような印象がありますが、最後にリフキンさんは、「破局を招き得る二つの不確定要素」について言及しています。一つは、IoTの破壊を試みるサイバーテロリストであり、もう一つは、地球温暖化であるとしています。このあたりの論理は、先の再生可能エネルギーの進展との関係で読者としてはやや混乱するのですが、全体の記述を私なりに解釈すると、再生可能エネルギーへのシフトや共有経済化はこれからも進むものの、それが、気候変動の進展による社会の混乱が急速に顕在化することによって阻害される可能性があること、したがって、現在進みつつある再生可能エネルギーへのシフトを人類はさらに強く後押しをしなければならない、という趣旨だと私は理解しました。

※ 法規制、市場価格、物理的な変化などによって価値が大きく毀損する資産

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