特集/セミナー報告  環境と福祉の統合と社会への定着 (講演1)福祉と環境をつなぐスポーツ精神 ~リオのパラリンピックを視察して

2016年12月15日グローバルネット2016年12月号

NPO 法人 持続可能な社会をつくる元気ネット 理事長
崎田 裕子(さきた ゆうこ)さん

 

レガシーを残すことを戦略的に考えたロンドン五輪

ロンドン五輪の2年後の2014年9月、ロンドンへ視察に行きました。当初の視察の目的は欧州の循環型社会づくりの政策の視察でしたが、日程検討中に東京での五輪開催が決まったため、環境や持続可能性に対する配慮について評価が高かったロンドン五輪について学んでこよう、と急きょスケジュールに組み込みました。

ロンドン五輪の組織委員会と緊密に連携して活動したさまざまな民間側のキーパーソンにインタビューしました。どのような大会にし、その後の社会にどんなレガシー(遺産)を残すか、皆で戦略的に考え、そして、その戦略を社会の多くの人たちの力を集めて計画し、実行した、と誰もが話してくれました。

ロンドンの東側にある、貧困層や移民の多くが暮らす地域を大改造するという戦略が立てられましたが、同時に工場の解体や移転によって生まれたいろいろな資材は、大会後すべてオリンピックパークで活用するという計画も立てられました。資源を社会で活用・循環し、若い世代が暮らす社会を作ろうという考えを明確にし、皆で共有していたということに、驚くとともに素晴らしいと感動しました。

環境保全に関する五輪の基本理念

視察を終え日本に戻り、東京五輪の組織委員会や環境省、東京都などの多くの関係者を訪ね、「2020年の五輪はみんなで作る大会にしましょう」と提案して回りました。

提案の準備のためにいろいろ調べたり勉強したりする中で、オリンピック競技大会に関する基本的事項を定めた規程である「オリンピック憲章(IOC憲章)」の中に、「スポーツ」「文化」に並び「環境」という項目がオリンピック・ムーブメントの三本柱としてあることを知りました。調べてみると、1994年のオリンピック100周年に当たり、環境問題に対し責任ある関心を持つことを奨励し支援する。またスポーツにおける持続可能な発展を奨励する。そのような観点でオリンピック競技大会が開催されることを要請するとして、IOCの使命と役割の一つに加えられたということがわかりました(第1章第2項)。

思い返すと、その2年前の1992年には、世界の首脳がブラジルのリオデジャネイロに集まり、「持続可能な開発に関する世界首脳会議(地球サミット)」を開催し、人類共通の課題である地球環境の保全と持続可能な開発の実現のための具体的な方策が話し合われました。さらに、その後は日本でも1993年に環境基本法が制定され、94年には「循環」「共生」「参加」「国際的取組」の四つを長期目標として掲げた環境基本計画が策定されました。

つまり、オリンピック・パラリンピックという大イベントを環境に配慮しながら開催することを目指して「環境」がキーワードに加わったのと時を同じくして、日本でも環境保全に関する基本理念が定められたのです。

私は東京五輪の組織委員会が設置した、大会における持続可能性に配慮した具体的なアクションやプロジェクトなどについて検討を行う「持続可能性ディスカッショングループ」の委員を務めています。グループは①低炭素②資源管理③持続可能な調達の三つのワーキンググループ(WG)に分かれており、私は全体の調達指針や木材調達、食糧調達について話し合う資源管理WGに所属しています。

その資源管理WGで検討中の、民間から挙げられたさまざまな提案の中で、①メダルを携帯電話や小型家電など都市鉱山から回収するリサイクル資源で作る②繰り返し洗って再利用できるリユース食器の使用でモノを大切にすることを体現した観戦などのシステムを作る、という二つの提案は、民間側の委員として実現させることが重要だと思っています。

リオへの視察
パラリンピックの意義を体感

今年8月、私はリオで開かれたパラリンピックにも、大会開催中に視察に行ってきました。パラリンピックの意義を体感したい、大会での持続可能性への配慮を体感したい、オリンピック・パラリンピックの規模や全体像を体感したい、というのが視察の目的でした。

リオで競技会場を巡る中、会場や街ではごみの管理や観客の誘導などに多くの市民がボランティアとして参加している姿を多く目にしました。また、格闘技のような迫力いっぱいの試合を健常者も障害者も一緒になって息をのんで見守り、声をからして応援しており、魂が震えるような雰囲気を味わうことができました。

設備面では多くの場所で車いす利用者など障害者に配慮されていたものの、未整備な部分はまだ多かったのですが、リオ市民の優しい心遣いでカバーされていたように思いました。

五輪の成功こそが持続可能な社会へのレガシーに

視察を通して、2020年の東京五輪を成功させること自体がその後の日本社会に対する大きなレガシーになるのではないか、と感じました。

私はこれまで長い間環境学習の推進に携わってきましたが、その中で最も大事にしていることは、どんな小さな子も一人ではなく、いろいろな人との関係の中で生きている、ということを伝えることです。それによって最終的に、地球の一員として、皆がともに暮らす社会を作るという最も重要な精神が培われるものだと思ってきました。そういう意味では、「つながり」という環境分野で重要なキーワードと同じ精神が、スポーツの分野でもきちんと培われていると強く感じました。

日本で高齢化社会が急速に進むことが予測される中、今後どうやって持続可能な社会を作っていくか、私たち自身の行動が問われています。2020年の東京五輪をみんなで一緒になって作り上げ、多様な市民の誰もが自分も主役なんだと思える状況を生み出すことが、大会後の日本の持続可能性に対するレガシーになると思います。

「パラリンピックを成功させることこそが持続可能な社会の実現に直結し、未来を変える力になる」。リオで多くの感動を味わい帰国する飛行機の中、これからさらにやるべき使命が見えてきた気がしたのです。

崎田 裕子(さきた ゆうこ)さん
ジャーナリスト、環境カウンセラー、NPO 法人持続可能な社会をつくる元気ネット理事長
NPO法人新宿環境活動ネット代表理事

1974年、立教大学社会部卒業。出版社を経てフリーに。生活者の視点で環境やエネルギー、とくに「持続可能な社会・循環型社会づくり」を中心テーマに、講演・執筆活動に取り組んでいる。環境省「中央環境審議会」などの政府委員や東京都「環境審議会」などの自治体委員も務める。東京2020 競技大会組織委員会「街づくり・持続可能性委員会」委員。著書に『みんなで創る オリンピック・パラリンピック』(崎田裕子、鬼沢良子、足立夏子共著、松田美夜子監修、2015 年、環境新聞社)など。

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