特集/座談会脱炭素社会に向けて大きな決断と長期戦略を~「人間と地球のための持続可能な研究会」の3人の経済学者に聞く(上)

2017年05月08日グローバルネット2017年1月号

京都大学 名誉教授 松下 和夫さん(まつした かずお)
武蔵野大学環境学部 教授 一方井 誠治さん(いっかたい せいじ)
千葉大学法政経学部 教授 倉阪 秀史さん(くらさか ひでふみ)

グローバルネットでは2015年4月から、「人間と地球のための持続可能な経済とは」と題して、松下和夫・京都大学名誉教授、一方井誠治・武蔵野大学教授、倉坂秀史・千葉大学教授の3人に連載をお願いしています。3人は、気候変動問題を解決するために、早くから社会的共通資本の概念を持ち込んで注目された故・宇沢弘文・東大名誉教授(2014年9月に死去)の教え子で、いずれも環境省に入省し行政経験もある方々です。パリ協定の発効を受け、環境省の進める脱炭素社会を築くための長期戦略に提言をしていただきましたが(提言についてはこちらをご参照下さい;http://www.gef.or.jp/activity/climate/fukyu/teigen/)、日本の抱える課題や未来の姿などについて、改めて話し合っていただきました。その内容を2回にわたって特集します。
(進行;グローバルネット編集部)

編集部 パリ協定の実施に向けて、2016年11月に環境省などが主催した「低炭素の社会に向けた意見交換会」には、14の環境団体から発表がありました。山本公一環境大臣も出席され、各団体の提言に熱心に耳を傾けていました。お三人の先生方からは15項目の具体的提言※をしていただきましたが、今日はその中から最優先事項として二つ、それぞれのお立場でわかりやすくお話しいただけますか。(文中敬称略)

パリ協定実現に欠かせない炭素の価格付け

松下 和夫さん(まつした かずお)
 京都大学名誉教授。地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー。1972年より環境庁。環境保全対策課長、OECD環境局、国連上級環境計画官などを歴任。著書に『地球環境学への旅』など。

松下 カーボンプライシング(炭素の価格付け)が一番重要だと思います。カーボンプライシングというと、なじみがないかもしれませんが、具体的には炭素税と排出量取引、総量キャップ付きの排出量取引が必要です。パリ協定では産業革命以降の地球の平均気温の上昇を2℃以内、ないしは1.5℃を目指すということになりましたが、そうすると、世界で排出できる二酸化炭素(CO2)の量は決まっているので、これからCO2を排出すること自体が希少になってきます。希少になったものについては価格を付けていくのが必然です。

編集部 日本では2012年から「地球温暖化対策のための税」が段階的に導入され、2016年4月からは最終税率への引き上げが完了しています。税収は年間約2,600億円と見込まれています。

松下 日本の炭素税はCO2の1t当たり289円という世界的に見ても非常に安い価格で、排出抑制の効果がないと言われています。ですから、大幅に税率を上げ、本格的な炭素税にして、税収を温暖化対策だけでなく社会保障や医療に回す、そういう社会のビジョンを作ることが大事です。新しい未来社会を作る一つのてことして気候変動対策を考え、長期戦略を作ること自体が、日本社会が目指すべき方向を考える良いきっかけだと思います。

その際、透明性と公開性を持って、できるだけ多くのステークホルダーの参加を得て、いろいろなオプションを検討していくプロセスが大事だと思います。

温室効果ガス排出の「見える化」が社会的インフラとして必要

倉阪 カーボンプライシングという話が出ましたが、その前提として、やはり温室効果ガス排出の「見える化」をきっちり制度に組み入れる必要があります。誰がどれだけ温室効果ガスを出しているのか、そういったものを「見える化」する。

省エネという観点から「見える化」すべきものは、廃熱です。町のどこから排熱されているのか。温室効果ガス、廃熱、そういったものを「見える化」することが、カーボンプライシング、省エネへの前提として必要な社会的インフラだと思っています。それができれば、政府が導入できなくても地方自治体やさまざまな形で民間が動くかもしれない。そういう形の「見える化」「透明化」が必要だと思います。

編集部 日本では、廃熱の実態は把握できていないのですか。外国では、どのような取り組みがあるのですか。

倉阪 秀史さん(くらさか ひでふみ)
 千葉大学法政経学部教授。1987年から1997年まで環境庁。地球温暖化対策、環境基本法の制定に関わる。著書に『環境持続可能な経済システム』など。

倉阪 イギリスでは、廃熱を地図に落として「見える化」しています。そのようなインフラが、たぶん町全体の省エネということからいうと必要なのですが、日本にはまだありません。ちゃんと制度化することが必要です。

「企業秘密」とか「守秘義務」などといって、公表されない部分もありますが、CO2の排出やエネルギーの浪費につながり、企業だけでなく社会全体が不利益を被るので、「企業秘密」として守るということは望ましくないと思います。

もう一つは、ライフサイクルにわたる温室効果ガスの排出量やエネルギーの消費量の削減であり、設計段階できちんと把握し、その設計者にある程度責任を負わせることです。作りっ放しでは駄目、ということを制度化する必要があります。

「ZEB化」(ネットゼロ・エネルギービル)という動きがあります。建物を建てる際に、エネルギーの消費量をネット(正味)でゼロにする、それができればライフサイクルにわたって使用段階でのCO2の排出量は減るわけです。ライフサイクルにわたってどの程度建物や耐久消費財がエネルギーを食うのか、それをちゃんと把握して向上させるということは必要です。

政策の上位計画としての持続可能な発展戦略を作り直す

一方井 環境省が「長期温室効果ガス低排出発展戦略」を策定するにあたり、広く意見を求めたことには賛成なのですが、そもそもこういう戦略作りが、環境省単独で行われていることに、私はとても違和感があります。日本の場合、これまでも気候変動政策はいろいろやってきたのですが、政府全体としてみると、かなり整合性の取れていないものが、まだたくさんあります。

一方井 誠治さん(いっかたい せいじ)
 武蔵野大学環境学部教授。1974年に環境庁に入り、地球環境部企画課長、大臣官房・広報課長など歴任。2005年より京都大学経済研究所教授。2013年から現職。著書に『低炭素時代の日本の選択』など。

長期脱炭素戦略というのは、まさに経済と環境が統合した日本の国の在り方そのものに関わるものなのですが、そこの基本戦略に当たる日本の持続可能な発展戦略は、1992年のリオの地球サミットにおいて、各国で作るよう要請があったものです。それが日本では、まだできていないというのが最大の問題だと思っています。したがって、各種政策の上位計画としての持続可能な発展戦略というものを改めて作り直すということが大事だと思うのです。ちなみに日本では、公式答弁としては環境基本計画がそれに当たるとしていますが、あれは上位計画にはなっていないと思います。

二つ目は、将来に向かって何に投資すべきかということを考えなければなりません。投資の財源となるものは非常に限られているのです。政府はいろいろな方面に成長戦略と称して、言ってみれば場当たり的なことを提案していますが、私は「持続可能な発展」というフレーズで、政府だけでなく民間も含めて投資をそろえていくべきだと思っています。

1972年出版の『成長の限界』という本の著者であるヨルゲン・ランダースさんは2012年に米国で出版された『2052~今後40年のグローバル予測』という本でも、「世界はこれからいろいろ投資をしていかなければいけないが、おそらく民主主義と市場経済という非常に短期の利益を求める世界の動きの中でその投資は遅れがちになるだろう」という警告をしていますが、私も同感です。

編集部 一方井さんは環境省勤務時代に環境基本計画などを作られた経験もおありです。政府内で関係省が同じテーブルに着いて、すり合わせをもっとスムーズにできないものかと思いますが。

政府と経済界の関係が強すぎる日本

一方井 そのあたりが政治経済学の問題だろうという気がします。上位計画としての計画を作るべきだと言いましたが、正直言うと、ちょっと不安があります。これを作るということは、一国の成熟度というものが試されるという側面があって、下手に短期的利益の圧力の下で策定されてしまうと、かえってそれに対抗するような長期的な投資や必要な声がかき消されてしまう可能性すらあると思っています。

例えば日本の経済・財政をどういう方向にもっていくかというような問題については経済財政諮問会議のようなもので大きな方針を進めてきたりしましたが、率直に言うと日本は経済界と政府の関係が強すぎると思っています。

連携するということ自体は悪いことではないのですが、とくに経済界の中の短期の利益の声に政府は引っ張られ過ぎる。そのことに対してマスコミも市民もチェックするような感覚が働いていないというのが日本の現状ではないかと思っています。

編集部 その点は、2010年の経済協力開発機構(OECD)の日本レビューでも「日本の環境政策の特徴として、産業界との交渉による合意が強調されている。環境政策の意思決定などにおいて、より広い公衆の参加が必要」と指摘されていますね。

長期的な視野を欠き、品格を失った政治

倉阪 最近は政治の品格が失われてきている気がします。「政治は国家百年の計」といい、かなり長期的な視野でこの国をどうするかということを考えて動いていくべきなのですが、議員立法でカジノ法案などが提案され、それが重要課題なのかと首をかしげざるを得ないですね。

2014年に生まれた赤ん坊が、現在の女性の平均寿命86歳を迎えるときには2100年になっています。つまり、今の日本はすでに西暦2100年を生きるメンバーを迎え入れている状況なのです。だから、2100年を考えて、どういう日本が2100年に存在するのだろうかという観点で、そこに向けて何をしなければいけないのか、考える必要があります。

国立社会保障人口問題研究所の予測では、2100年には、日本の人口はだいたい大正時代と同じくらいの6,000万人台になります。その場合、今のインフラや農地・林地を本当に維持できるのか、そういったことが極めて深刻になってくるはずなのです。そのような、長期的に今からやっておかなければいけないことがかなりあるはずなのですが、そういう議論が政治の中でされていないということが、極めて憂慮する事態だと思っています。

編集部 いわゆるエコロジカル経済学のような考え方で、お役所ベースで、環境省や経産省など政策担当者レベルで、100年後の国造りにどう生かしていくか、議論してほしいですね。

倉阪 今の主流の経済学は、いかに市場で評価される価値を生み出すか、という経済学なのです。だから最終的に付加価値額が大きくなればいい、国内総生産(GDP)が対前年度比で成長すればいい、そういう経済学です。

一方、エコロジカル経済学というのは、経済というのは実物に組み込まれている、実物部分が損なわれていくと経済も駄目になる、そこの実物面に着目しよう、という経済学です。だからインフラ基盤が本当に維持できるのか、自然環境がちゃんと健全な形で残るのか、そういったところに関心のある経済学です。しかし、それは残念ながら主流ではありません。ですから、思考のフレームが若干狂ってしまっているということがいえると思います。

世界の大企業が次々と再生可能エネルギー100%転換を宣言

松下 役所の中で気候変動問題が省の壁を越えて議論されないのは、役所の縦割りというよりも、根本原因は政治あるいは行政における気候変動や、持続可能な発展に関する優先順位が非常に低いということです。現状は、まずエネルギーの長期目標を決めてから、その後で環境対策を考える。そういう順番があって、優先順位が明らかに低いのです。

パリ協定ができた気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)や、今年のモロッコにおけるCOP22の議論をフォローしていると、日本の常識と世界の常識にかなりギャップがあることが感じられます。パリ協定締結後の日本の産業界の議論を聞いていると、危機意識が欧米とはまったく違います。現在起こっている気候変動がそれぞれの企業活動の脅威になり、社会の安定、安全保障の脅威になっている。そういうことをきちんと認識し、なおかつ、今後社会が脱炭素化していく、CO2は出さない社会になっていく、ということに対して、確たる見通しを持って戦略を打っていく姿勢が、わが国には欠けています。

自社のエネルギーを100%再生可能エネルギーに転換するという「RE100宣言」をした企業が、世界ですでに83社もあります(2016年12月現在)。Googleやマイクロソフト、IKEAなど、そうそうたる企業が署名していますし、ビル・ゲイツやジョージ・ソロス、マイケル・ザッカーバーグ、孫正義など世界の大富豪が出資して、「ブレークスルー・エネルギー連合」という新しいクリーンエネルギーの開発を支援する投資ファンドを設立しました。彼らは、社会的責任や環境に対する貢献はもちろんですが、一方で経済合理的な判断として気候変動対策を自社の主要な営業の中心に据えているのです。そのような企業、地方自治体も含めた市民社会などの力が日本ではまだまだ小さいと思います。

編集部 技術的ブレークスルーによって成し遂げられた部分の多い日本の公害克服経験、その成功経験が温暖化対策を前進させる上で、マイナスになっているのではないかという見方がありますね。

松下 日本は現場で問題に取り組んでいる技術者の意識・意欲が非常に高く、現場で工夫されることが多く、排水や廃棄物の処理技術の開発は非常に優れていると思います。しかし、気候変動問題は経済問題であり、経済の根本を変えていくことが大変重要です。もちろん革新的技術というのはいつでも望ましいのですが、例えば2030年までに炭素の排出を40%削減するとか、2050年までに80~90%削減するとなると、それに向けて、現在使える技術を普及させるために社会の仕組み自体を変えていくということが重要だと思います。

炭素税を導入した各国の経験などを見ると、炭素税を導入することによって技術の普及やイノベーションがむしろ促進されるという研究結果も出ていて、経済的な仕組みを変えていくというのは非常に大事だと思います。日本の石炭火力発電の価格はkWhあたり10円くらいですが、再生可能エネルギーの価格は現実にどんどん下がっていて、最低価格は3円という大幅に安い事例が出てきているのです。

意思決定の時間的視野が短すぎる日本

倉阪 1970年代の自動車排ガス規制の経験を全然踏まえていないですね。自動車排ガス規制が導入されたお陰で、日本の自動車メーカーが燃費のいい自動車を作り、日本車が世界を席巻し、それが日本の基幹産業になっていきました。しかし自動車排ガス規制を導入する際、当時の通産省や企業は反対しました。「こんなにGDP(当時はGNP)が下がります」という試算まで出して大反対し、それで2年間延期になりました。そういう環境規制が技術を育て、それが基幹産業になっていった、そういう経験がまったく生かされていないのです。

一つの理由としては、「どういう範囲で、どういう時間的な視野で考えるか」です。2050年とか2100年とか、そういう長い視野で考えた経済合理性を追求すると、やはり環境ファクターは外せなくて、そこで次の基幹産業を作っていく、そういう意思決定になると思うのです。しかし、そこがドイツと日本の違いであり、長期的に世の中がこういうふうに変わっていくだろうと、脱炭素、再生可能エネルギーという方向に変わっていくことをいち早く把握し、そちらにかじを切り始めたのがドイツです。

日本はその点でまったく遅れているのです。エネルギー基本計画でもエネルギー価格をこれ以上上げないというところからスタートしてしまったので、たまたま現在安い石炭火力発電所を造ろうとしているのです。だから、そういった意思決定の時間的な視野が日本は決定的に短すぎると思います。

厳しい規制があって技術陣は力を発揮

一方井 今までのお話は本当にその通りだと思います。日本は公害克服の経験をちゃんと学んでいないという感じがします。公害を克服するとき、なぜ企業があれだけ技術開発したか、やはりそれは日本がきちんと環境基準や排出基準を作り、それを厳格に運用したからだと思います。ですから、厳しい一種の規制があって、キャップがあって、そうすると日本の技術陣は力を発揮するという、うまい共同作業が働いたのです。

しかし、今の気候変動政策や持続可能な発展政策というのは、厳しいキャップに当たる部分や規制に当たる部分が抜けているのです。それは何かというと、欧州でいう排出量取引の全体のキャップですし、CO21t当たり1万円クラスの炭素税、これは経済界にとっての一種のキャップですが、そういうものを一切なしにして、技術開発を進めようといっても、企業は本気になってやるわけもないのです。

日本の企業で、例えばリコーなど、なぜ進んだ企業があるのかというと、そういう企業は国の政策に関わらず自社内でしっかりとした規制、キャップを自分で作っているからであり、だからその次に進めるのです。しかしすべての企業がそういうことをできるわけでもないので、そこのところは国が責任を持ってやらなければいけないと私は思います。

法律的裏付けのない環境政策では企業は取り組みを進めない

松下 日本はパリ協定を「各国が自らやることを自主的に申告して、自主的努力をすればいい」という理解をしているようですが、これは違います。パリ協定自体は法的拘束力のある協定であり、その取り組み方は各国が自主的に申告して実施し、それを国際的にレビューして目標達成を目指す仕組みです。ただし、実際に先進国での取り組みは、それぞれの国内での法的な裏付けがあるものが非常に多いです。

イギリスは炭素バジェット(予算)という形で、5年ごとに排出総量を法律で決めています。ドイツでは、排出量取引制度と炭素税とを組み合わせた形でやっています。

そういう法律的な裏付けがなく、きちんと将来の環境政策や見通しが立たないと、企業は取り組みを進められません。ですから、自主的な努力をすればいいというのではなく、国がきちんと枠を決めて、基本法あるいは温暖化対策に関する基本的な法律に基づいて、その法律の中に今回の長期戦略を位置付け、そこで段階的に目標を高めていく、あるいは炭素税や規制を導入していくということを、きちんと法的な裏付けを持った仕組みとすることが重要です。

編集部 これほど環境政策で日本とドイツの間に違いがあるのはなぜですか。

一方井 今、ご提起いただいた問題は私自身の課題であり、なぜこれだけ差がつくのかというのは本当の意味ではわからないところがあります。思いつくところから言えば、ドイツは連邦制国家、基本的には州政府あるいは自治体の権限が非常に強く、例えば原子力発電所の設置の是非なども一義的には州レベルに下りていると聞いています。そういうこともあって、「自分たちの地域は自分たちが話し合って作っていく」という意識が非常に強いのです。言ってみれば、市民感覚のようなものが政治に反映されやすい土壌があると思います。

それに対して日本の場合は、江戸時代、明治政府、戦後の高度成長、とくに戦後の高度経済成長の時には、国が経済を主導していったような気がするのですが、それこそその時の成功体験があって、政府の決定にあまり異議を唱えない、あるいはチェックができない体制になっていることに疑問を抱かない、というところが、ドイツと日本の大きな違いかと思っています。

編集部 ドイツが2002年に策定した「ドイツの展望―私達の持続可能な発展に関する戦略」は、定常経済の提唱者で、日本のブループラネット賞などを受賞した(2014年)米国の経済学者ハーマン・デイリーのエコロジー経済学の考え方を取り込んでいるそうですね。よく行政がこのような考え方を政策づくりに生かしたものですね。

ハーマン・デイリーの3条件を取り入れたドイツの持続可能な発展戦略

一方井 おっしゃる通りです。私自身、これを見たとき、ものすごくびっくりしました。行政官がこんな、ある意味、将来を拘束するような原則を入れるのかと。

ハーマン・デイリーの持続可能性の3条件(囲み)の第2条件というのは、非再生可能な資源の使用のペースは、それが将来、再生可能資源に代替できるペースを超えてはならない、ということです。「直ちに」とは言っていませんが、これは明らかに将来的に経済社会のベースを再生可能資源に置く、ということを言っていますから、普通の感覚でいうと、既存の非再生可能資源に依拠している産業界の方は大反対するはずなのです。しかし、これがきちんと入っている。ということは、ドイツは本気で持続可能な社会とは何かということを議論したのだと思うのです。そうすると、論理的にいえば、非再生可能資源に依拠した社会では、持続可能な社会はあり得ないということなのです。

ハーマン・デイリーの3条件
1.再生可能な資源の持続可能な利用速度は、その資源の再生速度を超えてはならない
2.再生不可能な資源の持続可能な利用速度は、再生可能な資源を持続可能なペースで利用することで代用できる速度を超えてはならない
3.汚染物質の持続可能な排出速度は環境がそうした汚染物質を循環し、吸収し、無害化できる速度を上回ってはならない。

倉阪 たぶん、官僚機構が吸い上げるということではなく、今回、政策提言をいろいろな機関がやったわけですが、ドイツでは人が入れ替わっているはずです。以前、ドイツの環境省にインタビューに行った際に、前職がブッパタール研究所(気候変動、エネルギー、環境に関する世界的な研究機関)の研究員だった人に会ったことがあります。研究所で政策提言をしていた人が、次の職として環境省の中にいるのです。そういう入れ替えがあり、だからこそ新しい動きがあって、迅速に取り上げられるのかと思います。

政府の品格は国民が決める、ドイツの選択は国民の選択

松下 ドイツと日本がどうして違ってきたか、というのは私も考えてきましたが、やはり国民が違うのです。世論が違う。

ドイツが脱原発を決めたのは、メルケル首相が決めたのではなく、国民が選択したのです。地方選挙で、当時与党だったメルケルさんの保守党が原発の稼働延期を掲げた政策で次々敗れ、メルケル首相は原発政策を変えざるを得なかった。地方自治に確固たるものがあって、住民が参加して風力発電所を造るなど、そういう伝統がありました。政府の品格は最終的には国民が決める、と思います。

あとは、1990年以降のドイツと日本の政策を比較すると、紆余曲折があったものの、結果として再生可能エネルギー固定価格買取制度が導入され、エコロジー税制改革が実施されたことによって、それがいわば次のステップの成功体験になっています。それが好循環になって、再生可能エネルギーを拡大しながら経済成長を遂げてCO2を減らす、新しいイノベーションを創出する、好循環に向かう仕組みができてきた、そういう気がします。日本はそういう道を取ることができませんでした、まだ遅くはないと思いますが。

SNSで下がった言論の品格、マスコミの品格

倉阪 政府の品格に影響していることの一つは、やはり国民の言論です。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の進展によって、国民の言論自体の品格がかなり下がってきています。

従来は一定のレベルに達した議論でないと、世の中に出てこなかったはずです。それが今は、SNSを通じて誰でも発言が出せるようになり、全体として言論の品格が下がっている。それも影響しているのかなと思います。それに引きずられてマスコミの品格も下がっているのではないかと思います。

松下 政府の品格は国民が決めると言いましたが、政府の役割は重要です。優秀な人材を集め、データを持っていて、将来を見通せるのですから、政府がきちんとあるべき未来を提示し、オプションを示して、それに向けたルール作り、例えば税制を変えるとか、法律を作るとか、財政を変えていくとか、そういうルールを作って、それを促進していく役割があるのです。そういう意味で、政府あるいは政府の職員は、政策のアイデアを出してそれを制度化していく非常に重要な役割があると思います。

編集部 企業の中には、気候変動対策に先進的に取り組み、環境と経済の両立を実現しているところがありますね。ところが、経団連などは炭素の価格付けや行政の規制に一貫して反対しています。一方井さんの調査では、「多くの企業は乾いた雑巾ではなく、CO2の削減がまだまだできる」という結果が出ていましたね。

お金をかけなくてもまだまだCO2を削減できる日本企業

一方井 私が京都大学にいたときの調査で、環境報告書のデータを5年分1,000ケースくらい集めて、それを分析しました。推計にはなりますが、お金をかけなくても省エネベースで削減できる余地がかなりある、という結果が出ています。個々の作業ごとに状況は違うのですが、例えば事務機器メーカー大手のリコーがなぜ売り上げを伸ばし、利益を伸ばしながらCO2を削減できたかというと、それはかなり長期の戦略を立てて、生産のやり方自体を大きく変えたからなのです。ですから、もしリコーに桜井正光社長(現在は特別顧問)というリーダーシップのある社長さんがおられなければ、また生産のやり方を変えないままでやろうとしたら、あんな成果は上がらなかったと思います。

どれだけ余地があるかというのは、どれだけ強い規制や最終ゴールを設定するかによって変わってくるという側面があります。ただ、一般論として、日本でもまだそんなにお金をかけなくても減らせる余地がある。なぜ東京都の排出量取引制度がそれなりに順調に進んでいるかというと、やはり事前の計画制度というものを利用して、まだ減らせるという、ある程度の感触をつかんだ上で、キャップを掛けているからです。事実、キャップ以上に下がっています。

欧州連合(EU)全体としても、あれだけ世界的に見れば厳しいキャップを掛けて炭素税を導入しても、EUは他の地域に比べて経済がものすごく落ち込んでいないというのも、やはり減らせる余地というのが現実的にあるのです。ただしそれはいろいろな生産体制などをいじらずにできるような生易しいものではありません。

電力とガスが統合して総合エネルギー会社になると省エネが進む

倉阪 日本全体でいうと、廃熱の部分は増えてきています。データが古くて1975年と97年のデータしかないのですが、日本全体の一次エネルギーの中で、75年は63%損失、97年は66%損失で、少し増えています。

これは、電化の進展が原因です。しかし、75年と97年を比較すると、75年の時には一次エネルギーの27%が発電に回っていました。これが97年には41%に増えました。そして燃料用に使われたエネルギーから出てくる廃熱は増加しています。

現在のように、大規模な発電所から電気だけを遠方に送るようなやり方をやっている以上、廃熱はどんどん増えてしまいます。送電ロスもあります。需要地に近い所にコジェネ(熱電併給)を導入して熱も有効活用し、再エネを組み合わせていく分散的エネルギー供給に転換すると、まだまだエネルギー効率を上げることができるのです。

個々の努力も重要ですが、社会システムとして、いかに排熱の部分を下げていくのか、そういう設計もする必要があります。そうすると、今の電力会社は、もしかしたら総合エネルギー会社に変わってガスと一緒になってもらって、それで、より排熱が少ないところがもうかるような形ができれば、まだまだ削減の余地があるでしょう。

電力会社がガス会社を統合して、例えば関西電力も「関電ガス」といってガスも売るようになりましたし、いろいろな形で変わっていく動きはあります。それを社会制度として国が後押ししていくということが必要ではないかと私は思います。

気候変動問題にチャレンジすることで仕事の拡大が求められる日本企業

松下 世界と日本との違いが議論になっていますが、企業の環境に対する取り組みも、やはり根本的な認識に違いがあると思います。先ほど紹介した世界の先進的企業も含めて、シリアの難民問題などのように、気候変動問題に起因する人権問題や環境正義を通じて、企業の活動が、結果として途上国の人たちの生活に脅威を与えている。あるいは最終的には安全保障に関わる問題との認識があり、同時に、気候変動への取り組みをしないと企業として存続自体が危うくなるという認識があり、危機意識の質が違います。

そのため、環境問題は単に企業の環境部がやればいいとか、あるいはCSR部が何か考えればいい、ということではなく、企業の本業に関わる経営戦略として、取り組むところが増えてきています。実は日本も少数ですが、そういう企業が増えていて、リコーのほか、例えば積水ハウスは日本最大のハウスメーカーですが、新築の一戸建て住宅の70%は「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス」ということで積極的に取り組んでいますし、LIXILなどの住宅メーカーは省エネルギー、脱炭素を積極的に本業の中で取り組んでいるところが増えています。

もう一つは今、世界的に議論となっている、投資判断における気候変動リスクの考慮、いわゆる「2℃目標」、「1.5℃目標」を達成しようとすると、現在世界で埋蔵量が確認されている化石燃料の2~3割しか燃やせない、7~8割は燃やせない、回収できない「座礁資本」として考えられていることです。それが世界的に注目されていて、現在、世界の25の財務当局や中央銀行が参加している金融安定理事会で、ブルームバーグ前ニューヨーク市長を委員長とするタスクフォースができて、今年早々にも投資リスク判断ができる情報開示に向けた提言が出る予定です。

日本の企業の多くは業界団体に参加して、横並びの護送船団方式でそこそこやっていく、というやり方ですが、やはり気候変動という新しいチャレンジによって仕事を拡大し、他方で、より優良な先進的企業を評価してそれらの企業が報われる仕組みを作っていく、ということが大事だと思います。

(次号に続く)
(2016年12月5日 東京都内にて)

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