環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート西シベリアにおけるメタン観測

2017年02月15日グローバルネット2017年2月号

地球・人間環境フォーラム
津田 憲次

東はエニセイ川、西はウラル山脈までのロシア連邦中央部に広がる世界最大の堆積平野、それが今回観測の舞台となる西シベリア平野です。面積は約300万㎞2、実に日本の国土の8倍近くあり、北はツンドラ(永久凍土地帯)、中南部にタイガ(針葉樹林地帯)、南にステップ(草原地帯)があり、あの有名なシベリア鉄道もこの平野を走っています。また、ここを流れるオビ川流域には世界最大規模の湿地があり、石油・天然ガス(主成分はメタン)の世界的な生産地としても知られています。この広大な湿地から、二酸化炭素(CO2)に次いで強力な温室効果を持つメタンが放出されています。

日露の共同研究で始まったメタンの連続観測

この広大な地で、2004年からタワー観測ネットワークであるJR-STATION(Japan-Russia Siberian Tall Tower Inland Observation Network、図1)を用いたメタンの連続観測が始まりました。図中の黒丸はタワーの位置を示し、地名を省略した3文字コードでタワーを区別しています。このネットワークは、国立環境研究所(NIES)とロシア科学アカデミー大気光学研究所が協力して運用し、最大時9ヵ所まで展開されました(現在は6ヵ所)。北方に位置するIGRはオビ川流域の町にあり、広大な湿地に囲まれています。NOYとDEMは、針葉樹林の中にあり同じく湿地に囲まれています。BRZは大気光学研究所のあるトムスク市に最も近いタワーで、KRSとともにタイガに位置しています。一方、南に位置するSVV、AZV、VGNはすべてステップに位置しています。YAKは東シベリアにあります。

図1  JR-STATIONの9タワーの位置。BRZ:Berezorechka、KRS:Karasevoe、IGM:Igrim、NOY:Noyabrsk、DEM:Demyanskoe、SVV:Savvushka、AZV:
A z o v o 、V G N : V a g a n o v o 、Y A K : Y a k u t s k 。YAK は東シベリアに位置する(笹川氏提供)

この共同研究の日本側のリーダーが、NIES地球環境研究センター大気・海洋モニタリング推進室の主任研究員、笹川基樹氏です。笹川氏は「西シベリアの奥地で自動連続観測を行うのはとても大変です。ロシア人の共同研究者にメンテナンスに行ってもらうのですが、北部は湿地帯が多く、冬は地面が凍結して車が使えますが、夏はぬかるんで通行できず、飛行機での移動になることもあります。また、道路が整備されていない場所や、遠回りしなければ行けない場所も多く、北部のステーションの点検には1ヵ月ほどかかることもあります」と観測の苦労を話してくれました。

これらのタワーの場所はどのように決まり、どのような特徴があるのでしょうか。笹川氏はこれまでの経緯などについて、「この観測は、天然ガス会社が所有している通信用のタワーをレンタルしています。こうすることで、これまで観測の空白地帯だった西シベリアでの観測が可能となりました。場所については、トムスク市からメンテナンス可能な範囲、という制約があります。また、観測開始当初から、BRZタワー上空の二酸化炭素(CO2)濃度の鉛直プロファイルを調べるために、飛行機を定期的にチャーターしていました。その結果と、タワーで観測したCO2の値を比較することで、タワーの日中の観測値が混合層(対流によってよく撹拌された大気)を代表したものであることを確認しました」と説明してくれました。メンテナンス可能な範囲といえばそれほど遠くない場所を想像しますが、BRZとIGRの直線距離は、札幌と福岡の直線距離に匹敵します。西シベリアの広大さを思い知らされます。

これまでのタワー観測で何がわかったのか

西シベリアのメタン濃度は全球平均と比べて高いのでしょうか。笹川氏は「全球で見ると北半球には大陸や人為的排出源が多いのでメタン濃度は高いのですが、その中でも西シベリアにはメタンの発生源が多いので高濃度です。湿地からの放出や、天然ガスパイプラインからの漏出が観測されるからです。冬期は人為的放出、夏期は自然放出といった感じです。具体的には、場所によっても違うのですが、2,000ppb(ppbは10億分率を表し、1ppb=0.001ppm)を余裕で超えることもあります」と語ってくれました。

一方、季節変動については「一般的に、メタンは夏の紫外線によって作られる活性酸素の一種であるヒドロキシル(OH)ラジカルと反応して分解・消失するので、夏に濃度が低下します。しかし、この湿地からは夏の消失を補っても余るほどのメタンが放出されています。つまり、夏にもピークが見えるのです」と教えてくれました。実際にデータを平滑化したのが図2です。2,000ppbを超える様子や、夏のピークまた、最近のメタンの増加傾向もわかります。

図2  KRS(実線)、DEM(破線)、BRZ(点線)の観測当初から2015 年までのデータを平滑化したグラフ。冬のピークに加え、夏にもピークが見える。中央の太い線はトレンドを表す(笹川氏提供)

化石燃料より微生物起源で全球のメタン濃度は上昇

全球のメタン濃度は、工業化以前(1750年頃)の平均値である722ppbから2015年には1,845ppb(温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)WEBサイトより)と、実に2.5倍以上に増加しています。増加の様子は気象庁のWEBサイトで見ることができます。それによると、2000年代前半、一時的に増加が止まりましたが、2007年ごろから再び増加し始めました。ひょっとして、2007年に広大な湿地を抱える西シベリアで何かが起こったのではないか、そんな疑問に笹川氏が答えてくれました。「2007年は雨が多く、湿地の地下水面の上昇が起こったと考えられます。定性的には、地下水面が上昇するとメタンの放出量が増えることが知られていたので、私たちもタイガと湿地が混在する2サイト(KRS、DEM)で、メタン放出のシミュレーションを行ってみました。その結果、KRSでは2007年7月に例年以上の放出がありました。しかし、その前後の月で特段の変化が見られなかったので、全球の増加傾向に西シベリアの湿地が大きく影響しているとは考えにくい、という結論に至りました」。

では、メタンの放出の起源は何なのでしょう。笹川氏は「熱帯の湿地および北半球・中緯度域の水田などからの放出が有力視されています。また、炭素の同位体測定から、現在増加しているメタンは化石燃料起源ではなく、微生物起源だという証拠もあります」と説明してくれました。化石燃料起源のメタンより微生物起源が優位というお話は、とても驚きでした。

タワー観測の今後は

地球温暖化が進むと西シベリア湿地や永久凍土からのメタン放出量はどうなるのでしょう? 「湿地に関しては、異常に気温の高い年にメタンの放出量が上がったという報告もあり、温暖化による濃度上昇は十分ありえますね。シベリアの永久凍土の温暖化影響は確かに注目されていますが、このタワーネットワークは、永久凍土から離れているのでその影響を検出するのは非常に難しいと思います。また、測定された大気濃度から湿地放出量を見積もるモデル計算にも利用されています」。湿地からのメタン放出の観測ばかりでなく、温暖化予測に欠かせないモデル計算にも役立っていると聞いて、あらためてタワー観測の意義を実感しました。

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