世界のこんなところで頑張っている ~公益信託地球環境日本基金が応援する環境団体第20回(最終回)/世界遺産の棚田を崩壊から守る植林事業

2017年03月15日グローバルネット2017年3月号

特定非営利活動法人NEKKO 
冨田 一也(とみた かずや)

本事業の現場があるイフガオ州は、フィリピンのルソン島北部に位置し、イフガオ族が州人口の大部分を占めています。わずかな低地を除けば、面積のほとんどが海抜700~1,400mの山岳地帯で、その厳しい自然環境からルソン島北部諸州の中でも最貧州といわれています。棚田景観の美しさでも有名で、1995年にはユネスコの世界文化遺産の無形文化遺産として登録されました。

この棚田は山腹に沿って高く上るほど幅が狭くなり、上方の傾斜がきつい部分からは棚田に代わってピヌゴ(ムヨン)と呼ばれる森林地帯が広がっています。ピヌゴの森は古来より下方に広がる棚田へのかんがい用水と水田耕作に必要な養分を供給しています。また、樹木の根は急斜面に造成した棚田への土壌流出や土砂崩れを防止していました。

ところが、近年の人口増加に伴う生活用材の乱伐により森林の荒廃が進み、棚田かんがいのための湧水が枯渇したり、水量自体が激減したりするなど水田耕作は大きな打撃を受けています。水源が乏しくなり耕作面積は縮小し、水質も養分が不足して水稲の収量は激減しています。何よりも深刻なのが、水不足や人手不足による棚田の放棄です。放棄された棚田は乾き、やがて地割れを起こして1枚の水田が崩壊すると、その下の水田も連鎖して崩れます。まるでドミノ倒しのように縦のラインが崩れてしまうのです。

先祖代々受け継いできた棚田が崩壊の危機

このことを危惧した住民の有志が、1995年頃から自発的にピヌゴの森に木を植え始めたことが地域住民の共感を呼び、徐々に参加者を増やしました。この「木を植える運動」に長年に渡って参画しているのが当団体でした。その経験から、近年になってとくに棚田が崩壊する規模や状況、被害が出る地域が変わってきたことを危惧するようになりました。これまでは人手不足により放棄された棚田がある地域から小規模で起こっていた土砂崩れが、近年は予期していなかった場所から鉄砲水が出て、わずか一晩で棚田を含む付近一帯を崩壊させてしまう大規模な土砂崩れが増えているのです(写真①)。

写真①美しい棚田でも近年、大規模な土砂崩れが増えている(写真右上、左中央)

近年、大規模な土砂崩れが頻発し、このままでは手遅れに

当団体は、これまでピヌゴの森を保護する大規模な植林を実施してきましたが、棚田の崩壊はわれわれの予想をはるかに超える速度で広がっていました。もうピヌゴの森を保全するだけでは間に合わない。よりピンポイントで棚田や水源を保護する植林の新技術が必要でした。

それが地球環境日本基金の助成を2015年から受け実施している本事業「小規模多地域植林法」です。これは人がケガをした場合の応急処置からヒントを得た植林の技法といえます。ここ数年で急に湧水が枯れた水源、崩壊しそうな棚田の縁、降雨の際に水の流れが変わった場所などをゾーニング(小分け)して、ピンポイントで小規模の植林を施します。山に対してばんそうこうを貼っていくように小さな帯状に、直接棚田の縁を保護するように木を植えていきます。限られた予算内でより多くの棚田を保護でき、より短期的な成果が期待できる方法といえます。人手も予算も足りない状態でも実施が可能な対策として、この植林技法は地元の村の地域住民から支持されました。

本事業の特徴

従来の植林技法とは違うのは、その作業における安全性と使用する苗木の樹種です。ピヌゴの森は棚田最上部よりもさらに上部にあるため、普段は人が立ち入ることはありません。そのため、足場は急斜面でぬかるんでいることが多く、植林作業に不慣れな者は立ち上がることさえ困難な状況になります。その中での植林作業は、熟練の作業員でも命綱(ハーネス)を着けなければならないほど危険なものでした。使用する苗木も在来樹種のナラやクヌギ系広葉樹で、植えて20年以上を経過した樹木は生活用材として切り倒される運命にありました。

しかし、本事業は危険な箇所に苗木を植えることはありません。普段から通る棚田の縁、あぜの横などに植えるので、年少の子供たちでも参加することが可能です。使用する苗木も根が深く大きくなるものは植えません。大きくなった根が棚田を圧迫する上、落葉した葉を掃除するのに大変な労力を強いられるからです。本事業では浅く広く根を張るナツメヤシを植えています。苗木を密植気味に植えることで、成長した根が隣の根と絡み合い、自然の防壁となって棚田を守ります。しかも、ヤシの葉は落葉しても大きなものが落ちるだけなので、掃除の手間も掛かりません。

古来から棚田の近くに植えていたナツメヤシは、その景観を損なうことなく、その実は現地で多用されている嗜好品ビンロウ(かみタバコ)の材料としても欠かせないので、切り倒される心配もありません。本事業はナツメヤシの苗木を植えたいと考える地主、木を植えたいと願う子供たちのほか、棚田の中に入って作業がしたいと考える観光客なども巻き込んで、多くの問題が一度に解決できる方法でもありました。

子供たちが課外授業で植林をスタート

「学校の課外授業で植林に参加しませんか」。私たちのこの誘いに、地元の村の小学校の校長先生が快く乗ってくれたことがきっかけとなり、さらに新たな活動がスタートしました。小学校の子供たちが課外授業で植林を始めてくれたのです(写真②)。彼女はかつて、当団体ととも木を植えていた先生でした。

写真②楽しそうにナツメヤシの苗木を運ぶ子供たち

初年度は、事情がよくわからない子供たちが思い思いの場所に植えていきました。当時は、子供たちも植林の意味がわからず、ただ野外で苗木を植えるイベントだと思っていたそうです。その反省もあり、2年目は理科や美術の授業で予習復習をしてくれました。そして狭い教室を飛び出して、みんなで苗木を運び、棚田のすぐそばやあぜ道に植えていく。次々と苗木が運ばれ、子供たちの楽しそうな声が響き渡る。その声につられて大人たちもやってくる。わずか1日で、用意した5,000本を超える苗木がなくなりました。以前のピヌゴの森では何日もかかった作業でしたが、本事業では楽しみながら、わずか1日で終えたのです。

「また来年も木を植えよう」「来年はハイスクールも誘おう」「こんな楽しい作業ならいつでも大歓迎」など、多くのうれしい声を聞きました。イフガオの棚田を守るのは、そこに生きる人たちしかないのです。未来を背負う子供たちがやる気になってくれたのです。

誰もが景観の維持に参加できる提案を

本事業は来年で3年目を迎えます。次は観光客も気軽に植林に参加できる枠組み作りを始めます。観光ガイドや民宿と連携して、観光客も地主とともに棚田に入り、刺激的な体験をしながら、イフガオの環境保全に関与することができるようになります。私たちは棚田景観を楽しむだけでなく、誰もが植林を通じて棚田景観の維持に関わることができる、そんな提案をしていく予定です。

本連載は今回で最終回となります。

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