特集/シンポジウム報告 IPCCシンポジウム2017~気候変動の科学と私たちの未来~パネルディスカッション

2017年04月15日グローバルネット2017年4月号

気候変動問題を考えるシンポジウム(環境省主催)が今年1 月、東京の千代田放送会館で開かれました。フランスから気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1 作業部会(WG1)の共同議長を招き、気候変動の科学についての現状や新たな知見などを紹介していただき、それらの知見を国内での気候変動対策の普及や国際貢献の推進に生かすためにどのような取り組みを進めるべきか、科学者や政策決定者、気象キャスター、高校生が参加者とともに議論しました。今回はその基調講演とパネルディスカッションの内容を紹介します。

コーディネーター
国立環境研究所 気候変動リスク評価研究室長 IPCC AR5 WG1 執筆者 江守 正多(えもり せいた)さん

IPCC WG1 共同議長 ヴァレリー・マッソン=デルモットさん
IPCC インベントリータスクフォース(TFI)共同議長
 田辺 清人さん
TBS「あさチャン」気象キャスター/気象予報士
 井田 寛子さん
TOKYO MX気象ジャーナリスト(2017年1月当時)
 竹田 有里さん
神奈川県立横浜国際高等学校(SGH指定校)2年生
 松田 淳也さん
環境省地球環境局総務課研究調査室長/気候変動適応室長(2017年1月当時)
 竹本 明生さん

気候変動の科学をどう伝えていくべきか

江守 気候変動の科学をどう伝えていくべきか、井田さんから話題提供をいただけますか。

井田 昨年3月までNHK、4月からはTBSの番組で毎日気象情報をお伝えしています。

メディアには、多くの人に情報を伝えるという役目があり、いかに市民の方々に気候変動や地球温暖化について知ってもらえるかが大事だと思うのです。気象情報は皆さん、大好きです。「明日東京で雪が降るかもしれない」と言うと、皆さんテレビにかじり付くし、明日雨が降るか、傘を持って行くべきか、洗濯物が干せるのか、そういうことには興味があるのですが、未来の話になった途端に関心は薄れていきます。ですから、毎日の気象情報の中で、気候変動や異常気象について、いかに皆さんに興味を示してもらえるような伝え方ができるのかが今の私の課題です。

江守 ヴァレリーさんは積極的に市民の方とコミュニケーションを図っていらっしゃるようですね。

デルモット 実はコミュニケーションでは極端なことを言った方が伝わりやすいです。しかし、科学者として一般の人たちに恐怖感を植え付けたいわけではないので、専門分野の話だけでなく、前向きな将来のビジョンを提示することが大事だと思っています。

江守 高校生の松田さんはどう思いますか。

松田 異常気象の映像などを見たら怖いと思うでしょう。でも、例えば「2度目標」を達成した場合の映像も一緒に見られたら、自分たちにはこういう未来が待っているのだ、とプラスのイメージが持てて良いのではないかと思います。

井田 確かにそうだと思います。リスクばかりをお伝えするのではなく、何か対策を取れば明るい未来が待っているということも伝えることは大事ですね。

竹田 私は東京MXテレビのニュース番組の災害担当の報道記者として取材活動をしながら、環境や気候変動の問題に関するVTRも制作しています(2017 年1 月当時)。今回、環境省や東京都環境局、民間企業と気候変動に関するVTRを制作し、環境省がモンゴルで取り組んでいる気候変動対策について取材してきました。

現地は異常気象の影響で、気温はマイナス40℃まで下がっていました。2000年には「ゾド」という大寒波により、遊牧民にとって唯一の財産である家畜が大量に死んでしまいました。1990年以降、ゾドの被害は深刻さを増す一方で、とくに2000年と2010年の被害は大きく、およそ2,000万頭の家畜がゾドで死んだと考えられています。

ゾドは地球の温暖化と関係しています。モンゴルの平均気温は1940年に比べて2.1℃も上がっており、これによって夏には干ばつが起こり、草原地帯では家畜の餌となる牧草が十分成長しません。そのため、冬に餌が足りなくなって家畜が餓死してしまうのです。

日本の環境省とモンゴル国立大学が対応策として開発を進めている施設を訪れました。安定した電力のない地域でも設置可能な太陽光パネルを使うコンテナを利用し、遊牧民の収入向上を目指し、冷凍した肉を保存し、価格が上がる春に売るシステムに取り組んでいました。また、携帯電話を使って気象情報や牧草の生育状態などを発信するモンゴルの国家戦略プロジェクトにも環境省は支援していました。

このVTRを使って各地の小学校で授業もしましたが、やはり言葉で説明するよりも、映像で示した方が興味を持ってもらえます。グローバルで起きたことは、実は身近な、ローカルなことにもつながる、という視点で取材活動を続けていこうと思っています。

情報発信により意識を高めたい 現状を知り、考え、行動する

江守 次に松田さん、高校生の視点で、次世代について考えていることを話してください。

松田 授業の一環で、高校3年間を通してテーマ研究を行っています。私は最も身近な問題である環境問題を選びました。道を歩いているときにバイクから出るガスは臭いなと思います。また、「観測史上最大」「異常気象」などの言葉を頻繁に耳にするようになり、命が危険にさらされるような病気や自然災害なども拡大、多発していく最近の状況で、とくに地球温暖化が自分に関係があるのではないかと思ったからです。

昨年の夏休みにマレーシアのボルネオ島でのスタディーツアーに参加し、アブラヤシ農園の開発が原因で森林破壊が進んでいる現状を目の当たりにしました。そこで、国の経済を支えている農園開発を選び、現地の人々の家を奪ったり動物のすみかも減らしてしまう森林破壊を許していいのかと考えました。

研究やスタディーツアーで実際に経験した状況を自分の心の中にとどめておくのはもったいないので、伝えたいと思っています。クラスの人に環境問題について尋ねてみたら、地球温暖化について、皆言葉は知っていましたが、説明できる人はわずかでした。また、危険だと思っている人は半分でした。半分の人が危機感を持っていないともいえます。つまり、身近なことのはずなのに関心が低い、というのは、危機感を持てていないからではないかと思いました。

現状を知るということは次の目標を設定することができるということになり、どうやって頑張っていけばいいか考えられるようにもなります。その中で、考えるということは主体性を持って自発的に動けるということです。受け身の状態から主体的な行動に変えることで環境問題の意識は向上すると思っています。

さらに、意識の向上により環境に配慮した商品の購入をするようになります。するとそのような商品の需要が高まり、供給量が増え、CMなどで知る機会も増え、環境問題に対する関心の向上につながります。そのように経済の循環も生まれると思っています。

江守 高校生が温暖化問題について、科学的なことだけではなく、人々がどう取り組むか、社会的、心理的なことについても自分の中で突き詰めて考えて話してくれた感じがしました。

デルモット 若い世代に期待することが三つあります。何が大事か、知識を高め、共有してほしいです。そして、知見がどのように集積されているのか、批判的な目で、情報源は何か、信頼できるのか、精査して考えてほしいです。さらに、変化をどのように学ぶのか、プロジェクトをどのようにリードし、そのインパクトをどうやって測定するのか、理解してほしいです。

田辺 環境問題について、与えられた知識をただそのまま他の人々に伝えるだけではなく、自分自身や自分の身近な人たちにとってそれがどういう影響を持つのか、議論しながら考えていくというのは素晴らしい姿勢です。環境問題を自らの問題として考えることが若い世代に広がっているのは、心強いと思いました。

長期的な観点から削減目標を設定 国際社会とともに取り組む

竹本 国際的に、ここ1、2年で本当にいろいろなことがありました。IPCCがAR5を公表し、パリ協定が合意され、発効しました。

気候変動政策というのは科学に立脚した政策です。IPCCの評価報告書は、世界中の科学的知見を集め、各国政府が承認した結果であり、それに基づいて大きな政策枠組みが作られ実行されてきました。地球温暖化はすでに起きていて、それは人間活動による可能性が高い、という科学的知見は、各国の政権や政治状況がどうなろうと変わるものではありません。

また、パリ協定は京都議定書とは根本的に異なり、2100年までを念頭に置いた非常に長期的な枠組みです。日本としてもこれに基づいて短期あるいは長期的な観点から削減目標を立てて対策を実行しています。

日本の排出量は世界の4%弱ですが、対策というのは世界各国が最大限に努力して初めて実行性が出てくるので、国内の対策について手を抜くことはできませんし、当然各国とともに取り組んでいかなければいけません。そこで、国内の対策については昨年5月に閣議決定した法律に基づいて作られた地球温暖化対策計画の中に、2030年までに2005年比26%の削減を行うためのさまざまな政策や対策が盛り込まれているのです。

排出量算定の国際基準を作る 中心的な役割を担う日本

江守 CO2の排出量の計算の科学的なベースを作っているIPCCのインベントリータスクフォース(TFI)の共同議長である田辺さんにもその辺のお話を伺いたいと思います。

田辺 IPCCでは、1988年の発足当初、三つのワーキンググループ(WG)で温暖化問題に取り組んできました(WG1:自然科学的根拠、WG2:影響、適応、脆弱性、WG3:緩和策)。発足から10年ほどの間に、人間は一体どれぐらいの温室効果ガスを出しているのかをより正確に把握することの重要性が高まり、その問題を扱うために四つめのグループとして1998年に設置されたのがTFI です。

どこからどのような温室効果ガスが毎年どれぐらい出ているのか、という排出量のデータは、温暖化の科学的理解のためにも、対策の立案と実施のためにも、重要な基礎資料です。このため、世界各国は、自国の排出量を計算してその結果をまとめた「温室効果ガスインベントリ」という資料を作り世界中に公表していますが、各国がばらばらの方法で計算してしまうと、公表されるデータを互いに信用することができません。世界各国が共通の方法で温室効果ガスインベントリを作成できるよう、TFI はその計算方法の国際標準を作り、世界中に広めていく役割を担っています。

各WGには事務局(テクニカルサポートユニット)があり、いろいろな国に設置されています。TFIの事務局 は1999年から日本の地球環境研究戦略機関(IGES)に設置されています。パリ協定でも温室効果ガスインベントリは重要視されており、TFI は、国際標準としての算定方法をさらに改善しようと、日本に設置された事務局を中心に活動を続けています。

ビジョンの共有を 意味を考えながら理解を深める

江守 最後に一言ずついただきたいと思います。

竹本 一昨日まで、実はイランに行っており、政府の担当者と気候変動の問題について意見交換してきました。世界第9位のCO2排出国であるイランでも、温暖化対策について関心は高かったです。しかし、自国の排出量を測定する体制もできておらず、どんな影響があるのか知見も少ない。いろいろな協力のニーズがあり、環境省としても協力していきたいと感じました。

また、難しい情報でもわかりやすく伝えることは大変重要だと思います。環境省は気候変動の適応策に力を入れていますが、中でも今後強化していきたいのは、適応に関する情報のプラットフォームです。関係研究機関などと協力しながら、誰もが見たい、知りたいと思えるような情報を発信し、逆に皆さんが得た情報も使えるよう、双方向の取り組みに努めたいと思っています。

田辺 私は、江守さんがお話しされた「大転換」は、より良い将来のために、必要だと思います。それは待っていればいつか突然起きるのではなく、私たちのたゆみない努力の継続によって初めて実現するのだろうと今日の皆さんのお話を聞いて感じました。

松田 実は今、将来について不安になることがあるのです。漠然と不安なのは、地球温暖化の問題や、自分の将来の就職に対する不安があるからだと思うのです。しかし、それを解決するための策として、「必要とされている」と感じる何かがあれば、「自分も未来をつくっていけるんだ」という自覚が生まれますし、「社会に認められた」という満足感も得られるはずだと思うのです。学生を使うのはただなので、大人の皆さん、ぜひとも学生に声を掛けて一緒に活動していただければと思います。

竹田 気候変動問題について、メディアというのはどうしてもリスクをあおったり、説教臭くなったりしがちです。しかし、厳しい環境の中でも子供たちは明るくたくましく生きている、そういった人々の暮らしを目にすることによって、皆さんが、ふと立ち止まって温暖化は私たちの生活と密接に関わっているということを考えてもらえるような映像作りを心掛けたいと思っています。

井田 私の役割は、一般の方と専門家の方とをつなぐことだと改めて感じました。気候変動というのは人が作り重ね上げてきたものなので、自然に消滅していくものではなく、人が行動しなければ収まらないものです。その人を動かすのも人で、どういう人に動かされるのかというと、やはり、信頼できる人かどうかが重要だと思います。ですから、私にできることはとにかく、毎日の気象情報を気候変動の問題も含めてきちんと正確にお伝えし、「この人からの情報なら行動してみよう」と信頼を持ってもらえるよう日々努力することだと思いました。

デルモット 私は気候変動について研究する科学者です。自分が蓄積した知見は共有しなければいけません。皆さんは専門家と社会の間の懸け橋になることができ、そうなれば環境も整って変革も促されると思います。

市民の皆さんにはIPCC、さらには途上国の科学者への支援をお願いしたいと思います。

そして、科学者の皆さん、IPCCの作業をぜひ支援してください。新たな知見を生み出し、査読された論文をどんどん出して下さい。そうすれば私たちが評価します。

江守 大転換を起こすために必要なことの一つは「ビジョンの共有」だと思います。パリ協定が発効し、国際的には良いビジョンができていますが、それが一人ひとりにとってどのような意味があるのか、対話しながら理解を深めていくということが大事で、今日のシンポジウムではそれが皆さんと少しは実現できたかな、と感じています。

コミュニケーションは大切で、行政や若い人たち、そして科学にはそれぞれの役割があると思います。これからIPCCの第6次評価報告書に向けたサイクルがヴァレリーさんと田辺さんがリードして始まりますので、期待と支援をお願いしたいと思います。(2017年1月25日東京都内にて)

パネルディスカッションに参加したパネリストの皆さん
(左から)竹本さん、田辺さん、江守さん、デルモットさん、松田さん、井田さん、竹田さん

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