環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第27回 鳥インフルエンザは海を渡ってやって来る

2017年04月15日グローバルネット2017年4月号

地球・人間環境フォーラム
石本 美和(いしもと みわ)・森 史(もり ふみ)

昨年末から今年にかけて、インフルエンザ香港A型が流行しましたが、春の訪れとともに収束しつつあります。鳥の世界でも高い病原性を示すインフルエンザのタイプがあり、家禽類(飼育目的で飼われているニワトリ、アヒル、ウズラなど)への経済的被害や、希少鳥類への感染による絶滅リスクの高まりが懸念されています。国立環境研究所(NIES)がある茨城県でも、昨年11月から千波湖(水戸市)のハクチョウ類が次々と死んでいます。日本国内での鳥インフルエンザウイルスについて、全国調査を行っているNIES生物・生態系環境研究センター生態リスク評価・対策研究室の主任研究員、大沼学氏にお話を伺いました。

「日本での高病原性鳥インフルエンザの発生は過去の出来事だと思っていました。海外では問題になっていたため、国内でも発生するのではと危惧していましたが、2004年、79年ぶりに国内の養鶏場とハシブトガラスの死骸から高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1が発見されました」と大沼氏は説明を始めました。

鳥インフルエンザウイルスの変異

インフルエンザウイルスには、大きく分けてA、B、Cの三つの型があります。A型インフルエンザウイルスは、ヒトや鳥、豚などの動物に感染し、B型とC型はヒトにのみ感染するといわれています。

「野生のカモ類から全種類のインフルエンザA型が検出されることから、A型インフルエンザウイルスはカモ類が宿主(寄生生物が寄生する相手の生物)であるといわれています。ウイルスはカモ類の消化器に共存しており、病原性はほとんどありません。カモ類の腸で増えたウイルスは、ふんとともに排出され、それが他のカモへの感染を繰り返すことで、鳥インフルエンザウイルスは自然界に存在し続けると考えられます。

アジアでは、アヒルとニワトリがよく野外で一緒に飼育されています。沼や池でカモ類とアヒルが出会うことでウイルスはアヒルに感染し、アヒルからさらにニワトリへと感染します()。ウイルスが宿主の細胞に感染するには、その表面の突起が宿主の持つプロテアーゼ(タンパク質中のペプチド結合を切断する酵素)で切断されないといけません。通常は呼吸器と消化器に局在するプロテアーゼのみで切断されるため呼吸器と消化器のみの局所性感染に終わります。アヒルからニワトリへ感染するウイルスも局所性感染にとどまるため、個体が死に至ることは少なくニワトリが大量に死ぬことはありません。しかし、ニワトリの集団内で感染が繰り返し起こるようになると、ウイルスが変異することがあります。変異で生じた高病原性タイプは、宿主のすべての組織・細胞にあるプロテアーゼによって突起が切断されるため、全身で増えることができ、宿主を死に至らしめます」と、大沼氏は高病原性鳥インフルエンザウイルスが鳥インフルエンザウイルスの変異タイプであることを説明してくれました。

渡り鳥が運ぶ鳥インフルエンザウイルス

国内の高病原性鳥インフルエンザは冬から春にかけて発生する傾向があります。家禽類と野鳥から採取された高病原性鳥インフルエンザウイルスは同じ系統であることから、越冬のために飛来した渡り鳥から国内の留鳥(渡りなどの季節的な移動を行わず,一年中ほぼ同じ地域にすむ鳥)や家禽類への感染経路が考えられています。大沼氏は、野鳥を対象として鳥インフルエンザウイルスの保有状況を調査しています。全国52地点のカモ類のふんのサンプルと、死んだ野鳥の総排出腔(排泄口と生殖口が一緒になった穴)から取ったサンプルにウイルスが含まれるか調査した結果と、環境条件やカモ類の個体数データを用いて、高病原性を含む鳥インフルエンザウイルスが侵入するリスクの高い地域を予測する国内リスクマップを作成しました。

リスクマップはリスク指数(日本全国における相対的なリスクの高さを示す数値)によって色分けされており、色の濃淡で鳥インフルエンザウイルスが侵入するリスクの高い地域が一目でわかります。大沼氏はリスク指数が高い地域について、「カモ類の飛来数が多い地域ほど野鳥からウイルスが見つかる傾向があり、渡り鳥が国内へウイルスを持ち込んでいることがわかります。また、この予測結果と野鳥から高病原性鳥インフルエンザウイルスが見つかった地点は一致する傾向があります。ふんの調査結果から、多くのウイルスの宿主はマガモやオナガモであることがわかりました」と教えてくれました。

国内の野鳥は大丈夫?

高病原性鳥インフルエンザウイルスによって野鳥の個体数が激減しているのではないかと不安になります。しかし、大沼氏によると「鳥類の種類によって感染しやすさに違いがあります。高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1については研究報告があり、例えばハクチョウ類に対する病原性は高いことが知られています(死亡率が高い)。カラス類には感染しますが、死なない場合もあり、ウイルスを拡散させる可能性があります。一方、ハトへの病原性は低いとされています」とのことでした。

さらに、大沼氏は「昨年、大森山動物園(秋田市)や東山動植物園(名古屋市)などの飼育個体から高病原性鳥インフルエンザウイルスが発見されたのは衝撃でした。動物園には貴重な種を保存する役割があるので、希少鳥類に感染が拡大しないような対策を検討する必要があります」と言います。

高病原性鳥インフルエンザウイルスにより死んだ野鳥には絶滅危惧鳥類も含まれているため、その絶滅リスクが高まることが懸念されます。大沼氏は猛禽類のクマタカ、オオタカ、ハヤブサの分布域(分布可能性地域を含む)を前述のリスクマップに重ね合わせ、オオタカとハヤブサの分布域とリスク指数の高い地域が重なっていることを発見しました。オオタカとハヤブサは平地に生息しているため、カモ類と接する機会が増え、ウイルスに感染するリスクが高くなります。一方、クマタカの分布域は山間部であるためかリスク指数の高い地域とは重なりません。リスクマップを活用することで、高病原性鳥インフルエンザウイルスによって絶滅する確率が高くなる絶滅危惧種の評価や保全対策の必要な地域を明らかにすることができます。

リスクマップの活用と今後の研究

大沼氏は、さらにデータを収集し、リスクマップの精度を上げていきたいと抱負を述べます。リスクマップから得られた鳥インフルエンザウイルスの侵入リスクが高い地域についてモニタリングを強化することで、国内へのウイルス侵入の早期発見が可能になると期待されます。また、今年度からはカモ類より早く渡って来るシギやチドリを調べることで、繁殖地で流行しているウイルスについても、より早く把握する調査が進められるそうです。さらに、もう一つ新たなアプローチとして、NIESタイムカプセル棟で凍結保存されている高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染する種、感染しない種の鳥類の細胞を使って、Mxタンパク質(インフルエンザ抑制タンパク質)の機能や発現について研究が始められます。大沼氏は、「絶滅危惧鳥類の保存細胞を用いてウイルス抵抗性に関する研究を行い、保護に役立てたい」と話してくれました。

渡り鳥が持ち込む鳥インフルエンザウイルスの侵入を阻止することは不可能です。先手必勝、ウイルス侵入の早期発見で国内の絶滅危惧鳥類や家禽類が守られることを願います。

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