特集/新たな時代を拓くプロジェクト~つなげよう、支えよう森里川海「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトについて
環境省

2017年05月15日グローバルネット2017年5月号

私たちの暮らしは自然からの恵みに支えられています。この自然を象徴する「森」「里」「川」「海」は本来、互いにつながり、影響し合っていましたが、過度の開発や不十分な利用・管理により、その質は下がり、つながりも絶たれてしまっています。そこで、森里川海の恵みを将来にわたり享受し、安全で豊かな国づくりを進めるため、環境省は2014 年12 月に「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトを立ち上げました。本特集では、このプロジェクトの背景および概要などについて、紹介します。なお、来月号から具体的な取り組みなどをご紹介する連載をスタートする予定です

環境省森里川海プロジェクトチームチーム長、大臣官房長
森本 英香(もりもと ひでか)

2015年9月の国連総会において、持続可能な開発のための目標(SDGs)を中心とする「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が全加盟国により採択され、社会、経済、そして環境に関するさまざまな課題を2030年に向けて統合的に解決する強い意思が共有された。

また、同年12月にフランス・パリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)において「パリ協定」が採択され、世界全体の産業革命前からの平均気温上昇を2℃未満に抑えることや、世界の温室効果ガスの排出量を今世紀後半に実質ゼロにすることについて、国連気候変動枠組条約全加盟国が参加する国際枠組みが史上初めて合意された。

日本においても、2030年までに温室効果ガスの排出量を13年比で26%削減するとした国際的な約束、そして2050年までに80%削減するという目標の達成に向け、脱炭素型の経済活動や社会構造への変革が求められている。

このため、2014年7月の中央環境審議会意見具申においては、環境と経済と社会の課題を統合的に解決し、安全・安心を確保しながら、低炭素・資源循環・自然共生が同時に達成される真に持続可能な循環共生型の社会(環境・生命文明社会)の創造が提言されている。

このように、社会構造の抜本的な転換が求められている今、自然環境をすべての人間活動の基盤・資本として位置付け、その自然資本(ストック)の維持・再生を図りつつ、そこから生み出される恵み(フロー)を活用する経済を目指すことが求められている。

恵みをもたらす森里川海

私たちの暮らしは、森里川海の恵みに支えられている。

山に降った雨や雪は森里川海を潤す。豊かな森は酸素と清らかな水を生み、大地に張った木々の根は絡み合って土壌を涵養し安定に保つ。里では水が田畑を潤し、脈々と続く人間の営みによって地味豊かな安全でおいしい農作物が育まれる。木や竹は、生活道具の材料や煮炊きなどのエネルギーとして利用され、森の落ち葉や枯れ草は大切な肥料として用いられてきた。川は森からの水を集めて流れ、都市も含めた下流に暮らす人々の生活や産業を支えている。森と海は川や地下水系でつながり、土砂の移動により干潟・砂浜など魚介類のゆりかごが形成され、森から供給された栄養塩類や微量元素は、海の生態系を豊かにし、魚貝藻類を育む。そして、海はこれらすべてのいのちを育む水を陸に循環させている。

すべての生物は、その大きな循環の中で生きている。とりわけ私たち人間は、森里川海の恵みを受けて、暮らしを営んできた。森里川海を構成要素とする美しい日本の風景は私たちの心を癒やし、豊かにするとともに、地域固有の文化や風土を育んできた(図1)。

図1

私たちの暮らしを支える「森里川海」。分を超えない範囲で利用し、適切に手を入れれば、森里川海は永遠に恵みを生み出してくれる。

しかし今、過度の開発や利用、管理の不足などにより、森里川海のつながりが分断されたり、質が劣化し、その恵みが損なわれつつある。

例えば、日本の森では、海外からの木材の輸入、木材価格の下落、経営コストの上昇により、林業の収益性が低下し、森林資源は量的には充実しているにもかかわらず、伐採が進まなかったり、あるいは伐採しても植林が行われない状況になっている。森林管理が十分に行われない人工林では貯水機能の低下により土砂崩れが起こりやすく、生物多様性が著しく低下した沈黙の森となる。また、老齢化した人工林では二酸化炭素の吸収機能が弱くなってしまう。このように森林の有する多面的機能の発揮という面でも大きな影響を及ぼしている。

川では、河川沿いの氾濫原(※1:河川の氾濫や河道の移動によってできた平野。洪水時に浸水する)の湿地帯や河畔林(※2:河川の周辺に繁茂する森林)の多くが農地や宅地へと開発され、ダムや河口堰などの河川構造物による河川の連続性の損失や取水などは、海と川を行き来する魚種や水生生物の移動を阻害し、下流域や海への砂礫などの供給を減少させ、両生類や魚介類の生息環境を悪化させている。とりわけ、田舎の小川までも両岸と川底はコンクリートで固められ、多くの生き物たちの生息を困難にし、子どもたちと身近な生き物との接点もなくしてしまっている。

「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクト

このような課題に対し、2014年12月に環境省が事務局となって社会の幅広い主体の参加を得る「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトを立ち上げ、有識者を交えた勉強会や全国リレーフォーラムを実施してきた。リレーフォーラムは全国約50ヵ所で開催し、延べ4,000人以上の参加をいただいた。その過程でいただいた多くの意見を踏まえ、環境省が事務局となって取りまとめたのが「森里川海をつなぎ、支えるために(提言)」である(図2)。

本提言では、森里川海を豊かに保ち、その恵みを引き出す取り組みが継続する仕組みづくりと、一人ひとりが自然の恵みを意識し、それを支えていくためのライフスタイルの変革を目標に掲げている。

森里川海の恵みを活用することにより、再生可能エネルギーで地域経済が回り、個性ある風土によって交流人口が増加し、少量多品種で高付加価値化の一次産品が生産されるなど、地域経済の循環を生むことが期待される。いわば、経済性を伴った森里川海の「なりわい」の創造である。これらの取り組みは、安心・安全な衣食住の提供や、生態系を活用した防災・減災につながるものである。プロジェクトが目指しているのは、モノやお金だけではなく、自然とのふれあいの中で子どもを育て、家族や周囲の人々との絆を感じながら、心と体が満たされる暮らしが実感できる、人を包み込むような真の豊かさを描き出していくことにある。

プロジェクト名称の「つなげよう、支えよう森里川海」は、自然資源を象徴する「森」「里」「川」「海」を保全してつなげること、また、それぞれに関わる人をつなげること、そして、都市部に住む人たちも含めて国民全体で「森里川海」の保全とそれに関わる人たちを支えることを示しており、以下のような基本原則のもとで進めることを提唱している。

  •  人口減少・高齢化社会が進むことを逆手に取る
  •  地方創生に貢献する
  •  森里川海のある地域だけでなく、国全体で支える
  •  縦割りを解消し、関係者間、地域間の一層の連携を図る
  •  わかりやすく目指す姿を設定し、バックキャスティングアプローチを取る
  •  別の目的のための取り組みにも配慮を促す

 

プロジェクトを支える環境省では、平成28年度以降、この提言を踏まえ、地域における仕組みづくりを目指した実証事業と、ライフスタイルシフトを促すための普及啓発に取り組んでいる。以下にその内容を紹介する。

地域の仕組みづくりを目指す実証事業

実証事業では、公募で選ばれた全国10ヵ所において、3年間(平成28~30年度)、流域など自然のまとまりで関係者が協働するためのプラットフォームづくり、取り組みを支える人材育成、経済・社会システムとリンクした資金確保の仕組みづくりなどに取り組んでいただいている()。

表 実証地域と活動団体
1 宮城県本吉郡南三陸町 一般社団法人 CEPA ジャパン
2 神奈川県小田原市 小田原市
3 石川県珠洲市 珠洲市
4 滋賀県東近江市 特定非営利活動法人まちづくりネット東近江
5 大阪府吹田市・豊能郡能勢町 特定非営利活動法人大阪自然史センター
6 岡山県高梁川流域 一般社団法人高梁川流域学校
7 山口県 椹野川河口域・干潟自然再生協議会
8 徳島県吉野川流域 コウノトリ定着推進連絡協議会
9 福岡県宗像市 宗像国際環境会議実行委員会
10 佐賀県鹿島市 鹿島市ラムサール推進協議会

この実証事業の特徴は、資金や人材を投入するような従来型の生物多様性保全活動の推進ではなく、社会や経済に働き掛けることにより資源(資金や人材など)が地域で自立的に、持続可能な形で回っていく仕組みづくりを目指している点である。

これらの取り組みを評価するためには、こういった取り組みが地域の経済や社会、そして生態系サービスにどのように寄与したかを「見える化」する必要がある。各活動が対象地域にもたらした社会的・経済的効果や生態系サービスを測定し、さらなる活動の促進につながるような評価スキームを構築できればと考えている。

環境省としては、各地域の取り組みを支援するとともに、これらの取り組みを通して、「多様な主体によるプラットフォームづくり」「自立のための経済的仕組みづくり」「人材育成」の三つの共通した課題に対して、対応のノウハウを取りまとめ、平成31年度以降に全国に横展開が可能な形での活動指針を作成する予定である。また、そのプロセスの中で、制度に反映できるものがあればそれを抽出し法制度や予算に反映していくことも検討したい。

ライフスタイルシフトを促す普及啓発

プロジェクトの目的を達成するためには、一人ひとりが、自然の恵みや日本の自然観を意識した暮らしを実現する必要があり、そのためのライフスタイルシフトを促していくことも重要である。

そのための普及啓発として、「食」「健康」「美」「音楽」といった自分ゴト化できる切り口で森里川海の恵みを考えるイベントを全国的に展開しているほか、子どもたちの自然体験の場づくりに向けた『森里川海大好き! 読本(仮称)』の作成などに取り組んでいる。この読本に関しては、平成28年度に編集委員会(委員長は養老孟司東京大学名誉教授)を設置し、平成29年度中の作成を目指している。

さらに、食や健康、有機農業などの多様な分野で活躍している方々に「森里川海アンバサダー」に就任していただき、クリエーティブな情報発信で本プロジェクトをサポートしていただいている。

その他、ふるさと絵本づくりや、ホームページ、ツイッターによる情報発信もしており、こういった取り組みを推進することによって、子どもたちの笑顔あふれる自然体験の場づくりや、おしゃれで豊かなライフスタイルの実現を促し、森里川海の恵みへの意識・支える気持ちの醸成を図っていきたい。

終わりに

最新の知見とそれに基づく技術を使いながら、森里川海が連なる流域圏を俯瞰し、上流域と下流域、農山漁村と都市がしっかりとつながり、多様な世代や組織がそれを支え合う。森里川海の循環体系が健全に機能する地域づくり、国づくりを目指すことが、日本の力を高め、国際的にも誇り得るものとなる。日本の英知を結集して、自然を豊かに再生し、森里川海とそのつながりの恵みを引き出す社会へと転換する歯車を回していくこと。それは今を生きる私たちから将来世代への最善の贈り物となる。

木の安らぎや水の豊かさを感じられる暮らし、それを支える美しい森、トキやコウノトリが舞う里、豊かな魚介類を育む川や海、その中で遊ぶ子どもたち、そんな風景がどこにでも当たり前に見られる国。そんな“いのち輝く国づくり”を目指して、一人ひとりが力を尽くすとともに、森里川海の恵みを身近に感じ、行動へとつなげていく必要がある。プロジェクトでは、地方や都市、世代や職業を越え、多くの主体が集い、それぞれの立場で行動し、自らのメッセージを発信し、社会を変革する大きな力へと発展することを目指していく。

本誌の紙面をお借りし、来月号以降、実証事業の事例や、そこで得られたノウハウ・課題などについて紹介していきたい。

なお、プロジェクトの詳細は、WEBサイトを参照いただきたい。

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