特集/新たな時代を拓くプロジェクト~つなげよう、支えよう森里川海「森里海連環学」と「森里川海プロジェクト」の協同の時代
田中 克

2017年05月15日グローバルネット2017年5月号

私たちの暮らしは自然からの恵みに支えられています。この自然を象徴する「森」「里」「川」「海」は本来、互いにつながり、影響し合っていましたが、過度の開発や不十分な利用・管理により、その質は下がり、つながりも絶たれてしまっています。そこで、森里川海の恵みを将来にわたり享受し、安全で豊かな国づくりを進めるため、環境省は2014 年12 月に「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトを立ち上げました。本特集では、このプロジェクトの背景および概要などについて、紹介します。なお、来月号から具体的な取り組みなどをご紹介する連載をスタートする予定です

舞根森里海研究所所長
田中 克(たなか まさる)

地球はかつて大半が森で覆われていました。しかし、ヒトの数の急速な増加と生息圏の著しい拡大は、今では森林面積率を30%にまで激減させ、温暖化などの深刻な地球環境問題を引き起こす根源的背景となっています。そのような中で、日本は今でも国土の3分の2が森で覆われ、多様な海に囲まれる“地球の原型”をとどめた類希な国といえます。わが国には古くより、水辺の森を維持すると周辺の海には生きものが生息し続け、漁業が持続できる「魚附き林」という先人の知恵が根付いてきました。その魚附き林思想を日本列島全体の森と周辺の海全域に広げたのが「森は海の恋人」(畠山、2006)運動であり、進むべき道を見失いつつある世界が、持続可能社会を目指す日本の叡智として注目しています。2011年の国際森林年に当たって、国連はその運動をけん引してきた宮城県・気仙沼のカキ養殖漁師畠山重篤氏をアジア代表の「フォレスト・ヒーロー」に選出することになりました。

この運動は漁師による森づくりを越えて、このままでは続く世代の幸せな未来を閉ざしかねない現状を根本的に変える人々、とりわけ子供たちの“心に森を育む”運動として、その今日的意義はますます高まりつつあります。

統合学問「森里海連環学」の誕生

一方、私たちの社会では、物事を長い時間軸と広い空間軸で見据えることなく、未来世代の幸せのために今を生きる人間が何をすべきかを放棄するかのように、目先の経済成長と明日の暮らしの利便性を最優先させ続ける現実が進行しています。それは、社会の多様な仕組みをこの上なく縦割り型に固定化し、総合的で横断的な思考回路を退化させる事態として深刻化しています。学問や教育の世界もまたそのような深刻な渦中に翻弄されているのです。これらのことが最も深刻な形で現れているのが地球環境問題といえます。21世紀を前に、学問がこの根源的な問題にいかに応えるかを問い、京都大学に誕生したのが森から海までの自然的・社会的・人文的な多様なつながりを解き明かし、つぶした自然を再生させることを最終目標に定めた「森里海連環学」です。現場に生きる漁師の「森は海の恋人」運動に遅れること15年、2003年に新たな統合学問の誕生となりました(田中、2008)。

私たち人類の遠い祖先は、海で生まれた背骨を持った最初の生物である魚類です。祖先が海から水辺を経て上陸する上で大きな役割を果たしたのは、これまた海に生まれた原始的な植物が上陸して進化した樹木なのです。地球上に最初に現れたアーキオプテルスなどの樹木が陸域の環境を安定化させ、さらに折れた枝や幹は祖先が水際で暮らす住まいとなり、大型の捕食者から身を守り、落ち葉が小動物の餌となって祖先の命を育み、上陸への準備を助けたと推定されます。森と海の不可分のつながりに焦点を当てた「森里海連環学」の誕生の背景には、このような生きものたちの進化の歴史が横たわっているといえます。

森「川」海と森「里」海

“海が森を育み、森は海を育む”という森と海の双方向の循環的つながりは、人類だけでなく地球上のすべての生きものに必須の水を広域に行き渡らす、最も大事な生存基盤といえます。しかし、ヒトの数が地球の環境収容力を超えて増加するに伴い、生物の生存システムといえる森と海の不可分のつながりは分断され続け、さまざまな地球的問題を生み出すことになりました。命の源である水の森から海への循環は、河川を通じて起こります(最近の研究では地下水の重要性(例えば、谷口、2010)が解明されつつあります)。その意味では、森と海のつながりを「森川海」と表現することができます。

しかし、森と海のつながりを壊し続けてきたのは人間であり、その営みを振り返り、より持続可能な方向へとかじを切らない限り、未来世代からの借り物である自然を再生することは不可能といえます。そこで、人間の生活空間を広義の「里」と捉え、「森里海連環学」と名付けました(京都大学フィールド科学教育研究センター編、2011)。ここには、ここまで壊してしまった自然システムとしての森と海の不可分のつながりの現状や仕組みの解明にとどまらず、その科学的知見をもとに、崩してしまった自然を、「里」の人間が責任を持って再生に向かわせることまでを視野に入れた新たな学問として「森里海連環学」が生み出されました。「里」の人々の営みは、自然科学の枠を超えて、文系学問領域の課題でもあり、森里海連環学はまさに文理融合の学問を、現場から志向するものといえます。

「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトの誕生と展開

2014年12月に環境省「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトのキックオフ会議が東京で開催され、幸いにも畠山氏が「森は海の恋人」を、私が「森里海連環学」の目指すところを話題提供する機会となりました。森里川海と森里海の違い(同質性)についても触れました。森里海連環は地球の二大生物圏としての森と海の悠久の時を経て巡る水の循環に象徴される不可分のつながりを、良くも悪くもするのは間に介在する人間の生活空間としての「里」の人々のつながりの価値観にあるとの捉え方です。そのような生活空間の代表は、山から流れる川が集まり広大な扇状地を生み出し、海に流れる河口沖積平野部に形成される、圧倒的多数の人々が集まる大都市であり、そこに暮らす人々の価値観の転換がカギを握るとの考え方です。

一方、森里川海プロジェクトはわが国の自然や暮らしの単位として、森、里、川、海を捉え、それぞれの保全・再生と、それらの間のつながりの再構築を国民運動的に実現しようとするものといえます。森里海連環のいのちの根源としての水を捉える視点からは、水の流れる流域には必然的に人が集まり、その一つが日本らしいこれからの持続可能社会の在り方を示唆する里山や里海といえます。このような里の捉え方の違いは本質的な問題ではなく、多様なつながりを大切にし、すべての「いのち」が共存する社会、新たな文明を志向する国民運動としての「森里川海プロジェクト」(環境省、2016)とそれを支え確かなものにする統合学問としての「森里海連環学」の協同の時代を迎えたことにこそ、大きな今日的意義があると考えられます。

2011年3月11日に東北太平洋沿岸域を直撃した巨大な地震と津波は壊滅的な被害をもたらしました。それは同時に、「森は海の恋人」ならびに「森里海連環学」を鍛え、復興を乗り越えて時代が求める持続可能社会形成の理念と実践に違いないとの確信を得ることにもなりました。そして、2014年に環境省が総力を挙げて、同様の趣旨でそのような流れを広め深める国民運動を展開し始めたことは、画期的なことといえます。

東日本大震災は、あらためて“ふるさと”の意味を問い掛け、私たちの究極のふるさとである海とともに生きる社会への思いを膨らませました(田中編、2017)。かつて限りなく豊かな“宝の海”であった有明海では、子供たちが泥干潟を遊びと学びの場とし、自然とともに生きる知恵を身に着けていきました。しかし、私たちは目先の経済成長を優先させ、かけがえのない“宝の海”を壊滅させたのです(田中、2017)。今求められる最も重要な価値観の転換は、あらゆる価値判断の基準を「未来世代の幸せ」に置き換えることができるかにかかっています。技術ばかりが優先され、科学が軽視される時代にあって、「森里川海プロジェクト」と「森里海連環学」の協同は、新たな時代を拓くカギになるといえます。

引用文献

  • 環境省 森里川海をつなぎ、支えていくために(提言),2016.
  • 京都大学フィールド科学教育研究センター(編)増補改訂森里海連環学,京都大学学術出版会,2011.
  • 田中 克 森里海連環学への道,旬報社,2008.
  • 田中 克 急がば回れの有明海再生(1)-有明海問題の本質を見据える,有明海の環境と漁業,2:4-8,2017.
  • 田中 克(編)森里海を結ぶ(1)-いのちのふるさと海と生きる,花乱社,2017.
  • 谷口真人 循環系としての地下水流動システムと境界を越えたつながり,日本水文科学会誌,40:145-147,2010.
  • 畠山重篤 森は海の恋人,文藝春秋社,2006.

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