環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページ見直される「小農」、地域文化と環境を守る

2017年06月15日グローバルネット2017年6月号

フリーランス岸上 祐子

「小農こそ世界の流れ」をテーマにした「小農学会」のシンポジウムが4月下旬、福岡大学(福岡市)で開催され、私も出席した。小農学会は農民作家・山下惣一氏(80)と元鹿児島大学副学長・萬田正治氏(75)が2015年11月に立ち上げ、政府が進める農業の大規模化や、グローバル化を目指す「攻めの農業」に異を唱える研究者や農家らが集まり、会員数は200人を超える。

農家と消費者つなぎ循環型農業

「小農」とは規模拡大、利潤追求に走るのではなく地域や消費者とつながり、家族経営を基盤にした少量多品目生産・循環型を目指す農業を指す。そして日本の農家の多くは兼業で小農だ。シンポジウムの冒頭、萬田氏は「週末に参加する体験農園参加者もある意味では『小農』といえる。つまり、第二次・第三次産業従事者であっても『小農』になることができる。守りではなく、積極的に小農を切り開いていくという意味での“攻めの農業”もある」と方向を示した。山下氏も、大規模農家では難しいであろう、循環を守る農業のパーマカルチャー(※注:永続性(パーマネント)と農業(アグリカルチャー)、文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、持続可能な農業を基に人と自然が共に豊かになる仕組みを作り出していくこと)と相性の良い小農の可能性に「世界の流れはやって来ている」と力説した。

具体的な活動としては、都市住民を巻き込んだ「井原山田縁プロジェクト」(福岡県糸島市)が紹介された。地元農家の高齢化で耕作放棄寸前の田んぼを、近郊都市の住民が年会費5,000円を払って農作業を手伝う。お礼として無農薬・無化学肥料のお米が5㎏と地域通貨がもらえ、地域通貨はお米・野菜の購入ができるほか、賛同したレストランなどでも使え、農家以外も巻き込む仕組みだ。他にも、水田にアイガモを放ち除草、害虫駆除、施肥を担ってもらいつつ、田から米と肉を生産するアイガモ農法の発案者・古野隆雄氏(66)らが報告した。いずれの登壇者も生命に触れ、家族で従事できる農業の楽しさを語った。

最後は元西日本新聞記者で、『忘れられた人類学者エンブリー夫妻が見た〈日本の村〉』を著した田中一彦氏(69)だ。著書で1930年代に熊本県須恵村(現あさぎり町)に住み込み、戦前唯一の人類学者による日本農村研究書を出した米国人を紹介した。田中氏自身も須恵村に3年間滞在した経験を交えて、村には年間50以上の祭りや行事があり「協同(はじあい)」の精神が今も生活を支えていると報告した。

質疑では、農家を継ぐことに不安を抱いている若者からアドバイスが求められた。古野氏は「あなたが継がないと、(代々続けてきたあなたの家の)農業は終わる。収益性の不安はどんな仕事も同じだし、農業という素晴らしい仕事にぜひ目を向けてほしい」と熱く応えていた。

世界の流れは小農へ

農村は、単なる食糧生産の場ではない。あぜ道の保全や神社の清掃など日頃の共同作業が、結果として中山間地や里山管理、ひいては国土管理につながる。また、地域文化の伝承機能もある。企業などがけん引する「産業農業」ばかりでは、採算が合わずに引き上げてしまった場合に村の機能が奪われてしまいかねないと小農学会は懸念する。

個人的なことだが、萬田氏は私の大学時代の恩師でもある。実験用白衣を嫌って代わりに作業服を愛用し、ズボンのポケットから手拭いを垂らしたまま、ウシやブタ、ヤギのいる飼育棟と研究室を行き来する姿が日常だった。当時から、なぜ命の基となる食糧を作る農家が豊かになれず農村が廃れるのかを問い続けていた。大学を早期退職し、現在は鹿児島県霧島市の里山で農村回復の実現を実践している。萬田氏は「小さな農の視点こそが国土資源を有効に循環的に活用し、食糧自給率の向上が図られ食の安全性と安定性を保証し、田園の自然環境と小さな農地の多い中山間地の農村を守る」と訴える。

2014年、国連は「世界の飢餓撲滅と天然資源の保全において、家族農業が大きな可能性を有していることを強調するため」に国際家族農業年を定めた。残念ながら日本ではあまり知られていないが、国際的にも小農が認知されつつあるのだ。生物文化多様性の視点からも農業は重視される。風土や文化、生活を守る視点を加えた小農にいま追い風が吹き始めている。

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