日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第4回 青森県・十三湖 シジミの資源管理で収入アップ

2017年07月20日グローバルネット2017年7月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

キーワード:汽水湖 トレーサビリティ タイワンシジミ 十三湊遺跡

3年前に初めて訪れた津軽半島では、北端の竜飛岬から日本海に面する十三湖に足を伸ばして名物のシジミ汁を味わい、「吉田松陰遊賞之碑」を見つけて松陰の北方海岸の防備視察を合点した。また、『十三湖のばば』などで青森県をテーマにした児童文学作家の鈴木喜代春氏(昨年90歳で死去)の書評を書いたこともあって、津軽の文化や歴史、風土に興味を持っている。5月中旬、青森市から十三湖のある五所川原市を目指した。

シジミ漁の取材で十三漁業協同組合を訪ねる前に、湖が展望できる道の駅に立ち寄り、ランチのしじみラーメンを味わった。塩味でシジミのうまみがしっかり出ていた。貝殻を数えるとたっぷりの25個もあった。

ラーメンを食べながら十三湖の「十三」は流れ込む川の本数からきている説などがあるな、と確認していると、ふと大阪では歓楽街のそれを「じゅうそう」と読むではないか、近松門左衛門「曽根崎心中」であの世への道行きで、お初と徳兵衛が渡ったのは蜆川ではなかったか……幻想的で静かな湖面を眺めながら、つかの間の夢想に浸っていた。

共販体制で大きな変化

十三湖は、岩木川が砂州でせき止められてできた湖で、青森県では3番目に大きい(18km2)。シジミ漁獲量が全国第2位で、ここで最大の水揚げを誇る十三漁協の2015年の水揚げは1,327.9t。事務所に入ると、壁には地元新聞の大きな特集記事の切り抜きが張ってあった。昨年末、「十三湖産大和しじみ」が「地理的表示保護制度(GI)に認定されたことを伝えていた。この制度は地域の農林水産物や食品をブランドとして国が保護するもので、シジミでは初めての認定だ。

写真 十三湖

十三湖の風景

組合長の工藤伍郎さんによると、組合員は284人でヤリイカなど海面漁業(4隻)はあるが、中心はシジミ漁。以前は仲卸業者への相対販売だったが、17、18年前から漁協でまとめて販売する共販体制に移行した。「安く買いたたかれる」状況は一変し、販売価格は1㎏100~150円だったものが、現在は500円程度。収入が増え、水揚げ額は年間約8億円(昨年度)になる。不規則な労働条件の改善を考える余裕が出てきた。GI認定も追い風になっている。

漁は柄の先に爪付きカゴのある「ジョレン」という漁具を使う。漁期は4月から10月の間の100日間。資源管理のために、水、日曜日を休漁日にしたり、休漁区を設けたりしている。漁は午前7時から11時まで。1人1日140kgまでに制限している。シジミは大(殻長17.4mm以上)、中(同17.4mm未満15mm以上)、小(同15mm未満12mm以上)の三つの大きさに選別して集荷場に持ち込み、市場を経て仲卸へ。築地などの市場にも出している。家族などを中心とする経営体の中には年間3,000万円の売り上げになるところもある。

トレーサビリティ実施

工藤さんは、資源管理に続いてトレーサビリティの説明へ進む。品質の確かな十三湖産シジミを確実に消費者に届けるために、輸入品の偽装や粗悪品混入を防ぐシステムだ。十三漁協は2004年、活シジミとして世界初のトレーサビリティシステムの運用を開始した。すべての出荷物に生産者と購入業者、出荷日の情報を登録し、重量に応じた枚数のシールを同梱している。シールにはQRコードが付いているので、消費者は簡単に生産者情報を確認できる。

この取り組みの後ろ盾となっているのが特定非営利活動法人「水産物トレーサビリティ研究会」(2006年設立)で、工藤さんは副理事長を務めている。理事長は公立はこだて未来大学の三上貞芳教授で、流通や消費の安定、信頼性の向上とともに、漁業者の収入の安定化を目指して調査研究や提言をしている。

同じ県内の太平洋側にある小川原湖漁協も2008年に「小川原湖産大和しじみトレーサビリティ協議会」を設立し、積極的な取り組みをしている。

工藤さんは「店頭ではシールがあまり貼られていないようだ」とちょっと不満げだ。だが、近年、食の情報に対する消費者の関心は高まり、ゆっくりでも今後認知度は高まるはずでは、と筆者の感想を伝えた。

写真トレーサビリティのシール

トレーサビリティのシール

国内のヤマトシジミ産地はほかに漁獲量No.1の宍道湖(島根県)、木曽三川(岐阜・三重・愛知県)、涸沼・涸沼川(茨城県)、網走湖(北海道)など。十三湖産はうまさだけでなく外見が非常にきれいだ。生息する湖底の泥の色に左右されるが、道の駅で売られていたシジミも漆黒という形容が当てはまった。

シジミについては、最近、日本各地で外来種のタイワンシジミが大きな問題になっている。岩木川でも生息し、下流にある十三湖で時に漁獲に混じることがあるという。ヤマトシジミへの影響が心配になるが、工藤さんは「淡水にすむタイワンシジミは塩分のある汽水湖では生きていけない」と不安を否定する。ヤマトシジミには塩分濃度1%ほどが最適といわれ、岩木川の水の流入や降雨が汽水湖の塩分を左右し、豊かで微妙な生態系を育んでいる。

日本にはヤマトシジミのほか、淡水にすむマシジミ、琵琶湖のセタシジミの3種類がいる。10年ほど前、山口県内の用水路でタイワンシジミを見つけたことがある。生息環境などで外見が変化してマシジミとの見分けは難しい。国立環境研究所の侵入生物データベースには「日本に在来のマシジミと交雑し、区別ができない状態に」とある。旺盛な繁殖力があり世界規模で生息域を広げている。河川がきれいになってシジミも戻ってきた、なんて喜んでいると、タイワンシジミだったという事例が多いのかもしれない。

古代の鼓動感じる津軽

近年の十三漁協は以前に比べると収入が増え、漁業者の生活も安定してきた。3年前から全体の5%に当たる1日1tを冷凍して出荷調整している。さらに冷凍施設を増設中だ。新しく整備される観光施設でのシジミ販売などに対応するためだ。

写真 シジミ

道の駅で売られるシジミ

冷凍施設について話す中で「シジミは冷凍にするとおいしい」という。理由を尋ねると「凍死する前にうまみ成分を排出するんじゃないですか」と工藤さん。そこからシジミ料理へ話が進み、旅館経営者でもある工藤さんから、お薦めのバター炒めのほかに、アメ状になるまで煮詰めると二日酔いに効く――などと教えてもらった。肝機能を高めるオルニチンのような成分を豊富に含むシジミは健康ブームの追い風もあるのだ。

漁協での取材を終え、小雨の中を南の弘前へ向かった。湖畔にあった演歌歌手長山洋子の『恋の津軽十三湖』(2014年)の歌詞碑に記された十三湊は、中世に栄えた港。その遺跡のそばを通って進めば、宇宙人のような顔をした「遮光器土偶」で知られる亀ヶ岡遺跡も。縄文時代の豊かな食生活がうかがい知れる三内丸山遺跡(青森市)ではシジミの貝殻が見つかっており、津軽の歴史はどこまでも奥深い。

今年11月には宍道湖でシジミサミットが開かれる。ここも周辺に出雲大社や遺跡など古代の記憶が多くある。「Uターンする若者が増えたが、独身の男が多いので早く嫁さんを」という工藤さんの願いが、出雲大社にいらっしゃる縁結びの神様に届いてほしいものだ。

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