2020東京大会とサステナビリティ~ロンドン、リオを越えて キーパーソンに聞く第4回ゲスト 二宮 雅也さん聞き手:羽仁カンタさん(iPledge代表、SUSPON代表)

2017年07月20日グローバルネット2017年7月号

二宮 雅也さん
(文教大学人間科学部准教授、日本スポーツボランティアネットワーク理事)

聞き手:羽仁カンタさん(iPledge代表、SUSPON代表)

羽仁 僕は1990年代に音楽イベントに行った時に会場がごみだらけなのを見たのをきっかけに、音楽イベントでごみを減らすキャンペーンを始めました。全国各地の音楽フェスを中心に、最近ではお花見の会場や夏の海岸などを含めて年間30本ほどのイベントで2,000人前後のボランティア活動の運営をしています。iPledge・ごみゼロナビゲーションのボランティアは、「ごみ拾い」をするのではなくて、「ごみを拾わない」というスタイルにこだわっています。

僕自身は3年前に東京マラソンのボランティアに参加したことがあり、その時はボランティア自身がその活動の目的に気付くような機会は一切なく、無償の労働力として扱われたように感じてショックを受けました。

二宮さんが、ボランティアを二度とやりたくないと思わせるような運営はダメだと、著書の『スポーツボランティア読本』に書いていて、僕もその通りだと感じています。では、日本でのスポーツボランティアの現状はどうなっているのでしょうか?

二宮 スポーツイベントは、アスリートが争いを繰り広げる場所で、観客はそれを観に行くものだと認識されています。これ以上の関係性はまだ日本の中で構築されていないという現状があります。東京マラソンに限っていえば、過去にはランナーとして走れないからボランティアとして参加する、という人が多かったこともあり、ボランタリズム(公共・福祉のために自発的に行う協力)をしっかりと持つ人が少なかった時期もあったのかもしれませんが、最近では相当なレベルで成熟してきたと思っています。

また、障がい者スポーツを支えるボランティアには逆にボランティアマインドの強い人たちが多くいます。例えば視覚障がい者ランナーの伴走をする人はスポーツの意識も、ボランタリーな意識も高いのです。さらに、社会を変革したい、障がい者が住みやすい町づくりに貢献したいというイノベーティブな思いを持っている人たちも多く、主体的な立場として関わるために伴走をしたいという人が非常に多いのです。

Jリーグなどではチームへのロイヤリティー(忠誠心)を持っているボランティアがいます。普段はサポーターとしてゴール裏で応援をしていますが、観客がたくさん入りそうなときにボランティアとして参加するなど、観る立場と支える立場とを交互に使い分ける人もいれば、Jリーグのいろいろなチームのボランティアを経験したいとチームを転々として参加する人もいます。このようにスポーツの種類や内容、これまでの自らのスポーツの経験によって異なるタイプのボランティアがあり、全部を包含して語れない状況です。

写真 二宮氏羽仁氏

二宮氏(左)と羽仁氏(右)

選択肢が増えてきたスポーツボランティア

羽仁 日本でスポーツボランティアが始まったのはいつですか?

二宮 組織的にボランティアを集めて運用したスポーツ大会は、1985年の神戸ユニバーシアードだといわれています。

二宮さん写真

二宮雅也(にのみや まさや)さん
文教大学人間科学部人間科学科准教授。NPO 法人日本スポーツボランティアネットワーク(JSVN)理事、NPO 法人日本スポーツボランティア・アソシエーション(NSVA)理事。スポーツ庁オリンピック・パラリンピック教育に関する有識者会議委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ボランティアアドバイザリー会議メンバー。1977 年宮崎県延岡市生まれ。筑波大学大学院体育研究科修了。(株)北海道二十一世紀総合研究所研究員、上智大学嘱託講師などを経て2010 年4 月より現職。専門領域はスポーツ社会学、健康社会学、地域活性論。主な著書に『スポーツボランティア読本「支えるスポーツ」の魅力とは?』(悠光堂)など。

その後、98年に長野オリンピック、2002年に日韓FIFAワールドカップが開かれ、それぞれ万を超えるボランティアが活躍をしました。しかし、どれも1回限りだったので、スポーツボランティアが文化として定着するには至りませんでした。93年からJリーグが開幕し、ボランティアが定着したチームはありました。

そのような中、2007年から始まった東京マラソンは、年1回必ずボランティア活動に応募できるステージを用意することになり、ボランティアには専用のウェアや帽子が配られ、ボランティアとしての主体的な関わり方を提供するイベントになりました。こうしたボランティア経験が、「ボランティア楽しかったよね、他に何かないかな」と探すようになるスポーツボランティアの継続者を産み出しました。時期を同じくして市民マラソンブームがやって来て、大阪や名古屋、京都など全国で都市型マラソンが開かれるようになり、そのようなイベントで自分たちはボランティアとしてやれる、ということがわかってきた。また、サッカーのJリーグに加えて、プロバスケットのBリーグやプロ野球、プロゴルフのトーナメントなどで、アルバイトではなくてボランティアを入れていこうという動きも出てきました。スポーツボランティアに関心のある人が参加の場を自分で取捨選択できる選択肢が増えています。

羽仁 逆に言うと、本来はアルバイトがやるべきことをボランティアがやっているのではないかと感じますが。

二宮 例えば、駐車場の整理係、ゴルフで「お静かに」ボードを出す係、試合中のけが人を運び出す担架係などこれまでアルバイトがやっていた業務は、最近ではボランティアがやっています。

羽仁 ボードを出す係は、お客さんと直接関わることもあり、選手も傍らにいる。試合の場にいることができるから喜びは大きいと思うのです。でも駐車場の整理係をボランティアに任せるのは、無償の労働力として活用していると感じます。僕がもしコーディネーターであればボランティアにはやらせないでと提案すると思います。

二宮 僕もまったく同感です。ボランティアの満足度と役割・場所の関係についての調査を見ると、選手や観客と関わるところは満足度が高く、関わりのないところは低い。でも世の中には真面目なボランティアもいて、誰もやらないのだったら自分が行くよ、という人もいないわけでもない。そのあたりの運営側の線引きがあやふやな大会があるのも事実です。

ボランティアにとってどの役割が望ましいか、望ましくないかと判断するのは非常に難しい。ボランティアが満足度をどう感じるのかは、その人のボランティア観に左右されることが多いのです。

2020年東京大会でのボランティアとは

羽仁 2020年大会ではボランティアを9万人集めようと計画が進んでいますが、うまくいくでしょうか?

二宮 現在もスポーツボランティアを実践している人たちの間では、関心が高いことが調査から明らかになっています。ただ、市民レベルではボランティアを認識する力が非常に薄いと感じています。ボランティアに対する正しいイメージが全然伝わっていないのではないでしょうか。スポンサーから多額の資金が出ているのに、なぜただ働きのボランティアが9万人も必要なのだという批判をインターネットで見ました。自らやりたいと応募する自主性を持った人をボランティアと呼ぶわけで、お金がもらえる・もらえないという点は議論に挙げるところではないはず。本質的なボランティアについての理解が欠けていると感じています。人数はいくらでも集まると思うのですが、集まったボランティアに対するリスペクト(尊敬)が得られるのかということを懸念しています。

羽仁 SUSPON(持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPOネットワーク)でボランティア部会を立ち上げて、ボランティア向けガイドを作成しようとしています。その内容を現在、検討中なのですが、気候変動やごみ問題など持続可能性に関する知識やおもてなしの考え方に加えて、ボランティアとしての誇りを持つことの大切さを伝えたいと思っています。

二宮 まずオリンピックやパラリンピックが現在置かれている状況を、ボランティア全員が認識することが必要です。ドーピングの問題もしかり、ものすごい費用をかけないと開催できない部分もしかり。2020年に東京でオリンピック・パラリンピックを開催することの意味や意義を、負からスタートして正に持っていけるかどうかが、ボランティアの皆さんの力にもかかっているということです。

もう一つは国際問題で、選手もボランティアもさまざまな国の人が参加する中で、競技は競争の世界かもしれないけれども、ボランティアは協力して業務を進めていく。オリンピックがもし平和の祭典であるならば、それを示せるのは活動を協力して展開するボランティアの皆さんの活動ですよ、と伝えたいと思っています。

羽仁 リオ大会では北朝鮮と韓国の選手が一緒に写真を撮ったエピソードがありました。オリンピックだからこそ、環境も文化も争いも越えて皆で協力し合ってつくっていくことができれば、日本のボランティアイズムが深まることが期待できますね。

二宮 加えて共生も大切な課題です。障がいのある人と健常な人がタッグを組んで業務をこなしていくことが一つのモデルになるかもしれません。障がいのある人が健常の人を助けたり、パラリンピックで障がい者同士が互いにサポートしたり、今までは一つのベクトルでしかサポートの方向が存在しなかったものが変化する機会になればと思っています。

羽仁 そうですよね。障がいのある人は日本では虐げられてきた歴史のある中で、逆に障がい者の気持ちを理解してサポートすることができる。これまで日本では禁句だったLGBT(同性愛者のレズビアンやゲイ、両性愛者のバイセクシュアル、性同一性障がい者など性的少数者)は、今ではほとんどの人が知っていて、行政でも認めるところが出てきたように、変わっていけるチャンスはあると思います。

ボランティアが尊敬され、活躍できる場を

二宮 海外から来る観客が空港に降りて最初に会う大会関係者がボランティアという方も多くいます。大会の第一印象を決めるのがボランティアということです。

羽仁さん写真

羽仁 カンタ さん
国際青年環境NGO「A SEED JAPAN」を1991 年に創設、2014 年にNPO iPledge を立ち上げ、若者の本気を引き出す持続可能な未来を創るプロジェクトを多数展開し、誰もが対等な参加型市民社会の創造を目指し活動している。全国の野外音楽フェスティバルでのごみを削減する「ごみゼロナビゲーション」活動を23 年以上継続し、中でもフジロックフェスティバルは環境への取り組みが評価され2016 年に重要なフェス世界3 位に選ばれた。年間30本のイベントで100 万人以上の来場者にむけて、約2,000 人のボランティアが参加し195日間の活動を行っている。2014 年からオリンピックの環境対策を行う調査を開始し、2016年に「持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPO ネットワーク(SUSPON)」の代表に。

羽仁 音楽フェスでも似ている状況です。入場ゲートに到達する前の段階で、僕たちは来場者にごみ袋を配っているのです。会場に入ろうと並んでいるお客さんに対して、まずボランティアが「おはようございます」とあいさつをして、言葉をかけていきます。すごく良いことを言うとお客さんから拍手をもらうこともあります。「もてなし」の気持ちを最初に会うボランティアがうまく表現できると、良い雰囲気づくりに貢献できるのです。

二宮 最後に観客がボランティアに自然にお礼を言って帰る文化を2020年までにつくり上げることができるかどうかがカギです。ボランティアに対して金銭をもらうことを目的としたアルバイトのような感じで扱う社会だったら、もう終わりだなと思います。

羽仁 そんなことが起こらないようにするためにはどうすれば良いのですか?

二宮 まずはボランティア自身がパフォーマンスをしっかり提供できることが大事です。そのためのボランティア教育には僕も関わると思うので、責任を持ってやりたいと思います。

もう一つは、観客側、つまり一般のわれわれがボランティアに対する認識を高めていかなければいけません。ボランティアに対する認識が深まって、ボランティアがリスペクトされ、やる気が高まり、パフォーマンスが高まるという好循環をつくっていくための啓発は続けなければいけないと思います。

ロンドン大会は大会ボランティアを「ゲームズ・メーカー」、都市ボランティアを「チーム・ロンドン・アンバサダー」と呼びました。ゲームズ・メーカーというのは一緒にゲームを作り上げる人という、非常に主体性の高い言葉なのです。とても良い名称なのですが、商業登録されたので、ロンドン大会以降は使われていません。そこで、東京大会のボランティアを僕は「ボランティアン」と呼びたいと思っています。リスペクトの気持ちを込めて使われる、オリンピアンやパラリンピアンと並んでボランティアンを広めたいのです。ボランティアンと言えば東京大会のボランティアなのだと、今後ずっと使われる言葉としてオリンピアン/パラリンピアンと並べていきたいなと強く思っています。

羽仁 それは何なのだろうとチョットわくわくする気持ちにもなる、とても良いネーミングですね。ゲームズ・メーカーだと日本人にはわかりづらいですから。

二宮 若者の間では、ボランティアをすると音楽フェスの一部を無料で観られるなど、交換の対象としてボランティアが発展しています。また、就職の面接の時にボランティア経験について話せる、教員になるためには学校でのボランティアが有利になるなど、日本では交換を前提としたものとしてボランティアが捉えられています。彼らの気持ちも十分に理解できるのですが、こうしたことが一般的になればボランティアに対するリスペクトを減らしてしまう要素にもなりかねません。東京大会のボランティアにはブランド価値がある分、余計にそのように使われる可能性があります。それ自体の是非を問うことよりも、本質的な教育・啓発活動を地道に行うとともに、ボランティア先駆者たちの活動も伝えていく必要があると思います。

羽仁 iPledgeが行っている活動「ごみゼロナビゲーション」のボランティアは、「どちらかというと、やりたくないようなことをやらされるのだろうな」と思ってやって来る。なので、ボランティアの朝の会はけげんな顔で始まるのだけれども、帰りの会では皆「またやりたい。ボランティア活動はこんなに楽しい」ととても良い顔をする。実践の場が一番良い教育になると感じています。年間2,000人程度なので、それを何万人レベルに広げていきたいと考えています。

二宮 それは、イベントに関わっている人が皆ボランティアについて同じ思いを共有しているから実現できているのではないでしょうか。2020年大会のボランティア運営の成功に向けては、組織委員会の職員がどれくらいボランティアに対するリスペクトを持っているのかがカギを握ると思います。

2020年大会の核になるリーダーやコーディネーター

羽仁 SUSPONのボランティア部会でも、ボランティアだけではなくて、リーダーやコーディネーターに対する教育についても提言していった方がよいのでは、と議論しています。

二宮 それは絶対そうです。実はすでにスポーツボランティアの先駆的な動きをしている人たちは日本にもたくさんいます。僕も理事として関わっているNPOの日本スポーツボランティアネットワーク(JSVN)では、リーダーからコーディネーターまで養成する講習会を年間通して実施しています。ここで育った何百人単位のリーダー、何十人単位のコーディネーターが2020年大会の核になってほしいと考えています。彼らは普段からいろいろな所でスポーツボランティア活動をしているので、リーダーシップもあり、現場の楽しさもわかっています。どうすればボランティアが初めての人も喜んでくれるのかをよく知っています。

リーダーやコーディネーターを含め、現場のボランティアの上に立ってマネジメントに携わる人たちのボランティアに対する認識こそ、東京大会成功の大きなカギになるのだろうなと思います。例えば、競技団体ごとにボランティアの活動内容が異なってくると思うので、都や組織委員会とともに各競技団体がボランティアをどう認識するのか、ボランティアに対するリスペクトをどれくらい構築できるかということが、円滑な大会運営はもとより、もっとも重要な課題である大会後のボランティアレガシーの構築にかかってくると思います。

(2017年6月13日埼玉・文教大学越谷キャンパスにて)

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