特集/SDGsをどう浸透させるか 〈SDGs 推進のためのメディアの役割〉

2017年09月19日グローバルネット2017年9月号

「誰ひとり取り残さない」を理念として、国際社会が2030年までに持続可能な社会を実現するための重要な指針として2015年9月に採択された持続可能な開発目標(SDGs)。この国際的な目標の達成を目指し、社会全体で認識を深めるにはどうしたら良いか。SDGsに関する報道や、ジャーナリストの役割などについて、6月26日、国連大学(東京)で開かれたワークショップ「報道と社会協働:グローバルな発展と市民参画プログラム」での内容の一部を紹介します。(2017年6月26日東京都内にて)

質も量も不十分な日本のSDGs報道

共同通信社 編集委員
井田 徹治(いだ てつじ)さん

共同通信社のデータベースで「SDGs」「MDGs」を検索してみました。出稿される年間3万5,000~4万本ぐらいの記事のうち、検索に引っ掛かったのは昨年は42本、2015年は28本、2014年はわずか4本でした。日本のSDGsに関する報道は、質はともかく量が不十分であり、持続可能性というものに関し、日本のメディアがいかに関心が低いかということがわかります。

日本にとってもSDGsは重要課題だと身近に引き付けて考えていくことが重要だと思います。例えば、SDGsの目標14は「海の豊かさを守ろう」ですが、日本の海洋資源は現在、危機的な状況に置かれています。中央大学の海部健三先生による、「日本で養殖されているニホンウナギ」に関する調査(2015年)によると、国内の無報告のものと香港からの輸入を合わせるとだいたい70%になります。つまり、私たちが食べているウナギの70%が不適切な漁獲・経路を経たと疑われ、違法漁業に関連していることになります。

また、目標7は「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」、目標13は「気候変動に具体的な対策を」ですが、ベストミックスとして経済産業省が考え出した日本のエネルギー目標によると、SDGsが終わる2030年、日本はまだ化石燃料を50%近く使うことになっています。さらに原発というサステナブルでないものを含めると日本のエネルギーの約80%がそのような由来になります。

さらに、目標15は「陸の豊かさも守ろう」ですが、日本の自然の干潟はすでに40%を失ってしまいました。再生して増やしていかなければいけないのに、果たしてそのようなことができるのでしょうか。

このように、日本のSDGs目標は達成できるのか疑問に思うのですが、メディアにおける関心も依然として低い。そもそもSDGsやサステナビリティが重要課題という認識が非常に薄いのです。

社会の中でSDGsをどう主流化するか

これは社会の流れを反映したものでしょう。サステナビリティというのは、残念ながら政治、経済、メディア、市民、すべてにおいてまだ主流ではない、これをどう主流化していくかは社会的な課題なのです。SDGsやパリ協定に関する報道が、メディアにとって試金石になるのだと思います。

自分のことも振り返ってみます。やはり、どんなに小さくてもこまめな報道を繰り返し、数を増やしていくことが重要です。しかし、質の向上も当然問題になるわけであって、新聞やテレビのニュースというのは生ニュースであり、これには限界があります。そこで重要になってくるのが「企画記事」というものです。

共同通信の場合では2,000字ぐらいで新聞の1面分使う記事で、写真も載せて、複雑な問題も遠くの世界とのつながりも書けます。やはりお金と時間と手間をかけて現場に行かなければならない。つまり、今後メディアに問われるのは、数をこなすことだけでなく、いかに手間とお金をかけてきちんとした企画記事を出せるかであり、そこに私たちの真価が問われるところだと思います。


現場で見つけたストーリーをSDGsと結び付けて伝える

NHK エンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ きょうこ)さん

私は2007年にIPCCのパチャウリ議長(当時)にインタビューする『未来への提言』というシリーズ番組を担当したことがきっかけで、「こんな大事なことをなぜマスメディアにいる私が知らなかったのか」と気付き、気候変動問題に目覚めました。このままでは子供たちに「あの時期にマスメディアのど真ん中にいたのになぜ報道しなかったのか」と非難されると思い、周りにいた女性たちと一緒にこの問題を伝えるプロジェクトを始めました。

民放との垣根も越え、「番組を見てもらえない、事実を知ってもらえない」という状況をどうにかするため、柔らかくわかりやすい番組作りを心掛けています。

SDGsが採択された2015年9月、NHKでも『クローズアップ現代』という番組の中でSDGsについてまとめ、視聴率が10%を超えるほど、多くの人に見てもらうことができました。しかし、その後同様の番組はあまり放送されていません。SDGsだけに焦点を当てて番組を作ろうとするとなかなか見てもらえない。むしろ、興味を引くような話題の中にさりげなくSDGsを織り込むよう工夫してきたつもりです。

メディアの力で関心を呼び起こす

今年のお正月に放送した『世界のハッピーを探して』は、国連広報センターと上智大学が主催した、SDGsをテーマにしたフォトコンテストを取材する企画でした。審査が終わるまで主人公がわからない、そのような内容は局内で提案を通すだけでも大変だったのですが、なんとか総合テレビとNHKワールドで放送。SDGsのパネルを作り、くどいほどSDGsという言葉を言ってもらい、できるだけわかりやすく親しみを持って観てもらえるような番組にしました。

しかし、実は局内では「視聴率はどうなの?」という議論もありました。今のテレビ業界では、視聴率を気にせず、SDGsのような大事なテーマを普及させていくことには限界もあります。このため報道量も少なく、注目されない、だからわからない、という悪循環になってしまうのです。

私は「誰も皆、考えたくないと思っているわけではない。メディアの力によってきっかけさえあれば、番組を見てもらうことができる」と感じています。ニュースとは違う、特集番組のプロデューサーである私としては、そのような企画で精一杯伝えていきたいと思っています。

では、SDGsへの理解を目標の2030年までの間にどう深めていくか。「広く浅く」ではなく、「深く広く」伝えていくにはどうしたら良いか。169のターゲットは、本当はとっても大事なことですが、細かくて専門的過ぎると思う人も多くいます。頭でっかちでどうしても理念が先走ってしまうようなものに対し、拒否反応を示す人が多い最近の状況で、実際に現場を訪れ、そこで見つけたストーリーとSDGsとを結び付けることがまさにメディアの役割ではないかと思っています。


キャンペーン「2030 SDGsで変える」

朝日新聞社 報道部デスク
北郷 美由紀(ほくごう みゆき)さん

今年1月31日の朝刊。1面と2面の記事に加え、特設ページも作り、「2030 SDGsで変える」という企画を始めました。

SDGsをじっくり紹介するにはかなりのスペースが必要なため、通常の紙面づくりでは難しかった。それがキャンペーンとしてやっていくことになったことで、大展開が可能になりました。17分野の目標を表すカラフルなアイコンをすべて紹介できたことはまさに快挙であり、とても思い出深い仕事になりました。

何よりも、メディア企業としてSDGsに取り組んでいくことを決めたことが大きかった。編集のトップだけでなく、社長もOKを出し、今では編集以外の部門も協力して動いています。

企画のナビゲーターをお願いしたのは、NHK『クローズアップ現代』のキャスターを23年間務めた国谷裕子さんです。SDGsを広める活動を始めていた国谷さんと、あうんの呼吸的に、一緒にやることになりました。

第1回は、国連経済社会局事務次長補としてSDGsの採択に向けた合意形成を担い、今は推進の任にあるトーマス・ガス氏にインタビューしてもらいました。

2回目は、国連の活動を支援する企業が集まるグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン代表理事の有馬利男さんにインタビューしてもらいました。

メディアにとって使い勝手が良いSDGs

また、記者たちも独自にSDGs取材を進め、ストーリー性を持つ、身近な話題を紹介することにしています。例えば広島市の「捨てないパン屋さん」を紹介してフードロスの問題や働き方、消費の仕方などを考えました。使う電力を風力でまかない、オーガニックのタオルを作る愛媛県今治市の小さな会社も紹介しました。

国谷さんによるインタビューでも、記者の取材でも、動画も作成してデジタル版で厚く展開しています。新聞社として新たなチャレンジの場にもなっています。

メディアの中にいて一番強く感じているのは、「SDGsは使い勝手が良い」ということです。これまでストレートニュースでは取り上げにくかったような課題でも、SDGsの企画の中に入れ込むと、うまく取材を広げて紹介することができます。

SDGsは良いこと、必要なことです。ところが、良いことを皆が賛成するわけではありません。ネットの世界の影響で、残念ながらそうした傾向は強まっています。

けれども新聞記者としては、良いことはきちんと伝え続けなければいけない。「上からの目線」ではなく、読者と一緒に考えていくべきだと考えています。

実は、朝日新聞社は「ともに考え、ともに作る」を企業理念に掲げています。記者の問題意識と社の方針が合致し、大きな追い風になっています。SDGsという地球と私たち、それに将来世代のために必要な行動が広がるよう、取り組んでいくつもりです。


井田 徹治(いだ てつじ)さん
 共同通信社編集委員。1959 年東京生まれ。1983 年東京大学文学部社会学科卒、共同通信社に入社。科学部記者、ワシントン特派員などを経て2010 年から編集委員兼論説委員。気候変動や生物多様性保全などの環境問題、開発、エネルギー問題がライフワーク。著書に『霊長類 消えゆく森の番人』(岩波新書)、『生物多様性とは何か』(同)など多数。
堅達 京子(げんだつ きょうこ)さん
 NHK エンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー。1988年にNHK 入局以来、報道番組のディレクターとしてNHKスペシャル等を担当。2006年以降、プロデューサーとして、NHKの環境キャンペーン「SAVE THE FUTURE」の責任者や、NHK エコチャンネルの初代編集長を務めた。現在も気候変動問題や持続可能な開発をテーマに、さまざまな番組を制作している。
北郷 美由紀(ほくごう みゆき)さん
 朝日新聞社報道局デスク。政治部、国際報道部、オピニオン編集部で取材。インドネシア特派員のときには東ティモールの独立を伝える。1 女1 男の子育てシフトでしばらく記者を離れ、提携大学でのジャーナリズム講座や月刊『ジャーナリズム』の編集、社内の記者教育を担当した。2017 年1 月から紙面展開を始めた「2030 SDGsで変える」のシリーズ企画に、記者兼デスクとして取り組んでいる。

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