USA発サステナブル社会への道~NYから見たアメリカ最新事情第13回 パリ協定離脱後の気候変動関連動向

2017年09月19日グローバルネット2017年9月号

FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ(たなか めぐみ)

本誌7月号で記載したとおり、トランプ大統領によるパリ協定離脱の発表後も、米国の企業や自治体は引き続きパリ協定の誓約実現に向けて気候変動対策を進めている。一方、連邦政府はトランプ氏の選挙公約実現に依然翻弄されている。

続く規制緩和策

同政権はこれまでに、国内発電所の二酸化炭素排出規制策「クリーンパワープラン」の見直し、石油開発プロジェクトの建設促進、廃水規制の見直しなど、大統領権限で実現できる環境関連の規制緩和を次々に進め、支持基盤である化石燃料業界への便宜を図っている。

8月半ばには新たに、国家インフラ建設の承認プロセスにおいて環境調査を軽減する大統領令を発行した。同令では、米国経済の強化や国際競争力の向上、国内雇用創出のためにはさらなるインフラ投資が必要であり、煩雑な承認プロセスがインフラ建設を阻んでいるとして、プロジェクト承認時の環境調査を軽減するよう関連機関に要請している。その一環として、オバマ前大統領が大統領令により設立した気候変動適応策、洪水リスク管理基準を撤廃するとしている。

「石炭業界復興」の実情

トランプ大統領は、これら規制緩和策の功績を主張し、6月に開業した国内炭鉱を例に挙げ、就任から半年で石炭業界を復興させたと豪語している。しかし、この主張は実態に即しているとはいえないようである。

大統領の主張通り、昨年後半からいくつかの国内炭鉱が開業・再開しているが、いずれも鉄鋼生産向けの冶金用の炭鉱であり、火力発電用ではない。冶金用炭鉱が開業している理由は、米国内政策ではなく海外事情によるものである。昨年から続く中国の石炭供給制限による供給不足や、今春オーストラリアで発生したサイクロンの被害による供給不足などから世界的に石炭価格が急騰しており、米国内炭鉱業者が商機と捉えているのである。ただし、この価格動向は一時的なものであり、直に落ち着きを取り戻すと見られている。

一方、発電用石炭は依然厳しい状況が続いている。エネルギー経済・財務分析研究所によると、政権発足後も石炭火力発電所の閉鎖は続いており、今年から来年にかけて16州で46機の閉鎖が予想されるという。そして、この動向は今後も長期的に続くとしている。

8月には、閉鎖の危機にさらされているオハイオ州の石炭火力発電企業ファストエナジー・ソリューションズと、同社に石炭を売却している石炭掘削企業マーリー・エナジー社が、発電所の閉鎖を2年間免除するモラトリアムを緊急発令するよう陳情したが、トランプ大統領は救済を希望したものの、エネルギー省が拒否している。米国には、災害や戦時などエネルギー供給が危機にひんした際にエネルギー省が発電事業に介入できる連邦動力法という法律があり、過去に大規模停電や自然災害の際に発動されたことがある。トランプ政権では7ヵ月の間にすでに同法を2度適用し、地域の電力供給不足防止を理由に、ライセンスの切れた石炭火力発電所の継続稼働を許可している。マーリー社はこの適用を求め、同社が倒産すれば6,500人の炭鉱夫の雇用が失われると主張したが、必要性に欠けるとして却下された。

また、大統領は炭鉱の開業を「クリーンコール戦争の終焉」と表現し、これまでにも度々クリーンコールを支持する発言をしているが、火力発電における二酸化炭素の回収・貯蔵・再利用の技術開発・導入にはコストがかかるため、炭素排出規制や政府の助成がなければ事業の発展は望めない。トランプ政権はエネルギー技術の研究開発に関する国家予算を大幅に削減するなど、クリーンコールの促進を阻む政策を進めており、発言と政策の食い違いが指摘されている。

偏ったエネルギー政策

トランプ政権は、オバマ政権時代の環境政策を悪者に仕立て上げ、規制緩和策を進めることで、選挙時の強力な支持基盤だった石炭業界を救おうと躍起になっているが、旗色が悪いようである。

トランプ大統領が指名したエネルギー省長官のリック・ペリー氏は4月に、“石炭火力発電所や原発の相次ぐ閉鎖は既存の環境政策によるものであり、それにより電力の安定供給が危ぶまれている”という仮説を証明すべく、同省職員に対して米エネルギー市場動向と電力網の安定性に関する報告書を作成するよう要請した。ところが、8月に発表された報告書では、石炭火力や原発不振の主要因は、水圧破砕(ハイドロフラッキング)技術の開発により安価で豊富な天然ガスが市場に出回ったこととされている。環境規制は、エネルギー需要の停滞や風力・太陽光発電の増加とともに、その他の原因の一つとして挙げられているに過ぎない。さらに、再生可能エネルギーの急増は電力の安定性を脅かしていないとされており、天然ガスや水力で補完することで米電力市場は安定していると記されている。ただし、全体的に石炭火力と原発に有利な内容になっており、両者を促進するには安全性基準や環境規制、助成金の見直しが必要と政策提言されている。ペリー長官は報告書の発表に際し、電力の安定供給が最も重要としつつも、規制や助成金により電源構成が大きく変わるため、調査の結果を今後の政策決定に生かすべきと発言している。

科学への対応

もう一つ、注目されている報告書がある。米13連邦機関による内外の科学者が作成・査読した、気候変動による米国内の影響評価報告書「気候科学特別報告書」である。同報告書は、ブッシュ(父)政権下の1990年に施行された連邦法「地球変動研究法」により、4年ごとに作成が義務付けられている「全米気候評価報告書」の草案に当たる。

全米評価報告書は、同法により設立された組織「米国地球変動研究プログラム」が、世界・米国の気候変動の動向や影響に関する研究結果をまとめ、大統領と議会に提示するよう定められたものである。これまでに2000年、09年、14年と3回発行されており、第4次報告書は18年に発行予定となっている。本来、ブッシュ(子)政権時の04年に第2次、08年に第3次報告書が発行されるはずだったが、同政権が発行を引き延ばしたため、環境団体が06年に訴訟を起こしている。翌07年に発行遅延は違法との判決が下り、08年に形式的な報告書が作成されたが、人為起源の気候変動を認める内容ではあったものの目新しい情報はなく、著者名が記されていないなど問題があったため、公式の第2次報告書はオバマ政権時の09年に発行されたものとされている。

現在、第4次評価報告書の草案となる700ページ弱に及ぶ特別報告書の第5版ドラフトが作成されており、トランプ政権の承認待ちとなっている。 特別報告書では、温暖化が人為起源である可能性は極めて高く、他に信頼に足る要因は見当たらないとされている。1986年以降の全米の平均気温上昇は1.2℉(0.7℃)で世界平均と変わらないが、アラスカや北部グレートプレーンズでは1.7℉(0.9℃)、南西部では1.6℉(0.9℃)と上昇率が高い。異常気象は頻度・規模・期間いずれも増えており、今後も悪化し続けることが予想される。とくに異常高温と異常降雨の規模・頻度の悪化が全米で顕著であり、北東部と中西部では86年以降の異常降雨の規模が40%以上拡大、頻度は東部全体で40%以上増えている。対策しなければ、今世紀後半には米国全域で1日の降水量が15%増加する可能性が高い。海面上昇に伴う小規模な高潮洪水は、60年代以降5~10倍に増えており、とくにメキシコ湾岸と東部海岸は25%以上増加している。全米平均では、2050年までに海面が15~38㎝上昇する可能性が非常に高いという。

パリ協定の離脱を決めた気候変動懐疑派のトランプ政権がこうした科学的事実を認めて報告書を認可するのか、あるいは、現実から目を背け、政権支持者の一時的な雇用のために米国を混乱におとしめ続けるのか、報告書の行方が注目されている。

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