食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第3回 バングラデシュ-発展の源泉としての米

2017年12月15日グローバルネット2017年12月号

特定非営利活動法人アジア砒素ネットワーク 理事・職員
石山 民子(いしやま たみこ)

食べられない時代を超えたバングラデシュ

「40年前、この国は7,000万人を食べさせることができなかった。しかし今、1億6,000万人を食べさせることができている」。先日、バングラデシュ人の友人が祖国の快挙について目を輝かせて語ってくれた。

バングラデシュは1971年の独立以来、食料自給率の向上を旗印に、農業生産の近代化「緑の革命」を促進し、成果を上げてきた。この国の米の生産量は世界4位。米の自給率はほぼ達成している。この状況を「国土面積は日本の4割」、「人口は日本の1.3倍」、「1人当たりの米の摂取量は日本人の5倍(世界一)」という日本のデータと重ね合わせたとき、改めてその秀逸さに気付く。さらに、近年、魚の生産量も世界第4位と順位を上げた。バングラデシュで生産される魚の多くは内陸での養殖であり、小さな国土の底力に脱帽する。

これを可能にしたものはショナル・バングラ(黄金のベンガル)と呼ばれるガンジスデルタの豊穣の大地である。同時に、当然のことながら、適正技術の開発に努めた大学や研究機関、政府や市場、農家の身を削る努力などの人為的介入の成果である。NGOによるマイクロクレジットの普及が、農村の隅々まで近代農業に必要な物資を届ける役割を担ったことも特筆に値する。

今も貧困ライン以下で暮らす人は3割程度残されているものの、1日3回食べられるようになった人は確実に増えている。

活力を生み出す米食

筆者は20歳の時に初めて訪問して以来、バングラデシュの発展ぶりを身近に見てきた。1999年、筆者はバングラデシュの旅行社のパンフレットに、ブータンの国民総幸福量になぞり「国民総活気量世界一」という表現を用いた。21世紀を迎え、幅広い分野で飛躍的に発展を遂げたこの国の代名詞として一部で定着したようで、ネットなどでも紹介されるようになった。

そのエネルギッシュな生き方の源泉は、やはり米食にある。冒頭で述べたとおり、日本人の5倍の摂取量は、いくら昨今の日本人の米食離れが目立つといってもかなりの量だ。しかもバングラデシュ人はルティと呼ばれる薄焼きパンなど小麦も朝食などで日常的に食べているのだ。

バングラデシュの食卓の中央には、ご飯が山盛りに入った大きな器が置かれる。おかずの取り分けはあっても、ご飯は目の前の器から取り放題である。日本のご飯茶椀や、フィリピンのカップのように、器を使って量を計って食べるという習慣は今のところない。

バングラデシュのご飯はインディカ米を「ゆでこぼし」で調理したパラパラとしたもので、それをおいしく食べるために追求されたおかずがベンガル料理といえる。写真①はある日の昼食で、トマトとキュウリのサラダ、国魚イリッシュの揚げ物、ダル(豆)スープ、ジャガイモをつぶしてマスタードオイルと唐辛子、玉ねぎとピリ辛くあえたアル・ボッタ、赤菜の炒め煮がおかずだ。

写真1 ある日の昼食

シャバシャバしたカレー、ねっとりとしたあえ物、ペースト状に近いほど煮込まれた野菜炒め、どのおかずもパラパラのご飯との相性が抜群に良い。チキン、ビーフ、マトンなどのガラム・マサラを利かせた肉のカレーがご飯に合わないわけがない。味付けは、香辛料が油になじみ、しっかりとした塩味で、まさに食べ出したら止まらなくなり、ご飯の2、3回のおかわりはお約束だ。食事の終わりに、ドイと呼ばれる甘いヨーグルトが出ることもあるが、それも同じ皿に盛り、そこにもご飯を混ぜて食べることを好む。最近でこそ、若い世代を中心に変化が見られるが、1日2回はしっかりとご飯を食べたい人が大半なため、「世界一米を食べる国」の座は当分守れる見込みだ。

このソウルフードを右手を使って器用に平らげながら、壮大な夢を語り、確実に次の行動に移す。食卓はバングラデシュの原動力となっている。

おいしい食卓の持続性

しかし、食卓の話題は明るいものばかりではない。「飲料用、生活用の井戸が出なくなった。遠くの井戸まで水をくみに行かなければならなくなった」「農業かんがい用の水も枯渇した」「田んぼ、沼地で捕れていた天然の魚が手に入らなくなった」など心配な話題も多い。それは負荷を背負い過ぎた、小さな国土の悲鳴でもある。

ベンガル・デルタの伝統的な稲作は、雨季には前期のアウス稲と後期のアモン稲(写真②)、乾季には乾季でも水が残る低地のみでボロ稲、この3期作が行われていた。しかし、「緑の革命」で高収量品種の種、農薬、化学肥料とともに、かんがい用井戸が全国に普及すると、乾季はもちろん、雨季を含めて、一年中地下水を利用した稲作が行われるようになった。地下水は管理しやすいため、安定的な稲作が可能となり、収量は激増した。浅井戸の水が揚水できなくなると、協同組合を通じて大掛かりな井戸を掘り、もっと深い所から水をくみ上げるようにした(写真③)。

写真2 アモン稲の収穫

写真3 深い所でくみ上げられるように掘られた井戸

ガンジス流域は人口増加に伴い、水のニーズが高まり、地下水揚水が過剰に行われ、年間貯水量(雨が染み込む量)に対する利用量の割合は世界最悪の50倍以上と報告されている。最下流域のバングラデシュでは、国内の食料増産のための過度な地下水揚水に、インド側に建設されたダムの影響が加わり、地下水位低下と表層水の減少が顕著になっている。食料生産を持続的なものにするには水資源の上手な活用を考え、実践することが喫緊の課題なのだ。

伝統の乾季作「ロビ作」復活を目指す

バングラデシュには多様なNGOがあるが、貧困層のエンパワーメントの延長で代替農業の普及に取り組んでいるNGOも多い。筆者が出会ったAID Foundationは、持続可能な農業の在り方を農民とともに実現しようと日々奮闘している。方法はシンプルで、伝統的な作付けパターンに従い、稲作は雨季に行い、乾季には低地では稲を作るものの、低地以外の土地では豆類、野菜、サトウキビ、菜種などの昔ながらのロビ作(乾季作)を行うことを推奨する。零細農家に、環境保全のために無理を強いることはできない。代替策の奨励は、農家の経済的な安定の支援とセットで行わなければならない。伝統から学びながらも、NGOのネットワークを使って、リスクを下げて生産量を上げ、良い値で作物が販売できるようアドバイスをする。一軒一軒の農家、農地に寄り添える草の根のローカルNGOの強みを生かした活動だ。結果的に、米のモノカルチャーからの脱却で、乾季のかんがい用水のくみ上げ量を抑え、生物多様性を復活させ、生産者と消費者の食生活をよりバランスの取れた健康的なものにすることが期待できる。

筆者が参加している(特活)アジア砒素ネットワークは、宮崎県にあった砒素鉱山周辺の住民被害の支援をしてきた団体を母体に設立されたNGOだが、持続可能な未来へとつながる環境整備に取り組むローカルNGOを、パートナーとして支援していきたいと考えている。

タグ: