日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第9回 水産物トレーサビリティとブロックチェーン技術

2018年01月16日グローバルネット2018年1月号

一般財団法人 国際貿易投資研究所 客員研究員
児玉 徹(こだま とおる)

重要性を増す水産物トレーサビリティー

水産物に関するトレーサビリティの重要性がさまざまな観点から叫ばれている。例えば、輸入養殖エビやウナギから魚病対策に使用される抗菌剤や抗生物質が検出されたり、トラフグ養殖でホルマリンが使用され海洋へ垂れ流されている事例、そして市場に出回る水産物の魚種や原産地に関する偽装表示事例は、養殖水産物に対する消費者の不安をかき立てている。

水産資源の持続的な利用を脅かすIUU(Illegal・Unreported・Unregulated/違法・無報告・無規制)問題への関心も高まっている。IUU漁業は、漁場での環境破壊や労働者の人権侵害と密接に関連し、正規の漁業者を不公平な競争にさらす。IUU由来の水産物が海外から国内に流入することを防ぐために、欧州連合(EU)のIUU漁業規則や米国の水産物輸入監視制度(SIMP)は、輸入水産物に関するトレーサビリティの証明書(漁獲証明等)の提出を日本を含む輸出国の輸出業者に対して求めている。

技術的ハードルとブロックチェーン技術

食のトレーサビリティ制度の普及には、革新的な情報技術の活用が必須となる。しかし水産物のサプライチェーンには多種多様な主体が関与し、得てして複雑な構造になっている。それが国境をまたぐとなればなおさらである。そのサプライチェーンの全容を詳細に把握しながら、流通する水産物のトレーサビリティを中央集権的に管理する「クライアント・サーバー方式」の管理システムを作り上げ、かつそれを持続的に管理していくことは、技術的にかなりの困難が伴い、バックアップやセキュリティ対策等の維持費も高額になる。これが、ITを活用した水産物トレーサビリティシステムの普及を遅らせてきた要因の一つである。

こうした中、注目を集める技術が、ブロックチェーンである。ブロックチェーンは、仮想通貨ビットコインの中核技術であり、電子的な情報を記録する新しい仕組みである。特徴は、従来のクライアント・サーバー方式による中央集権型ではなく、ピアツーピア(P2P)による分散型の仕組みであり、記録された情報をネットワークに参加しているコンピュータ全体で管理すること、そして一度記録された情報の改ざんが事実上不可能であることだ。そして、分散型管理システムであるがゆえにサイバー攻撃に対しても強靭で、管理者が不要のため管理コストも大幅に削減できる。

ブロックチェーン技術は、社会のさまざまな情報管理システムを根本から変える革新的技術として認知されており、欧米では、金融、公的機関による登記・登録、多様な商品のトレーサビリティ、シェアリングエコノミー、分散電力市場など、多種多様な分野での活用がすでに実施されている。今後、ブロックチェーン技術の社会実装がさらに普及していくためには、解決されなければならない技術的課題が幾つかあるが、そのポテンシャルは計り知れない。国連等の国際機関も、「持続可能な開発目標(SDGs)」など多様な社会的課題の解決に向けたさまざまなプロジェクトにおいて、ブロックチェーンの活用を推進している。

農水産物トレーサビリティへのブロックチェーン活用

欧米では、ブロックチェーン技術を農水産物のトレーサビリティ確保に活用する試みが活発化している。

2016年に、ロンドンに拠点を置くベンチャー企業Provenanceが、インドネシアで漁獲されたマグロのトレーサビリティに関するブロックチェーンシステムの実証実験を成功させ、注目を浴びた。同年に英国ではBlockchain Alliance for Goodというブロックチェーン技術の公益的活用を推進するオープンイノベーションプラットフォームが形成された。

米小売大手のウォルマートは、2016年10月、中国から米国に輸送される豚肉を農場から店頭まで追跡するためのブロックチェーンシステムをIBMおよび清華大学と共同で構築することを発表した。IBMは2017年8月に、ウォルマート、ユニリーバ、ネスレ等の食品関連大手とともにコンソーシアムを形成し、ブロックチェーンを活用した食品サプライチェーンシステムを推進していくことを発表した。

興味深いのは、英ケンブリッジ大学のサステナビリティ・リーダーシップ研究所(CISL)が、2017年12月にパリで開催された気候変動サミットで発表したブロックチェーン技術に基づく紅茶商品のトレーサビリティ管理実証実験である。この実験では、マラウィの約1万人の茶農家が生産した茶葉がユニリーバの紅茶商品として英小売大手セインズベリーの店頭に並ぶまでのトレーサビリティ管理システムを、上記のProvenanceを含むベンチャー企業がブロックチェーン技術を活用して構築する。そして本実験に参加するバークレイズ、スタンダードチャータード、BNPパリバの金融大手3社が、このシステム上で収集される茶農業の環境インパクト等の情報に基づき、持続可能性が担保された茶農業に従事する茶農家に対して、高条件融資や信用付与を提供する。この資金供与により、茶農家はサステナブルな茶葉の生産をスケールアップしていくことができる。この「生産者」「小売」「金融」「ブロックチェーンに基づくトレーサビリティシステム」の連携は、持続可能な水産業の推進にも応用され得るものであり、注目に値する。

ブロックチェーン技術がドライバーとなってMSCのような水産認証システムがさらに普及していくことも今後大いに期待される。

日本においても、ブロックチェーン技術への注目度は急速に高まっている。経産省は、2016年そして2017年と、立て続けにブロックチェーン技術の多様な産業分野への応用について言及した報告書を発行している。

農産物分野では、電通国際情報サービスが、2017年3月に、有機野菜のトレーサビリティに関するブロックチェーンシステムの実証実験を行った。日本ジビエ振興協会は2017年10月より、野生の鳥獣の食肉「ジビエ」の流通に関するトレーサビリティシステムを、ブロックチェーン技術を活用しながら運用している。

こうしたブロックチェーン活用の動きは、今後水産物分野でも出てくるだろう。持続可能な水産物に関する調達基準を掲げるイオンなどの大手小売がその牽引役として考えられる。

水産物トレーサビリティの法制化へ向けて

内閣府が2016年に公表した第5期科学技術基本計画は、2016~2020年度における日本の科学技術政策の骨格を定めたものであるが、そこでは「Society 5.0」という社会ビジョンが掲げられている。それは「IoT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、さまざまな知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出す」社会であるとされる。そして「Society 5.0」の重要構成要素の一つとして、食品の全サプライチェーン上のトレーサビリティを基調とする「スマート・フードチェーンシステム」が挙げられている。ブロックチェーン技術は、この「スマート・フードチェーンシステム」の基幹技術として機能しうるものである。

こうした機運の中で、水産物のトレーサビリティが法制化されることになれば、水産物トレーサビリティに関する情報技術革新はますます拍車がかかるだろう。(現在日本では、牛肉と米穀のトレーサビリティのみが法律により義務化されている。)

もちろん水産物トレーサビリティを法制化することになれば、漁業協同組合を通じた自主規制に基づく漁獲管理を抜本的に変えることになるがゆえに、ハードルも高い。しかし例えばEU域内では水産物トレーサビリティに関する漁獲証明書制度が法制化されており、そのことが冒頭で述べた対外国との関係におけるIUU漁業規則の裏付けとなっている。

2017年9月より始まった内閣府の規制改革推進会議の水産ワーキンググループでは、水産物が漁業者から消費者に到るまでのサプライチェーンの点検と、そこにおける水産物トレーサビリティの充実を図るための策などについて議論がなされている。こうした場で「水産物トレーサビリティの法制化」に向けた議論がどれだけなされるのか、要注目である。

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