特集:シンポジウム報告 サステナビリティをレガシーに!~2020東京大会とSDGsパネルディスカッション「サステナビリティを真のレガシーに!」

2018年02月16日グローバルネット2018年2月号

特集:シンポジウム報告 サステナビリティをレガシーに!~2020東京大会とSDGs
世界のアスリートが東京に集う2020 東京大会まであと2 年余り。しかし、持続可能性や環境への配慮が大事なテーマであることは、市民や運営主体の間で十分に共有されていません。2020年を契機に、「サステナビリティ」を日本社会の真のレガシーにするためにはどうすればいいのか。1月14日に東京で開催されたシンポジウム「サステナビリティをレガシーに! ~ 2020スポーツの祭典とSDGs ~」(主催:日本環境ジャーナリストの会/立教大学ESD 研究所)での議論の概要をご紹介します。(2018 年1 月14 日東京都内にて)

特別ゲスト
 スポーツキャスター、北京オリンピック競泳メダリスト、JOCオリンピック ムーブメント アンバサダー
  宮下 純一さん

パネリスト
 立教大学教授、立教大学ESD研究所長、ESD活動支援センター長
  阿部 治さん
 朝日新聞編集委員
  石井 徹さん
 CSOネットワーク リサーチフェロー
  高木 晶弘さん
 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 脱炭素ワーキンググループ座長
  藤野 純一さん

ファシリテーター
 NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー、日本環境ジャーナリストの会 会長
  堅達 京子さん

「オリンピックとサステナビリティ」が結び付かない東京大会

堅達 宮下さんは北京オリンピック競泳男子400mリレーの銅メダリストで、現在はJOC(日本オリンピック委員会)のオリンピックムーブメント・アンバサダーも務めていらっしゃいます。年が明け東京大会まであと2年余りになりましたがどんな気持ちですか。

宮下 純一(みやした じゅんいち)さん

宮下 私は2016年の招致活動から関わってきましたが、その時は招致することができませんでした。ですから「2020年には絶対東京に」という思いでいたので、「東京」という発表があったときは、自分が目指してきたオリンピックの舞台が自分の国に来るという、オリンピアンからすれば夢のまた夢がかなった瞬間でした。

その大会が成功するため、あと2年どうしたらいいのか。オリンピックを通過点にして、そこから先の生活が日本に何をもたらすのか、環境や持続可能性ということについて考える必要があります。専門家ではありませんが、オリンピアンとしての立場で何か提案ができればいいなと思っています。

堅達 2012年のロンドン大会では、これからどんな未来をつくるのか、どんな街づくり、どんな暮らし方を目指すのかという全体の制度設計の中に一貫してサステナビリティというものが埋め込まれていたのですが、アスリートの皆さんにはサステナビリティとオリンピックの関わりについて理解が及んでいるのでしょうか。

宮下 僕は2008年まで現役を続けていましたが、現役中は競技のことで一生懸命で、環境の変化で泳ぐことができなくなる、スキーができなくなるというようなことはイメージしたことがなかったです。引退して組織委員会の環境専門部会の委員になり、オリンピックの新しい姿を模索する中で、サステナビリティということを考えないとレガシーとして残るものがないのではと思うようになりました。率直なところ、現役アスリートがサステナビリティについて考えているかというと、全員が常に考えているというわけではないと思います。

堅達 石井さん、どうして日本ではオリンピックとサステナビリティが結び付かないまま今日まで来てしまったのでしょうか。

石井 徹(いしい とおる)さん

石井 メディアの責任も大きいと思いますが、オリンピックの目的が見えなくなっていると個人的には感じています。2012年のロンドン大会の後に英国を取材しましたが、彼らはオリンピックを開催することで、国民の健康増進、快適な生活を送るための街づくりといった大きな目的を掲げていました。1964年の東京オリンピックは高度経済成長の起爆剤になったわけですが、今回は何を目的にするのかよく見えないまま今日に至っている、というのが最大の問題ではないかと思います。

また、オリンピックの運営にあたる組織委員会の日本型ガバナンスにも関係していると思います。ロンドンでは独立した監視委員会が早いうちに作られて、組織委員会の動きがオリンピックの目的に合っているかどうかチェックしながら進められたそうです。

一方、日本は監視委員会自体がないまま、今日まで来ています。昨年の春までは組織委員会の会議も非公開で議事録も公開されていませんでした。監視委員会があれば組織委員会にモノを申して進められますが、それがないのが非常に危うく感じているところです。NGOやメディアがその役目を果たすしかないと思っています。

おいしくてサステナブルな食材の調達を

堅達 東京大会で出される食事はものすごい量になると思いますが、アイスクリームなどにも使われているパーム油は、持続可能なやり方で調達されているのか、東京大会で初めて調達基準が示されるそうですが、外国からは厳しいチェックがありそうですね。

高木 食品の中でもパーム油は比較的取り組みが進んでいる方だと思います。RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)という国際的な認証制度ができています。しかし、他のパーム油と混ざると産地がわからないなど、持続可能な方法で調達されているのかを調べるのがなかなか難しい。NGOや専門家がこれまで熱心に取り組んできている分野なので、東京大会をきっかけに、組織委員会でしっかりした調達の体制を作ってもらいたいと思います。

堅達 東京大会では、日本が得意とする食の分野で、おいしくてサステナブルなメニューを提供できれば素晴らしいですね。

オリンピック精神のサステナビリティそのものであるESD

堅達 ESD(持続可能な開発のための教育)活動に携わっている阿部さんから、次の世代を担っていく子供たちが、このサステナビリティを考えながらオリンピックとどう向き合おうとしているかお話しいただけますか。

阿部 治(あべ おさむ)さん

阿部 国連のESDの10年は、日本が提案して2005年から取り組まれたプログラムですが、環境だけではなく開発、人権、貧困、平和なども考えながら持続可能な社会の担い手を育てようという取り組みです。文部科学省は環境(持続可能性)も含めてオリンピック・パラリンピック教育を推進しており、東京都は都内のすべての公立学校で進めています。

2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の目標4(教育)にESDが盛り込まれました。今、ESDは、SDGsのすべての目標を貫く人づくりのためのエンジンとして国内外で取り組まれており、平和やサステナビリティを掲げる東京大会はまさにESDとしてオリ・パラ教育に取り組む絶好の機会です。しかし残念ながら、現状の日本のオリ・パラ教育はサステナビリティの視点が極めて薄弱です。この点を見直し、東京大会を機にオリ・パラ教育を通じて、未だ十分に浸透しきれていないサステナビリティを担う人づくり、ESDをレガシーとして東京はもちろん日本のすべての学校や地域、企業などに浸透させていくことを提案したいです。

また、組織委員会は大学と連携してボランティア参加やオリ・パラ教育を進めようとしています。サステナビリティ・ESDの取り組みは大学教育や社会連携などとの親和性が高く、浸透しやすいと思います。今後の展開を期待しています。

普通の人が健康について考える契機に

堅達 2020東京大会は暑い中、マラソンをしたり、ゲリラ豪雨が来て世界中のアスリートが雨に打たれたりしてしまうかもしれない。こういう危機感は伝わっているのでしょうか。

石井 東京大会では、健康に結び付いたメッセージを発信できるかが非常に重要だと思います。ロンドン大会では、大会が終わってからアスリートだけでなく、一般市民でも自転車に乗る人が増えた。二酸化炭素(CO2)を減らすという狙いだけでなく、スポーツをやる人が増え、メタボリックシンドロームが減ることにもつながったかもしれない。普通の人がスポーツの重要性を感じて、健康や食べ物のことを考えるムーブメントをつくり上げていくことが大切だと思います。

だから、東京大会について心配な面はありますが、組織委員会が当てにならないと思ったら、みんなで草の根から何か行動を起こすしかない。そうすることで、少しでも大会を変えていくことは可能だと思います。

過去の大会にならうことができること

堅達 ロンドンを視察した高木さんは、東京とロンドンを比べて何が一番違っていて、まねできるとしたら、今からできることは何だと思われますか。

高木 ロンドンでは、選手村などで食べ物を提供するとき、全部生分解できる容器を使ったのです。大会が終わった後も、納入業者はその製品を誇りにして提供し、メッセージを発信し続け、消費者もほめる。レガシーの残し方なのではないかと思います。

堅達 藤野さん、たとえば福島で作った再生可能エネルギーを東京大会で使うといったアイデアはあるんですか。

藤野 福島の会津や飯館で、太陽光で電力を作る動きがある中で、彼らに「われわれが頑張って汗かいて作った電力をオリ・パラのために使いたい」と思ってもらえる大会にできるのか、それを買う資金があるのか。また、スポンサー企業じゃないと協力しても社名が使えないという問題をどうするのか。地域の意志を受け止めて、大会に協力するモチベーションを高める仕組みをどのようにつくっていくかが課題です。ロンドンの時は、スポンサー企業とは別の名称を作って「オリンピック・パラリンピックに参加しています」とPRする仕組みがあったと聞いています。

阿部 調達に直接関わる問題ですが、ヨーロッパのスーパーに行くと、エシカル商品がたくさんありますが、日本ではまだトレンドになっていない。「家畜の福祉(アニマル・ウェルフェア)」の問題もヨーロッパに比べると日本の取り組みは格段に遅れています。東京大会を契機に、エシカル消費、家畜の福祉という考え方が国内に広がっていくこと、それも一つのレガシーだと思います。

堅達 昨年、ドイツのボンで開かれた気候変動枠組条約締約国会議、COP23に行きましたが、当然のごとくカーボンニュートラルな、炭素を出さない会議になっています。参加者はペットボトルの持ち込みをやめて、マイボトルを持参していました。

宮下 リオ五輪では、メディアセンターで飲むビールの容器が再利用できるものでした。カップには各競技のイラストが描かれているので、それを集めるために飲んでいる人もいました。ごみ箱から探し出して持っていくほどで、付加価値を付ければごみにならない取り組みになると思いました。

思い切ったことをやってオリンピックを「使い切る」

堅達 われわれも草の根からアイデアを出して、オリンピックのためだけにお金を使うのではなく、21世紀を生きていく上で必要なことのために、東京大会で種をまいたものがずっとこの先、真のレガシーというものにつながっていくという思いで取り組みたい。東京大会を盛り上げるためにどんなことができるでしょうか。

阿部 「オリンピックを使い切ろう」ということ。オリンピックをモノとして「使い捨てる」のではなく、オリンピック精神を「使い切り」、自分事にするプロジェクトです。オリンピックをベースに持続可能な社会に向けて、いろいろな発信をしていく。多くの人たちが気持ちよく「オリンピックに関われる」、「オリンピックを自分事にする」というキャンペーンができないものかと考えています。自分とオリンピックのつながり、自分にとってサステナビリティとは何なのだろうか、これはESDの活動として、あちこちで展開できると思います。

石井 ここまで来たら、時間のないことを逆手に取って、ある意味思い切ったことをやったらどうかと思うのです。そもそもスポーツというものは、子供にとっても、大人にとっても楽しいものだし、お年寄りは体を動かさなければ寝たきりになってしまう。体を動かすことの意味を考える契機になればよいと思います。

高木 晶弘(たかぎ あきひろ)さん

高木 世界中でフードロスが問題になっているので、大会期間中の食品の大量廃棄も問題になると思うのです。ロンドン大会の場合はスタッフ、ボランティアの人たちに途中で食べてもらったりして何とか減らしていたという話を聞きました。では東京はどうするのか、考える必要があります。調達もそうなのですが、運営面で改善できることがまだあるのではないかと思っています。

ロンドン大会の時は目標がはっきりしていたそうです。一つは「イギリスをスポーツ先進国として発展させる」。二つ目は「ロンドン東部地域の再開発」、三つ目が「次世代を担う青少年に夢と希望を与える」。四つ目が「オリンピックパークを持続可能な生活空間のモデル地域にする」。五つ目は「イギリスが多様性にあふれ、生活、観光、ビジネスにとって魅力的な国であることをアピールする」。この五つがオリンピック開催の目的であると明確に定めて資源を投入し、あのようなオリンピックを実現させたそうです。

藤野 純一(ふじの じゅんいち)さん

藤野 私は組織委員会に比較的近いところにいるので、高木さんがロンドンから学んできたことを、組織委員会の人たちにつないでいきたい。組織委員会の限られた資源や、ガバナンスが利いていないという問題はありますが、そこをつないでいくのが自分の役割かと思っています。

日本人はお祭り好きなのではないかなと楽観的に思っているところもあって、近くなればなるほどみんな参加したくなっていくと思います。ただ、スポンサー企業以外の名前が使えないという問題や、参加したいのにどうしたらいいのかなど仕組みをつくるために、関係者と作戦を練っていきたいです。

明治維新からちょうど70年で戦争が起こり、その戦争から今70年ほどたったわけです。ある程度日本の社会が成熟してきた中、問題も抱えているというところを乗り越えるきっかけになってほしい。一方でそれを皆と参加できるものにしていくためのお手伝いできたらと思っています。

「参加して」ワクワク感を分かち合う

宮下 僕は3回オリンピックに行きました。1回は選手として北京へ、ロンドンとリオは解説者として行かせていただいたのですが、この三つの大会で感じたのは、「オリンピックは見るものではなく、出るもの」ということです。それはなぜかというと、北京は自分の競技人生をかけて臨んだので、「メダルを取りたい」という目標があったからすごく燃えていたし、どういうふうにメダルを取るかというワクワク感がありました。

また、リオとロンドンではもちろん後輩たちに期待していました。でも自分が出場しないので、北京とはまた違ったワクワク感もありました。このように言うと、「あなたは選手だから出られるけど、私たちは出られないんですよ」と言われますが、僕はそうではないと思っていて、東京にオリンピックが来たことで、皆さんも参加できると思うんですよ。

北京オリンピックに出たときに選手村のボランティアの方が24時間常駐で僕ら選手たちの見張り番をしてくれました。夜帰った時に「こんな時間までありがとうございます、大変ではないですか?」と声を掛けたら、ボランティアの方から「私たちはうれしいんです。普段生活していたら会えない有名な人と、北京にオリンピックが来たことで触れ合える。オリンピックをつくることができたのが私はうれしいんです」と言われ、そういう思いでボランティアの方は働いてくれているんだな、というのを肌で感じたんです。

ロンドン大会ではボランティアの方を「ゲームメーカー」と呼んでいたそうです。ボランティアとして参加すると、自分が与えられたこと以外はやらないけれど、ゲームメーカーと呼ばれると「オリンピックは自分たちがつくっている、つくらなければいけない」とやるべきことが見えてくる。

目標を持ってオリンピックを迎える

だから、「オリンピックが来る」ではなく、「オリンピックを迎える」という意識を持つことによって、オリンピックをゴールではなく、オリンピックを契機に何かをやるという発想をするとワクワクすると思うんです。

競技には参加できないけど、来日した人たちに英語で日本のいいところを伝えたい、という目標が出てくれば、あと2年で英会話教室に通うとか、やるべきことが見えてくると思います。私たちの生活を豊かにするために、どうオリンピックを活用するか。先ほど伺ったロンドンの五つの目標のように、私たちの生活が良くなるということを考えれば、もっとやりたいものになっていくのではないかと感じました。

堅達 京子(げんだつ きょうこ)さん

堅達 やはりわかりやすい目標を持つことが大事ですね。一言でオリンピックを何のためにやるのか、ということを言える人がここにいないかもしれない、ということ自体がちょっとした問題なのかなと思います。例えば、ロンドン大会は五つの目標のほかに、サステナビリティの面では「地球1個分のオリンピックにしよう」というわかりやすいキャッチコピーがありました。今までのように大量生産、大量消費してしまうと、地球2個分かかってしまうというのを1個分にしようよというわかりやすいキャッチコピーでした。

2024年のパリ大会は、テーマが「made for sharing」で、「シェア」というのが時代を先取りしています。時代の機運を「分かち合う」、つまり私たちが持っている限られた地球環境や資源、富を分かち合うという目的のためにオリンピックがある、とわかりやすく言っています。

さらに、パリ開催が決まったときに駐日フランス大使が「パリ大会の2024年に皆さんをお迎えするためにセーヌ川でトライアスロンができるようにします」と宣言されました。そういう市民にもピンと来るような、面白いチャレンジ目標を設定して盛り上がれる、その中の一つに「サステナビリティ」も入ればいいのではないかと思いました。

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