環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第33回 霞ヶ浦のアオコは今~底泥に隠された物質循環のメカニズム~

2018年04月16日グローバルネット2018年4月号

地球・人間環境フォーラム
湯本 康盛(ゆもと こうせい)

「水の華」はとても美しい響きに聞こえますが、ある現象を表現した言葉です。湖沼では、夏の暑いときに水面が青緑色に覆われることがあります。水の華は、植物プランクトンが異常増殖して水の色が変化したもので、その代表的なものが「アオコ」として知られています。

茨城県南東部に位置する霞ヶ浦は昔、湖水浴場が存在し、憩いの場として親しまれてきた歴史があります。透明度も今とは比較にならないくらい高く、湖底が見えるほどだったそうです。水質が変化してきたのは1970年代前半からで、高度経済成長に合わせて人口が増加し、生活排水や工場排水も増えていきました。当時、窒素やリンに関する排出規制もなく河川から霞ヶ浦に流入して蓄積されるようになり、夏にアオコが大発生するようになりました。

水中の窒素やリンなどいわゆる栄養塩が増加して、植物プランクトンによる一次生産が異常に高まる現象を富栄養化といいます。富栄養化が進むと植物プランクトン起源の有機物濃度(COD)が高くなります。その結果、水質の悪化、漁業への影響、悪臭による観光業への影響が出るようになります。そこで環境省は、1984年に「湖沼水質保全特別措置法」(湖沼法)を策定し、霞ヶ浦を指定湖沼にして、湖沼の窒素やリン規制が始まりました。そして流入する窒素やリン除去のため、生活排水の高度処理や工場・事業場排水の規制強化に乗り出しました。しかしCODは1980年代後半から現在まで、おおむね8㎎/L前後で横ばいに推移しています。どうしてCODは改善されないのでしょうか。霞ヶ浦の水環境保全に向けた研究をしている国立環境研究所(NIES)地域環境研究センター 湖沼・河川環境研究室主任研究員の冨岡典子氏に伺いました。

●水質の現状と底泥の関与

霞ヶ浦は湖面積220km2、平均水深4mの広くて浅い湖で西浦、北浦および外浪逆浦(そとなさかうら)で構成されています。西浦の水質中の窒素は減少傾向が見られましたが、リンは横ばいで推移しています。一方近年の北浦では、窒素、リンともに西浦より高く推移しています。NIESの水質調査は西浦において10ヵ所のステーションと呼ばれるポイントで実施されており、湖心においては水質と並んで底泥サンプルも採取し、底泥中の窒素やリンを計測しています。「分析の結果から、窒素やリンは底泥に蓄積しており、その湖水への溶出が水質に大きな影響を及ぼしていると考えられます(図1)」と冨岡氏は底泥の調査の重要性を強調します。

図1 湖内における窒素・リン循環の概念図(窒素は有機態窒素、アンモニア態窒素、硝酸態窒素に分けられます。)

窒素に注目すると、底泥の深さ15cmより浅い層では生物の死骸、排せつ物などの有機態窒素が微生物により分解されることにより生成された、アンモニア態窒素が拡散により湖水に溶出していることがわかります。アンモニア態窒素の一部は底泥表層で酸化され硝酸態窒素に変換されます。このアンモニア態窒素と硝酸態窒素を併せて無機態窒素と呼びますが、植物プランクトンにとって利用しやすい窒素で、この濃度が高まれば「アオコ」の大発生の危険性が高まります。しかし、事はそう単純ではありません。底泥表層付近では、硝酸態窒素と有機物の共存下で湖水が酸素欠乏状態になると微生物が脱窒(窒素ガスとなり大気へ放出)反応を引き起こします。底泥と湖水の境目では、微生物による有機物分解とともに盛んに窒素のガス化が起こっています。霞ヶ浦の水環境を考えたときに底泥表層の微生物による窒素代謝をモニタリングすることは、湖内の窒素の動きを把握することにつながり、アオコ発生の因果関係を解明することになります。

●新たな湖沼水質基準と底泥表層の酸素消費量測定手法の開発

最近になって底層に生息する魚介類などの水生生物の個体群が維持できる場を保全・再生することを目的として、湖沼の水質基準に底泥直上の溶存酸素(底層DO)を導入する動きがあります。湖水に存在する微生物は、有機物を分解する際、酸素を消費するため底層DOが低いと有機汚染が進んでいると判断できます。しかし、酸素消費が水中で起こったか、底泥表面で起こったかはわかりません。そこで、底泥のDO消費量(SOD)という量に注目しました。これは、底泥中の有機物が微生物により分解されるときに消費される酸素量です。底生生物の生息や窒素の溶出・脱窒などに密接に影響しているので、湖沼環境を評価する上で重要な指標となります。

これまでのSODの測定では、現場で採取された底泥を直径10㎝、高さ50㎝のアクリルパイプごと実験室に持ち帰り、SODの測定が行われていました。持ち帰った底泥の低層DOを一定時間ごとに計り、DOの経時変化から、SODを算出します。船などにより、たくさんの試料を実験室に持ち帰るのはとても大変な作業です。そこでNIESでは直径約1cm、高さ約12cmほどの採泥用ガラスバイアルを採用して簡易的に底泥と直上水環境を再現する方法を開発しました(図2)。少量の土壌コアと直上水サンプルのみで安定した測定値を得るために直上水の撹拌方法を改良するなど工夫されました。また実験装置のコンパクト化により現地でのSOD測定が可能となりました。また、サンプル数を増やし多地点のSODモニタリングが容易になります。データを蓄積すれば、底泥表層部で起きている物質循環メカニズムが解明できるかもしれません。

図2 バイアル法によるSOD 測定装置(国立環境研究所 地域環境研究センター琵琶湖分室 霜鳥孝一氏提供)

●水質改善への道筋

近年、湖周辺の生活排水の高度処理により栄養塩除去率の向上を図ってはいますが、霞ヶ浦の水質改善には至っていません。湖内においても底泥のしゅんせつや覆砂により、底泥の影響を少なくするなど、行政による水質保全に向けた一層の取り組みが行われています。しかし、長年にわたって底泥に蓄積された窒素やリンが湖水への溶出というかたちで回帰している以上、霞ヶ浦が短期間のうちにきれいになるというのは難しいのです。

「人と湖沼の共生―持続可能な生態系サービスを目指して」をテーマに、「第17回世界湖沼会議」が今年10月につくば市で開催されます。住民、事業者、研究者、行政の情報共有と意見交換を行う国際会議で、水質保全活動の活性化を推進しています。霞ヶ浦をきれいな湖にし、貴重な資産として残すための対策と方向性を示さなくてはなりません。底泥表層における微生物が関与した物質循環過程の研究には課題も多く残されています。「霞ヶ浦湖水の窒素またはリン濃度を藻類の異常増殖に適さない低濃度にコントロールすることが重要です、最も重要なことは、窒素やリンを湖内にため込まないことです。」と冨岡氏は話してくれました。それには、霞ヶ浦流域で生活、生産を行う一人一人が水質環境保全に対する理解を持ち、行政が一体となって負荷削減を実行しなければなりません。最後に、「アオコのない湖にしたい、人が集う湖に戻したい」と夢を語ってくれました。

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