特集/今、企業に求められる自然資本評価~社会と企業経営を持続可能にするツール日本企業初の自然資本の事例

2018年06月15日グローバルネット2018年6月号

味の素株式会社 グローバルコミュニケーション部
中村 恵治(なかむら けいじ)
一般社団法人 コンサベーション・インターナショナル・ジャパン
名取 洋司(なとり ようじ)
株式会社イースクエア
川端 真紀(かわばた まき)

2010年に生物多様性条約第10回締約国会議で愛知目標が採択されて以来、「自然資本」を国家や企業の会計・経営に盛り込む取り組みが国際的に活発化した。私たちの生活や企業活動を支えるこの資本をどのように守り、増やしていくか、議論が交わされ、さらに自然資本による価値の経済的評価に対するニーズが高まってきている。本特集では、自然資本評価の最新動向、そして日本の企業で初めて自然資本評価に取り組んだ事例、および金融セクターが自然資本評価を活用する背景やそのメリットについて紹介する。

味の素が自然資本評価を始めた理由

味の素グループは、世界35の国・地域で調味料や加工食品などを製造・販売している。それら製品の原料は、農作物である。従って、工場の生産に係る燃料・電力による気候変動への影響に加え、水・土地への影響も自社がもたらす環境影響と捉える必要がある。

そこで食品会社が事業を行うにあたって大切な原料の農作物が、自然資本にどのような影響を及ぼし依存しているか把握し、地球環境の持続性向上に向けた定量的な戦略策定の一助とするため、「自然資本プロトコル」にのっとった自然資本評価に取り組むこととした。味の素(株)が本評価を行うにあたっては、戦略的CSR・環境経営の支援を受けている(株)イースクエアと、自然資本プロトコル選定に関わったコンサベーション・インターナショナルの協力を受けた。

具体的な事例の紹介

評価テーマは、現在の地球上の課題の一つである人口増加による食資源不足に着目した。味の素グループの主軸製品であるアミノ酸の主原料は、農作物であるサトウキビ・キャッサバ芋・コーンを基にした糖源である。これら農作物は、水・土地の依存度が高いだけでなく、将来的には、人口増加による食資源不足に伴う原材料競争による影響リスクがある。そこで味の素グループが持つ非可食原料活用の研究開発の強みを発揮し、食糧需要との競争を避けることで事業機会を得られ続けられるよう、現行製法と新技術を使った製法で自然資本インパクトを比較し、経営層に研究継続の動機付けを行うことを目的とした(図1)。

具体的な評価対象は、タイで生産する商品「味の素R」とし、原料から製品の生産までとした。現状の世界人口約76億人から、将来(2030年)に人口約85億人となり、食資源が不足する時までを想定し、主原料であるキャッサバ芋を基にした糖源を使い続ける場合と、非可食バイオマスを基にした糖源を使用する場合の二つのシナリオにおける自然資本評価を比較する(図2)。自然資本評価の方法は、現在も当社で行っている低資源利用発酵技術の研究開発を継続して実施することを目的とし、その判断が容易に行えるように金銭価値への換算によるものとした。

続いて、製品製造と自然資本の関係を把握するため、自然資本に影響を与える要因や依存度を網羅的に列記し、それらが自然資本の変化を通じて最終的に自社または社会に及ぼす影響に至るまでのプロセスを影響・依存度パスウェイに描き整理した。その後、それぞれの項目の重要度を、事業面と社会面の視点から総合的に定性的評価を行った。その結果、気候変動・水・土地利用変化を最も重要な影響要因として特定した。

測定・価値評価では、定量的な自然資本の変化の測定を行うため、まず評価対象のカーボンフットプリント・ウォーターフットプリント・原料農作物に必要な農地面積などの基礎データを、当該専門機関などからの公開情報より算定した。その後それぞれのデータ要素(カーボン、ウォーター、土地)に関する対象地域における経済価値の最小値と最大値を用いて社会的影響を金銭価値に置き換えた上で、結果を統合し、二つのシナリオ比較を行った。評価の結果、将来非可食原料を使用することによって、少なくとも数百万米ドルの社会的コストが削減でき、社会資本への負の影響を下げられる優位性があることがわかった(図3)。

なお、現在の延長線上での生産方法においては、洪水や渇水からの農作物への影響、農作物の需要増などの観点から、安定した調達量の確保が今後一層厳しくなるだけでなく、将来的に社会的費用が法規制や課税に反映された際に発生する新たな事業コストの負担増などの潜在的なリスクが指摘された。こういったリスクは、現在の生産活動による影響のみならず、森林から農地への転換などタイの地理的文脈とも深く関連していることが認識され、自然資本と事業との関連性がより時系列で認識されることとなった。

最後に自然資本への社会的コストのネットインパクト分析を実施したことで、事業への財務的な影響を理解した。ここでは、非可食原料を活用する研究開発において、社会的費用の発生により推定される損失額を減少させる結果が得られた。

自然資本評価を行うことの企業にとってのメリット、意義

現在の環境影響評価は、気候変動・水など別々にそれぞれの単位で評価するため、どちらに注視すべきかの定量的な判断ができなかった。本検討・評価にて、金銭価値に換算することで、その影響度が定量的に把握できた。定量的な金銭価値を使って評価することで、評価結果を経営判断の一つの指標に加えられる。加えて、事業が自然資本の何に依存しているかを整理することでも、今後注視すべき環境影響が明らかになった。なお、農作物における依存度として取水が最も重要であることが把握できた。

事業活動における自然資本影響のホットスポットの優先順位を把握し、事業を通じて解決すべき社会課題のうちの「食資源」「地球持続性」を解決する戦略の策定と実行につなげていきたい。

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