日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて 第12回海洋生物レッドリストの問題点と見直し案について 

2018年07月13日グローバルネット2018年7月号

横浜国立大学 教授
松田 裕之(まつだ ひろゆき)

陸域や淡水魚(川に遡上するニホンウナギを含む)のレッドリスト(日本の絶滅のおそれのある野生生物)は環境省が1991年から順次作成しているが、初となる「海洋生物レッドリスト」が2017年3月21日に環境省と水産庁からそれぞれ公表された。国際自然保護連合(IUCN)による国際的なレッドリストと比べながら、日本政府の作成した二つの海洋生物レッドリストの問題点と見直し案の考え方を述べてみたい。

●絶滅危惧種がないと判断した水産庁のレッドリスト

日本の海洋生物レッドリストには、いくつか残念な部分がある。第一に、大型鯨類とマグロ類などの国際水産資源を評価しなかったことが挙げられる。日本の排他的経済水域(EEZ)を超えて分布しているものは国内だけで判断しないという説明だが、IUCNは地域や国家単位のレッドリストの指針も出しているため、評価しない理由にはならない。第二に、水産生物や小型鯨類を水産庁が評価した点である。第3者が評価する方が信用は高まるだろう。

環境省がレッドリストに今回掲載した海産魚類の種数は217種で絶滅危惧が16種、準絶滅危惧は89種であった。それに比べて、水産庁が評価した94種のうち、絶滅危惧も準絶滅危惧も0種で情報不足がわずか1種、残りはすべてランク外と判定され、絶滅の恐れのある地域個体群もなかった。環境省と水産庁の海洋生物レッドリストは、共通の評価判定基準に基づいて判定されているが、結果はかなり違ってしまった。

水産庁は各魚種の判定根拠は数値データおよび計算機プログラムを含めて公開しており、第3者が検証できるようにしたのは評価できる。1種だけ情報不足としたナガレメイタガレイでは、過去の漁獲量の減少傾向からみれば絶滅危惧II類(VU)に合致したが、「最近10年間では横ばい傾向である」「主分布域を含むとはいえ、ごく一部地域の情報で資源尾数(引用者注:生息個体数)を与えることとなり、資源尾数を過小評価し過ぎていると考えられる」という理由で、情報不足と判定された。

IUCNのレッドリストは絶滅危惧種だけでなく、低懸念(LC、基準に照らして評価したが要件を満たしていない場合)やデータ不足(DD、十分な情報がないため絶滅リスクを評価できない分類群)も含めて根拠情報が公開されている。予防原則に基づく判定であることが明記され、個体数や分布面積と減少率のデータに基づく絶滅リスク基準Eのほか、減少率だけ、面積だけ、成熟個体数だけ、あるいはそれらの折衷に基づく基準があり、絶滅リスクの基準Eを満たしていなくても、それらの基準のどれか一つを満たせば掲載される。環境省維管束植物レッドリストでは、情報が不十分で絶滅リスクが評価できない種を他の基準で判定することは良いが、絶滅の恐れが低いとわかった種には他の基準を適用しない。IUCNレッドリストはそのような配慮はなく、たとえ個体数が多く、明らかに絶滅する恐れがない種でも、他の基準を満たせば掲載する。

環境省レッドリストの判定基準には、IUCNのLCやDDに似たカテゴリーとして、ランク外と情報不足があるが、IUCNのDDは絶滅危惧種かどうかさえ判断できないという意味なのに対し、情報不足は「容易に絶滅危惧に移行し得るが絶滅危惧と判定するに足る情報がない種」という意味である。またIUCNのLCは精査した結果絶滅危惧に該当せず安全と判断されたものであるのに対し、ランク外は環境省が定義する絶滅危惧や情報不足に該当しないという意味であり、絶滅の恐れが否定されたわけではない。この点は、環境省も予防原則を明記し、IUCNのカテゴリーに近づける方がよいと思う。

●レッドリストに掲載されることは何を意味するのか

絶滅危惧種は、準絶滅危惧種も含めて環境影響評価の際に調査と保全の対象となる。一つ気になったのは環境省の哺乳類レッドリストにおけるゼニガタアザラシの判定である。国際的には広域に分布する「低懸念」分類だが、日本では道東から千島列島にいる個体群のほか、襟裳岬に孤立した個体群がいる。襟裳岬個体群は岩場に上陸する個体数が継続監視されており、1970年代頃には成獣の個体数が250頭くらいまで減ったとみなされ、絶滅危惧IB類と判定された。しかし、定置網や刺し網に掛かった魚を、網を壊して食べるアザラシは漁民にとって害獣でもある。その後、個体数が回復してきたので、依然として絶滅危惧種ではあるが、環境省は漁民に対して個体数を管理するために試験捕獲を検討すると約束した。しかし、当時の石原伸晃環境相が、絶滅危惧種を駆除することに異を唱え、結果として環境省は漁民への約束を反故にした結果になった。その後、通常5年ごとに見直すレッドリストの見直し時期を2年早め基準Eにより絶滅リスクが低いことを根拠として、2015年に準絶滅危惧種に格下げし、2016年から個体数調整を始めた。

絶滅危惧種に指定されたからといって、駆除を実施できない理由にはならないし、駆除を実施するために見直しを早めることも本来は必要ないはずである。レッドリストはそれ自体が法的規制を意味するものでなく、実際の政策は各種の絶滅への逼迫度と社会経済的な状況を総合的に勘案して決められる。だからこそ、レッドリスト自体は生物学的判断が求められる。それに対して種の保存法指定種やワシントン条約附属書掲載種は、法的な保護の対象である。上記のゼニガタアザラシのような対応は、レッドリストに掲載することへの過剰な警戒感を招いてしまったかもしれない。

ミナミマグロは1996年にIUCNの絶滅危惧IA類(CR)に指定され、今でも指定され続けている。その間、国際管理のもとではあるが、漁業は続き、小売店で安売りされることもある。レッドリスト掲載はゴールではなく、保全対象の優先順位を決めるための手段の一つである。優先順位をミスリードしない、世間が納得できる決め方をすることが重要だろう。

日本国内の海洋生物レッドリストは2017年にできたばかりだが、陸域と海域を統一したリストにする見直しはすでに環境省内で始まっていると聞く。どこまでできるかは予断を許さないが、魚類と哺乳類については、水産生物とその他を区別する必要はないだろう。海洋生物レッドリスト独自の基準が定められているが、淡水魚や陸生哺乳類とのすり合わせは必要である。基準Eを満たさないとわかったものを減少率等の他の基準で掲載するかどうかは議論の余地があるかもしれないが、水産生物以外では環境省の委員会でほとんど基準Eを使わなかったとすれば、他の基準で判断することに異論は生じないだろう。次のレッドリストの見直しでは、とくに魚類と哺乳類について、水産庁でなく、環境省が委託した第3者委員会のもとで、水産資源とそれ以外を同じ主体が判断してほしい。もし次回もそれができないならば、関係学会の協力のもとに、環境団体が独自の海洋生物レッドリストを作ることが望ましいのではないか。

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