「持続可能な原材料調達 連続セミナー」より

2006年7月25日

鉱物資源の生産における環境社会影響
Out of sight, out of mind

谷口 正次(国連大学ゼロエミッション・フォーラム 理事)

 鉱物資源は必需品として外部から調達するというものではなく、国家戦略に基づき資源外交で中長期の国益の下に確保する戦略物資です。
 CSRや循環型社会などと言いますが、今のCSRの議論においては、決定的に川上に対する認識が欠落しています。地球における物質のフローを見ると(下図)、生物圏から農林水産資源をとり、地殻から鉱物資源を採掘して、資源の素材加工、製品製造、製品・サービスを提供し、消費者に渡ります。一部はリユース・リサイクルされ、廃棄物が各行程から出て、それが最終処理されて年間5,000万〜6,000万tが最終処分場に行きます。政府は3Rというイニシアティブをとっていますが、この3Rでは鉱物採掘工程における廃棄物抑制が欠落しています。


最近の鉱物資源需要と供給

 現在、鉱物資源の需要は急増し、価格が急騰しています。この資源需要増大のエンジンは中国です。中国は世界の金属消費量の17%を占め、年率12%の伸びを示しています。世界の金属消費の伸びは年率2%です。年率2%というのは35年で消費が倍になるということです。日本は鉱物資源確保に関する国家戦略を欠いており、資源外交もありません。これに対し中国は、胡錦涛国家主席と温家宝首相が世界中で資源確保に奔走しています。しかし、鉱物資源というのは、中国がいくら確保しようとしても、アングロ・アメリカン、リオ・ティントグループ、BHPビリトンといった国際大資本が寡占支配しようとしています。現在、鉱物資源メジャーと言われる企業が15社ありますが、将来は3〜4社に収れんしていくものと見られています。
 2005年の全世界の鉱物資源探鉱費は51億米ドルに達しました。鉱物開発を歴史的に見ますと、1850年の産業革命の頃はヨーロッパが60%を占めていましたが、急速にシェアを失い現在では10%以下です。アメリカは第2次大戦以後生産を増やし40%近くにシェアを伸ばしましたが、現在は10%以下です。中国はまだ10%程度です。オーストラリアやカナダは20%を維持しています。それに対して伸びが著しいのは、南アフリカ、コンゴ、ザンビア、ブラジル、チリ、ペルー、インドネシアなどの資源豊かな発展途上国で30%を超えています。
 これに対して金属消費量は、2005年は1955年比、銅7倍、ニッケル17倍、鉛3倍、亜鉛6倍、ボーキサイト20倍と大幅に伸びています。供給サイドの不安定要因から価格は大幅に変動しています。供給サイドの不安定要因としては、鉱山開発と操業による環境汚染など地域社会への影響、すなわち、大量に発生するズリ(金属を含まない岩石)、テーリング(選鉱工程で発生する尾鉱)および有害化学物質、重金属による河川・海洋汚染などの環境問題、先住民の生存権、利益配分、汚職、ストライキ、暴動などが挙げられます。

鉱山による環境影響

 大規模な露天掘りは環境を著しく汚染します。露天掘りは樹木を伐採し、表土を剥ぎ、地面を掘り下げます。金の含有量は1tあたり0.3〜1gですから、金1gを生産するのに99万9,999gの岩石がズリや尾鉱として捨てられます。世界で1番大きな露天掘り鉱山はインドネシア西パプアにあるグラスバーグ鉱山で、アメリカのフリーポート・マクモラン社が開発しています。この鉱山は4,000m級の山頂にあって、1年間に1億6,000万tの廃石が捨てられ、環境に甚大な影響を与えています(写真)。天然資源の収奪、生態系の破壊、操業中の脱税行為などから暴動が発生し、インドネシアの正規軍が鎮圧に当たり、大勢の死者が出たといわれています。
 また、BHPビリトン社によるオク・テディ鉱山では、環境破壊に対する地域住民の反対が強く、2002年2月、同社は52%の権益をPNGSDPC(Papua New Guinea Sustainable Development Program Company)に譲渡し撤退しました。鉱山は2010年に閉鎖される予定です。PNGSDPCは配当収入によって環境復元・地域開発プログラムを実施することになっています。
 2002年における世界の鉱物資源の採掘量を試算してみました(下表)。これをどのように読むかというと、金を例に取ると鉱石を30.6億t掘って採取できる地金はわずか2,249tということです。地金2,000tを得るのに鉱石が30億tも捨てられるということです。


最善・最新技術の適用、そして消費を最小に

 鉱物生産には大量の廃棄物が伴います。これを川に放流すると甚大な自然破壊を引き起こします。私は鉱物生産を告発しようとしているのではありません。というのも、これらの鉱物なしでは現在の工業社会が成り立たないからです。その時々で最善・最新の技術を適用しなければなりませんが、自然破壊をゼロにすることはできません。だからこそ消費を極小にしなければなりません。
 最近、世界銀行が独立したプロセスとして行った「鉱物資源採掘プロジェクトへの世界銀行グループの関与に関するレビュー(EIR)」報告書による勧告(囲み)は興味深い動きです。
 先にも述べましたように、鉱山開発は自然破壊そのものです。必需品確保のための採掘を止めるわけにはいきませんが、少なくとも宝飾品に対する需要を消費者サイドから控える必要があると思います。例えば「金の結婚指輪を買いません」というような動きが必要です。
 国益と地球益の狭間の中で、わが国は真剣に資源戦略と外交を構築し、その戦略の中で技術開発、製品廃棄物からの資源回収、希少資源の代替材料の開発、資源教育などを行っていく必要があります。

「鉱物資源採掘プロジェクトへの世界銀行グループの関与に関するレビュー(EIR)」の勧告
  1. 開発プロジェクトによって直接影響を受ける地元住民、先住民への十分な事前説明と自由意思による同意を取り付けること、また開発に際しての強制移住は認めない。
  2. 非鉄金属鉱山のテーリングの河川への投棄は認めない。また深海テーリング投棄(STP)法による海底投棄は、安全性が完全に証明されるまで実施しない。
  3. 金鉱山で使用されるシアン化物の使用上のガイドラインを欧米並みに強化する。
  4. 鉱山閉鎖後の社会・環境修復のための対策と、その費用の積み立てなどの財務的措置を講ずる。
  5. 地球温暖化対策を優先して、石炭開発への融資を止め、脱石炭鉱山を目指す国への援助を強化する。また石油産業への関与を2008年までに止める。

(2006年7月25日東京都内にて)


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