マナス国立公園

(自然遺産、1985年指定)
Manas Wildlife Sanctuary

貴重な野生動物が生息する国立公園
  マナス国立公園はブータンと国境を接するアッサム州西北部に位置する。面積は2837kuと広大だ。地域は緩衝地帯(Buffer Zone)(2446ku)とコア・エリア(391ku)に分けられている。湿潤草原、準ヒマラヤ湿潤落葉樹林、準ヒマラヤ高地湿潤常緑林、低地湿潤サバンナ草原などからなる。絶滅の危機にある20種もの動物や鳥が生息することから種の保存上非常に重要な国立公園である。
  マナスは国立公園であると同時にトラを重点的に保護するタイガー・リザーブ指定地でもある。1972年にはトラは31頭しか生息していなかったが、1993年の調査では81頭のトラが確認された。ゾウ、サイ、スイギュウ、シカはもちろんのこと、ゴールデンラングールやボウシラングールなどのサル、コビトイノシシやベンガルショウノガンなど一度は絶滅したと考えられていた種も存在する。鳥は300種以上が確認されている。

マナスのトラの個体数調査結果
19721979198719891993
頭数31691239281
出処:マナス国立公園事務所

  ベンガルショウノガンはノガン科の鳥で、かつてはベンガル地方からアッサム地方にかけての広い地域に生息していた。しかし、その美味な肉を目当てに19世紀に乱獲され、現在では絶滅寸前の状況にある。マナスでは年間数羽確認されるにすぎない。
  コビトイノシシは体長30センチ程で、イノシシ科の動物の中で最も小型である。インド東部やバングラデシュ、ネパール、ブータンの湿気の多い草地に生息する。しかし、人間の居住地の拡大により、彼らが住める場所が狭められてきた。19世紀にはじめてその存在が確認されたが、その後絶滅したと考えられていた。再び1971年に発見された。マナス国立公園においては、コビトイノシシは背の高い草が生えている湿った場所に生息している。枯れ枝や草を集めて作った巣の跡はたびたび見かけられるが、小さな体格のため、発見が難しく、生息個体数は把握されていない。
  ゴールデン・ラングールは体毛が日光にあたると金色に輝いているように見えるオナガザル科のサルである。10から15頭位の群で行動し、木の実などを食料とし、樹上生活を送る。マナス国立公園の中心部を北から南に流れるマナス川右岸の丘陵地帯にしか生息していない。研究が進んでおらず、詳しいことは判っていないが、彼らが生息できる地形や気候は極めて限られていると考えられる。
  マナス国立公園では人間による干渉が比較的少なかったために貴重な動物が残されてきた。

「危機にさらされている世界遺産」に指定されたマナス
  1989年より反政府ゲリラがマナス国立公園周辺に出没するようになり、公園施設や職員もテロ攻撃の対象になった。数カ所の管理事務所が襲撃され、1994年までに6人の国立公園保護官が犠牲になった。公園は保全活動を放棄せざるを得なくなった。そして、密猟団がこの状況につけ込んで公園に侵入し、野生動物を殺した。これをふまえてユネスコはマナスを「危機にさらされている世界遺産」に指定した。
  ゲリラ対策のため特別訓練を受けた武装森林防衛隊1個大隊(写真42)を投入したり、軍・警察の協力を得てパトロールを強化した結果、1995年になって治安は回復した。観光客も訪れることができるようになった。しかし、動物の個体数調査はテロ以来中断されているので、被害状況は把握できていない。パトロール強化と公園の諸状況の調査が急がれている。

  公園は人為的干渉から動物たちを守るだけでなく、自然環境も守っていかなければならない。公園では毎年1月末から3月にかけて草地の野焼が行なわれる。残された灰が土の養分になったり、新芽を伸びやすくしたりと新陳代謝に役立つ。サイは草地にしか住めないので一定の草地面積を確保することはぜひとも必要なのである。

マナスのゾウ
写真40 パトロール用のゾウ。沼地、草が多い茂った森林を進むにはゾウが最適である。ゾウはゆっくり歩くが、その足は着実である。川を楽々渡り、密林では遮る枝や木を力強い鼻でなぎはらってくれる。また、人間は高い位置にいることになり、猛獣に襲われる心配もない。地上で無敵といわれるトラさえもゾウを恐れるのである。

住民と野生動物との衝突
  マナス国立公園の緩衝地帯には144の農村、約5万5千人が生活している。最近、野生のゾウの群と彼らとの衝突が激しくなっている。ゾウは畑を踏みつぶしたり、作物を食べてしまう。農民はそんなゾウたちに槍などで攻撃することがある。そのために野生のゾウは人間に対して警戒を強め、人を見ると突然攻撃を仕掛けることが多くなっている。

  治安が回復した今、国立公園事務所は復興策の一環としてエコツーリズムなどにも取り組みを始めた。

マナスに生息する絶滅の危機に瀕している動物:
トラ(Panthera tigris)、ゴールデンキャット、スナドリネコ(Felis viverrina)、ウンピョウ(Neofelis nebulosa)、マーブルキャット(Felis marmorata)、ビントロング(Arctictis binturong)、ドール〈アカオオカミ〉(Cuon alpinus)、ナマケグマ(Melursus ursinus)、インドゾウ(Elaphas maximus)、インドサイ(Rhinoceros unicornis)、アジアスイギュウ(Bubalus arnee)、ボウシラングール(Presbytis pileatus)、ゴールデンラングール(Presbytis geei)、ヌマジカ(Cervus duvauceli)、コビトイノシシ(Sus salvanius)、アラゲウサギ(Caprolagus hispidus)、ガンジスイルカ(Platanista gangetica)、インドセンザンコウ(Manis crassicaudata)

面積:全体で2837ku
   コアエリアは391ku

経緯
1928年野生動物保護区
1931年地域拡大
1955年地域拡大
1973年プロジェクトタイガー保護区
(タイガー・リザーブ)
1985年ユネスコ・世界遺産
1987年国立公園

関連情報:
  国立公園に入場するには入り口から約20q南のバルペタの町にある国立公園事務所で所長の許可をとり、所定の入場料を支払わなければならない。
  宿泊施設は公園の北端、ブータン国境のマタングリロッジのみ。食料が現地で調達できないため、材料を自分で用意する必要がある。料理はロッジの職員が作る。
  ゴールデンラングールは主にマタングリ付近のブータン国境側に生息する。ブータンへはパスポート検査なしで入ることができる。
  アッサムの中心都市グワハティからバルペタまで176qは列車または中距離バスを利用する。バルペタからマナス国立公園まではバスの定期便はない。

参考文献:
今泉吉典監修『世界哺乳類和名辞典』平凡社、1988年。
Agarwalla, Rajendra P., Manas News, Manas Tiger Project, 1995.
Grewal, Bikram; Israel, Samuel; Toby Sinclair (ed.), Indian Wildlife, Apa Publications, Singapore, 1994.
IUCN (The World Conservation Union), Paradise On Earth: The Natural World Heritage List A Journey through the World's Most Outstanding Natural Places, Patonga, 1995.
Nair, S.M., Endangered Animals of India and their Conservation, National Book Trust, New Delhi, 1992.

マタングリ
写真41 マタングリ付近のマナス川。対岸はブータン領である。この付近
にはゴールデン・ラングールや野生のスイギュウが生息する。

武装森林隊
写真42 テロ対策のためマナスに駐屯する武装森林防衛隊。

インド編目次に戻る



地球・人間環境フォーラム