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ホットレポート

ポン川汚染事件 

●タイのパルプ工場廃液処理を巡って

(財)地球・人間環境フォーラム 山口 尚孝

 驚異的な勢いで経済成長の道を突き進んできたタイでは、90年代になって公害や自然破壊が無視できない課題となってきている。本レポートではタイで最も貧しいと言われる東北地方で起こった開発と環境をめぐる象徴的な公害事件について報告する。

フェニックス社パルプ工場

 タイ東北部の中心都市コーン・ケーン(人口16万)郊外にフェニックス社のパルプ工場がある。同社はタイ、インド、イギリス、フィンランドの合弁で、タイ大手の製紙会社である。
 1987年、同工場にユーカリのチップを原料に使用するパルプ製造プラントが建設された。当初、地元では雇用創出につながると歓迎され、農民は休耕地を利用して育てたユーカリの木をフェニックス社に売却することにより、現金収入につながると喜んだ。また、ユーカリ植林によるパルプ生産はタイ政府の政策にも沿っており、経済成長による紙需要の増加もこうしたプロジェクト推進の追い風になっていた。

廃液による農地汚染

 1992年にコーン・ケーンの製糖工場から糖蜜の廃液が川に流出する事件が起こった。この事件がきっかけとなり、付近の川では水質調査が綿密に行われた。その結果、フェニックス社がポン川へ流している廃液が河川の汚染源の一つになっていることが明らかになった。その後、工業省の指導もあり、同社は「グリーンプロジェクト」と称し、排水を川へ捨てる代わりに、自社所有のユーカリ林へ灌漑用水として流し始めた。「廃液はもともとユーカリの成分から出来ているのだから、ユーカリ植生地へ戻せば、木が毒物を吸収し、水の浄化にもなり、灌漑の代わりにもなる」という理屈だった。ところが、プロジェクト開始直後からパルプ工場周辺の稲やサトウキビが枯れはじめ、収穫が激減した。何も育たないほど荒れた場所もあった。皮膚病を訴える農民も現れ、120の農家が被害を受けた。
 フェニックス社は約1,200haある自社所有のユーカリ林に日量3万tの廃液を放出している。ユーカリ林で吸収されなかった廃液はサトウキビ畑や田を汚染して最終的にはポン川へ至ると推測されている。

補償と解決策をめぐる対立

 農民たちは、工場廃液に含まれる塩素が作物の生育を妨げていると主張し、廃液放出を止め、適正な浄化装置設置などの廃棄物対策を行うこと、被害が顕著になった1993年にさかのぼって収穫減少への補償金と土地改良費を支払うことをフェニックス社へ要求した。1996年、会社は総額500万バーツ(1B=3.3円)の補償金を被害者に支払うことになった。しかし、この補償金は減収分を補てんするだけのもので、荒れた土地を元に戻すための費用は考慮されていない。浄化装置については費用がかかりすぎるため設置できないと、フェニックス社は回答した。
 被害を受けている農地約1,200haをユーカリ植林用にフェニックス社が買い取る計画もあるが、費用的な問題でまだ実行に移されていない。
 工業省はユーカリ林への汚水放出を禁止したが、水質は合格基準に達しているとして、同社のユーカリ林と川への排水を再び許可した。県による抜き打ち検査もあるが「フェニックス社は検査日を事前に知っていて、そのときだけきれいな水を流している」という噂も絶えない。また「大雨になると、雨水で廃液が薄まりやすいので、普段よりも垂れ流しの量を増やしている」とも言われている。フェニックス社のスポークスマンは、同社は汚染を認めたわけではなく、政府の指導があるから補償金を支払っている、とも述べた。
 廃液を吸収し続けているユーカリ林は良く育っているので、他の植物でも大丈夫なはずだと同社は主張している。また、同社によると、廃液のほとんどはユーカリ林で吸収されていて外の土地へは漏れていないという。農民側はそれに反論するための決定的なデータをつかんでいない。「政府が最も詳しい調査を行っているはずですが、結果は一切公表してくれません」と、農民を支援するNGO「ポン川復興計画」の代表アカニット・ポンパイ氏は言う。

問われる環境への理念

パルプ工場の近くにあるグトナムサイ村を訪れた。村では31の農家が被害を受けている。被害者リーダーのチャワン氏は彼の農地へ案内してくれた。タイでは面積をライという単位で表すが(2.5ライ=1ha)、以前は、チャワン氏の土地からは1ライあたり4千バーツの収益が上がっていた。土地が汚染されてからは800バーツにまで生産が落ちた。昨年、フェニックス社は彼に1ライあたり3千バーツの補償を行った。補償は一年限りで、今後何を植えても、健全な生育は見込めない。チャワン氏はフェニックス社と再び交渉する。


フェニックス社の廃液は同社のユーカリ林へ直接流される。水が真っ黒なのはリグニンのせいだが、普通の工場なら処理済のほとんど透明な水しか排出されない。付近のユーカリはよく育っているが、このような処理度の低い廃液が周囲の農地を汚染している可能性が高い。

 「ユーカリ植林はすぐ止めるべきだ」と主張する人もいる。ユーカリの木は比較的荒れた土地でも育ち、生育が早い代わりに地下水を吸いすぎ、他の植物の生育を妨げる化学物質を放出することなども指摘され、功罪両面を併せ持つ。この土地にユーカリを導入する際に気象条件や地質などを調査したかどうか疑問視されているが、この事件はユーカリの問題以前に、企業の産業廃棄物に対する考え方や政府の環境政策のあり方が問題の発端となっている。
 被害者のほとんど全員が「フェニックス工場は職場を提供してくれるので、コーン・ケーンからなくなってほしくない」と考えている。フェニックス社工場では3千人が就労している。そのうち700人ほどが付近の農村から通勤している。カセサート農業大学で学んだポンパット氏は持続可能な農業を根付かせたいと農村問題に取り組んでいるが、今は公害に対する権利・補償問題に力を注いでいる。「フェニックス社で働く地元住民の生活もかかっているので交渉には神経を使っている」と彼は語った。
 フェニックス社の進出は産業発展と農業開発という一石二鳥をねらったものだった。タイには他国と比べても遜色ない環境法がある。しかし、企業の利益至上主義、政府と企業の癒着、地元のマフィア的ボスの存在などにより、当初の理想とはかけ離れたものになっていた。公害企業から経済的利益を受け、生活しなければならない住民の、かつての日本の公害経験と同じ苦しみが繰り返されている。

今回のレポートは毎年行われている地球環境基金海外派遣研修により、タイの環境問題を視察した時の内容をもとに書かれています。研修に関するお問い合わせは環境事業団地球環境基金部まで(03-5251-1537)。

グローバルネット1998年4月号掲載)


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更新日 2003/12/17
名前 GEF


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