VII. 現行の保護区域制度


国際環境NGO FoE Japan

ロシアの保護区制度のルーツは革命前の貴族社会にさかのぼることができる。狩猟用地を指定し、繁殖のシーズンには土地使用や狩猟を一時的に制限して重要な猟鳥獣類を保護したのである。1919年に始まったロシア革命の後に立入禁止保護区 (ザポヴェドニク) (zapovedniks) が設けられ、1921年9月16日にレーニンが正式にザポヴェドニク憲章を記した。ザポヴェドニクは急速に広がり、特にヨーロッパロシアで顕著だったが、1951年末現在の立入禁止保護区は128ヶ所あり、1,200万ヘクタールを超える土地が保護されている。
 しかし、保護区の当初の目的はスターリンによってゆがめられ、自然のプロセスの保護と科学的研究の場とすることから、"経済が要請する事柄に奉仕するため、科学者が自然を熟知し、変化させることを学習する場" とすることに変った。そして1952年、経済に必要であるとして、スターリン政府は保護区の70%以上を中止、総面積はわずか150万ヘクタールに減少した。時間が経つにつれて多くは再建されたが、すでに伐採、採掘、その他の破壊行為が行われた後であった。1980年代半ばにやっと、1951年当時のレベルの120万ヘクタールまで回復した。

保護区のタイプ

現在、ザカツニク (zakazniks)により保護されている面積は、旧ソ連時代のザポヴェドニクの時のそれを大きく上回るが、保護が十分でないため "ペーパー・パーク" だという風評もある。国立公園は1983年の設置に始まったが、現在は、ロシアの生物多様性保護の重要手段の一つになってきている。この他、自然山岳地帯、地域自然パーク、伝統的自然利用地区 (TTP) 、立入制限林などの保護区がある。
ザポヴェドニク (立入禁止保護区) ザポヴェドニクは特定の生態系または景観 (ステップ、中央タイガ) の "サンプル" を保護するために設定される。ザポヴェドニクの中には特定の種の繁殖や越冬地を守るために設けるものもあるが、多くは生態系のサンプルの保全が目的である。旧ソ連時代には、国際連盟自然保全 (IUCN) のカテゴリーIに属するタイプの保護区 (ザポヴェドニク) が中心だった。保護レベルの最も高いものである。
 ザポヴェドニクには常設の科学研究所のある所が多いが、一部には、特にシベリアと極東ロシアには、こういう施設が現場にない所がある。1970年代以降、数ヶ所のザポヴェドニクが世界生物圏保護区に指定された。これは国連 "人間と生物圏" 計画にしたがって行われている活動であり、この計画は世界中に保護区のネットワークをめぐらすことを目指すものである。しかしロシアでは、こういうタイトルはもっと規模の大きい保護を指して使うのが普通である。極東ロシアには、カカムチャツカのクロノッキー・ザポヴェドニクと沿海地方のシホテ-アリニ・ザポヴェドニクの2ヶ所がある。ヤクートのウスチ-レンスキ(Ust-Lenskiy)・ザポヴェドニクも生物圏保護区に指定されるよう積極的に努力している。
 ザポヴェドニクの中では経済活動は厳禁とされているが、予算が削減されているため、小規模の観光を受け入れている所もある。ソ連解体後、ザポヴェドニクの土地での伐採、放牧、その他の産業活動の報告が増えてきている。ほとんどのザポヴェドニクには2キロメートルの緩衝地帯が設けられており、地域管理部が管理に当たっている。通常、管掌地帯では狩猟と魚釣りは許されるが、皆伐その他の大規模な天然資源採集は認められない。
 大部分のザポヴェドニクは連邦の環境保護・天然資源省の自然保護区管理課が管理に当たっている。極東ロシアの3つのザポヴェドニクーーケドロヴァヤ・パド Kedrovaya Pad') 保護区、ウスリースク保護区、極東海洋保護区−は全部沿海地方にあり、ロシア科学アカデミーが管理している。各保護区にいくらの予算を配分するかは環境保護・天然資源省が決めるが、ザポヴェドニク制度全体の予算は大蔵省が決定する。
 天然資源管理課の責任は重いが、ザポヴェドニク制度関連の包括的計画を行うのには職員の数が足りず、設備も悪い。したがって各ザポヴェドニクの責任者の肩には全体管理責任がいっそう重くのしかかっていて、国際交流、エコツアーの編成、その他、機会を逃さないで職員の給与と科学研究資金を確保する努力を続けている者は多い。ザポヴェドニクは所長1名、科学研究担当副所長1名、法規執行担当副所長1名で運営されているのが普通である。職員数は一般に40-80名である。

ザカツニク (野生生物保護区)

ザカツニクは、生態系または特定の動植物種を保護するためいくつかの経済活動を一時的にまたは永久に制限する時に設ける保護区である。特定のシーズンに限って経済活動を制限することが多い。ザカツニクは動物園、植物園、景観、地勢のカテゴリーに分かれ、営利目的の狩猟を規制して野生生物を保護するために設けられたものが大半を占める。ザカツニクは、IUCNのカテゴリーIVに属する。
 ザカツニクを設定できるのは連邦政府か地域政府である。地域ザカツニクは連邦ザカツニクよりはるかに数が多く、地域保護区ネットワークを中心になって支えている。ロシア全体では1,000を超す地域ザカツニクがあり、紙上の計算では4,400万ヘクタールの土地がこれで保護されている。連邦ザカツニクは69ヶ所、面積は全体で1,150万ヘクタールである。約70%が植物保護区、12%が動物保護区である。
 ザカツニク用土地賃貸の管轄機関は森林事業部 (木材割当地の賃貸を行う権限もある) と狩猟事業部 (狩猟許可証を発行する権限もある) である。連邦ザカツニクにはレンジャーが配属されているのが普通で、土地利用者に規制を守らせている。ザポヴェドニクとは違ってザカツニクは5年ごとに更新を行わなければならないため、地域内の長期的保全の観点から問題になっている。

自然山岳地帯

自然山岳地帯は、天然の物または人工の物で興味深いもの、ユニークなものを保護するために設定される。湖水、珍しい樹木やその群落、滝、洞窟、鳥類が集まる場所、美しい景観などが対象になる。保護面積は小さく、通常は100−500ヘクタールであるから生態系全体の保護は無理だが、いくつかの自然山岳地帯を集めて一つのもっと広い、ザカツニクザポヴェドニクなどの保護区にすることができるので、保全の手段として重要である。面積が小さいため、設立するのは他の保護区よりずっとやさしい。ザカツニクと同じく、土地利用者は自然山岳地帯の保護に責任を持たなければならないことが法律で定められている。環境保護・天然資源省の現地委員会が自然山岳地帯の管理に当たっているが、予算不足のため保護に当たる職員がいなかったり位置を示す看板さえ無い所があって、放置されたままの自然山岳地帯が多いのは残念である。自然山岳地帯はIUCNのカテゴリーIIIに属する。

国立公園

国立公園は、自然の生態系と文化遺産を保護し、そのかたわら教育活動とリクリエーション、学術活動、文化活動の指導が行える場として設定される。ザポヴェドニクは観光に利用できないが、国立公園にはこの役割が与えられている。一般に、国立公園は観光と特定の商業活動を認めるゾーンと、こういう活動をいっさい禁止するコア・ゾーンに分けられ、米国の国立公園の区割に似ている。ただ、ロシアでは独特の地勢の特徴や " 美しい " 景観を計画的に保護するよりは、むしろある生物圏内の代表的な生態系の保護を重視している点でザポヴェドニクに近く、この点は米国の国立公園と違っている。国立公園は面積の広いものが大部分なので、広い地域を大規模な産業活動から守るという大切な役割がある。1983年に導入された国立公園制度は、ロシアでは比較的新しい保護形態である。1公園の職員数は平均約120名。国立公園はIUCNのカテゴリーIIに属する。
 1995年1月現在のロシア連邦には23の国立公園があり、その総面積は440万ヘクタール、ロシアの領土の0.3%を占める。極東ロシアには今は国立公園が無いが、設立計画は多数ある。ザポヴェドニクと同じように、国立公園にも包括的管理制度がなく、大半は連邦の森林事業部が管理に当たっている。

伝統的自然利用地区 (TTP)

TTPは先住民の伝統的な土地を保護するための区域である。こういう地域を保護する総合的規則がロシアではまだ制定されていないが、ロシア極東地域全体では各地域政府がTTPの設置を進めており、今後はTTPの重要性がいっそう強まるであろう。TTPはIUCNのカテゴリーVIIに属する。

自然公園 (プリロドニエ・パーク) (Prirodniye parky)

1995年3月、ロシア政府は、新しいタイプの保護区として "自然パーク" を置くことを定めた連邦法を成立させた。この法律に、自然パークについて、 "自然保護、教育及びリクリエーションのため保留し、ロシア連邦の管理下に置かれる自然再生施設" と定義され、ロシア市民にリクリエーションの場を提供することに主眼が置かれている。自然パークは、地方政府と連邦自然保護・天然資源省との取り決めに基づいて設置され、地域が管理に当たる点が国立公園と異なるが、厳密に言うと、自然パーク設置の手続きははっきりしていない。この法律には、自然パークの設置手続きと用途が十分規定されていないのである。しかし、多数の自然パークが生態系の点でも経済性の点でも是認し得るものであることを科学者達が発表しているので、計画が打ち出されて行けば資金調達と管理の手続きももっと明確になるであろう。

民間の自然保護区

ロシア初の民間の自然保護区ムラヴィノヴスキー自然パークがアムール州に生まれたのは1993年である。国際ツル財団と日本野鳥の会、社会生態系連合アムール支部(SEU)が協力して、多数の土地使用者の合意を得た上で、地方政府からこの5,000ヘクタールの土地を借りた。現在はモスクワに拠点を置く非政府組織のSEUが管理に当たっている。このムラヴィノヴスキー自然パークは、ロシアの持続可能な形での開発のモデルであって、土地の開発をしりぞけるのではなく、現地の人々がその人たちのやり方で自然を守り、そのかたわら、生態系にやさしい産業 (リクリエーション、エコツアー、生態系にやさしい農業) を地域に育成することを目指している。

立入制限林

ロシアの森林事業部は、森林をグループI(上)~グループIII(下)の段階に分けている。

保護区制度に関する分析要旨

研究と自然の生態系保護のためだけに土地を保留するという概念は非常に立派である。ザポヴェドニクの精神は " 自然のために自然を保護する " ことにあるから、例えば " リクリエーションに持つ価値を保全する " など、重ねて正当化する必要はない。西洋では伝統的に、この精神を守れる国が仮にあるとしても数は非常に少ない。しかしロシアの保護区制度にも様々な問題があり、その多くは相互に関連し合っている。以下にその概要を記す。

保護区の連邦と地域の管理

ロシアは今、行政機構の集中排除が徐々に進んで大きな過渡期にあり、保護区制度もこの変化の影響を免れることはできない。連邦政府は、保護区の管理権限を持ち続ける力を次第に失っている。環境保護・天然資源利用省の天然資源管理課は、方針調整、財政問題、ザポヴェドニクの職員に関する決定権限をほぼ喪失している。
 地域管理部にも権限があるため、自然保護関連の連邦法を施行する天然資源管理課の権限はなお弱くなっている。地域法と連邦法が矛盾することが少なくないのである。保護区の管理責任者がはっきりしないケースが多くなった。連邦と地域と地方各政府の権限のバランスが不明確な状況は、土地所有、土地利用、課税など、他にも多くの面で生じている。連邦の中央管理が消滅したことを嘆く人は多いが、地域による管理を確立し、遠隔地の資源利用に振るわれるモスクワの力を徐々に弱めて行かなければ健全な資源管理は実現しないと考えている少数も少なくはない。モスクワと地域の関係がもっと明確になれば情勢は安定するであろう。

資金問題

過去5年間、形の如何を問わず保護区の予算に大鉈が振るわれ、初期の予算の30%前後で運営されているザポヴェドニクも一部にはある。そのため、法規の執行状態は後退し、科学研究プロジェクトは規模が縮小されるか中止されるかし、職員のレイオフがあり、少ない給与で働かざるを得ない者もいる。
 しかし、予算の不足だけではなく予算の配分のまずさにも問題がある。天然資源管理課は今も連邦最高のザポヴェドニク監督機関であるに関わらず、財政問題についてはほとんど発言できない。大蔵省がこの権限を握っているのである。予算配分に問題があることは国立公園もザカツニクも変わらず、国立公園の場合は、連邦森林事業部がその地域管理事務所に予算を分配し、地域管理事務所が国立公園予算の配分の全権限を握っている。しかし公園管理予算として特定された予算はなく、森林保全・利用予算とされているだけであって、これも普通は木材管理を指している。結果として、多くの公園地で営利目的の伐採が行われており、公園管理と基盤整備、観光施設に当てる予算は外部から調達しなければならなくなっている。ザカツニクは地域レベルでも連邦レベルでも予算不足に苦しんでいるところが大半を占め、 "紙上の公園" ではあるが、積極的な保護対策と言うには遠い状態である。

統一ある管理・企画立案機構の欠落

ザポヴェドニクザカツニク、国立公園の管轄がいくつもの政府省庁に分かれているため、省庁間で包括的な調整が行われない。生物多様性の保全と管理の業務を定期的に調整する場も持たれていない。そのため、例えば、地域のザカツニクと連邦のザポヴェドニクが隣り合い、同じ生態系を共有していてさえ、調整が行われることは滅多にない。  保護区に対する政府の管理権限が1989年以降弱化し続けてきたため、ロシアと外国のNGOが政府機関に協力して保護区制度の防衛と拡大に取り組むようになった。しかしこの動きにも明確化という問題はあり、これは先ず、ロシアの生物多様性の保護という共通の目標を持つパートナーとしてNGOを正式に認めることからスタートしなければならないであろう。管理と企画のレベルでの調整の欠落ということは、新しい保護区を誕生させる上での生物多様性に関する包括的戦略の欠落という別の問題を派生させる。十分保護されている土地が国土全体の1%程度しかないのであるから、新しい保護区の設定を急がなければならないロシアであるのに。

公的補助の不足

ロシア国民の間では保護区制度がよく理解されていない。国民の間には、ザポヴェドニクはエリート科学者のための保護区だという噂が行き渡っており、商業利用地から削られることを嫌っている。支持者を増やすため、政府とNGOは、先住民のためのTTP、民間公園、地域自然パーク等、新しい形の保護区の整備を進めている。こういう保護区では、経済的ニーズと生態系保護とをマッチさせることが望まれる。ロシアの自然に対する一般の意識が地方レベルで高まると、保護区制度に対する支持を広げるのに効果があるであろう。トラ、ツル、未開の森林など、その地域が人に知られるようになればロシアの人々も誇りに思い、周囲の自然を守る意欲も高まり、広大な森林を当たり前のこととも思わなくなるであろう。エコツアーはまだ生まれてほどない産業だが、ロシアの自然の生態系の価値を高めるのに役立っている。非木材製品国の内外で販売するようになると、これによっても、森林生態系を保全することの大切さに対する意識が深まるであろう。

不十分な生物多様性保護

現行の保護区制度には問題点が多々あるが、制度の拡充をはかることは必要である。現在、広大な保護区を設けたり、稀少な絶滅危機種の保全に力を入れる傾向があり、それも結構ではあるが、表IIに示す通り保護区の全体比がまだあまりにも低い :

表U 世界の自然保護地域
 厳正保護区(IUCNカテゴリーT)すべてのカテゴリー
(IUCNカテゴリーU−X)
世界3.04%5.17%
USSRを含むアジア1.314.26
USSRを含まないヨーロッパ0.997.01
北中米7.0310.82
南米3.355.96
アフリカ2.994.49
USSR1.071.09
資料:世界資源モニタリングセンター

 ロシア政府が保護区拡大の必要性を認めてから久しい。1991年、エリツィン大統領は、ロシアの国土の3%を西暦2005年までに保護すべきであるとの布告を出し、1994年4月チェルノムイリジン首相は布告572-rにより、西暦2005年までに計画、設置する保護区(国立公園とザポヴェドニク)を明らかにした。連邦政府が包括的布告を出すのはこれが初めてではなく、過去の布告がしばしば具体化されなかったように、この布告についても連邦政府に実行する意志があるのか、その予算があるのか明らかではない。しかし一歩の前進ではあるから支持されて然るべきである。しかしこの布告には、生物多様性の保護にとっても非常に重要な土地であるに関わらず、大規模産業開発の候補に上っている多くの土地が漏れている。石油開発の計画があるサハリン北東部の湿地帯、壮大なアジア・ロッテルダム計画がある豆満江デルタ地帯など、注目すべき名前もこの布告にはない。
 国際NGOも生物多様性保全計画の策定に積極的に取り組んでいる。1994年には世界自然保護基金 (WWF−米国) が「ロシアの生物多様性の保全」というタイトルで投資ポートフォリオを出し、この中で、保護区制度の強化と拡大を世界の基金拠出者に訴えた。だが、まだ、注目されているのは既存の保護区であってその計画ではない。
 新しい保護区の設置を急がなければならない。ロシアでは土地の私有化が着実に進んでおり、政府による土地の保護は既に困難の度を加えている。土地保護のため政府が民間の地主から土地を買わなければならない時には、経済的に買えなくなっているのではないだろうか。基盤整備や職員雇用の予算が今すぐ調達できなくても、自然保護地区指定予算は直ちに組むべきである。
学際的アプローチをとりつつ自然保護の優先課題を明らかにする必要性に対応し、地球の友−日本とウラジオストック植物園協会 (ロシア科学アカデミー極東支部) は1995年1月、ウラジオストックにおいて"ホットスポット" 会議を開催した。

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