人権、社会配慮、参加等とJBICガイドライン

 

地球の友ジャパン

松本 郁子

 

「地球の友ジャパン」では、これまで国際協力銀行などが融資を行う途上国での開発プロジェクトに伴う問題に取り組んでまいりました。そのなかで、1)地元住民への事業による社会環境影響についての十分な調査や説明、2)十分な情報公開のもとでの地元住民やNGOなどのステイクホルダーとの適切な協議、3)協議内容の事業計画への反映が行われず、地元住民やNGOなどステーイクホルダーとの合意なしに進められてきた事業が多くあります。こうした事業は、地域の環境や地元住民の社会的、文化的生活に破壊的な影響を与えることになると、国際的にも非常に大きな非難を浴びています。

 

事業は途上国政府や民間企業によって進められているものですが、私たちは、国際協力銀行が公的金融機関として、自身の融資する事業の実施地域あるいは周辺地域で環境や地元住民の社会的、文化的生活に破壊的な影響を与えないように確保していく責任があると考えています。そのためには、特に1)地元住民への事業による社会環境影響についての十分な調査や説明、2)十分な情報公開のもとでの地元住民やNGOなどのステイクホルダーとの適切な協議、3)協議内容の事業計画への反映をもとに地元住民などのステークホルダーと合意形成がなされていることを重視していく必要があるのではないかと考えています。そこで、私たちがこれまでに取り組んできた事例をご紹介しながら、ガイドラインの提言を通じてなぜこれらが重要なポイントだと考えているのかについてお話したいと思います。

 

● フィリピン、サンロケダム

フィリピン、ルソン島北部のコルディレラ山脈を流れるアグノ川。サンロケダム(345MW)はここに建設中の多目的ダムです。ダムの上流で生活する先住イバロイ民族は、川沿いに段々畑を耕し、日本の一昔前の田園風景を思わせるような生活を続けています。彼らはこれまでにアグノ川上流で2つのダム開発を経験してきました。ビンガダムとアンブクラオダム。鉱山開発が進み地域の山々はほとんど禿山と化しているこの地域の土壌侵食は激しく、ダム上流の川沿いに広がった村々は、ダム建設後次々に埋まっていったのです。貯水池にたまった土砂の引き上げや堆積で埋まった川の両岸での土砂の除去作業が細々と進められていなすが、上流の堆積は深刻化する一方です。さらに下流で進められる大規模ダム事業に反対することは十二分に理解できます。

 

先住イバロイ民族のリーダーは話してくれました。「自分はダムが出来上がってしばらくして死んでしまうだろう。しかし、自分たちの孫や子孫のために、ダム開発で散り散りになってしまったイバロイ民族最後の集落を残し、文化を引き継いでいきたい」と。しかし、ダムによる堆積の影響は上流にまで及ばないと、彼らの意向に反してダム建設は進められ、国際協力銀行はこれを支援してきました。

 

地元住民は専門家ではなく事業に伴う地域への影響について客観的な指標を適切に示すことはできないかもしれません。しかし、地域の川や田畑、森が彼らの生活にとって重要な自然資源であればあるほど、そこに大きなダメージが与えられることは彼らの生活手段そのものを破壊してしまうことになるのです。だからこそ、彼らは開発事業と真剣に向き合うのです。

 

地域の自然とともに生き、地域の歴史を見てきた地元の人々の事業に伴う危機感や懸念をくみとり、できるだけ早い段階から彼らの懸念を明らかにするための調査が行われる必要があります。そして彼らに納得できる形での説明を行い協議を続け、「(事業が)計画されている地域において社会的に適切な方法で合意が得られるよう十分な調整が図られていなければならない。」[1]と考えます。また、「特に、環境や社会に与える影響が大きいと考えられる事業については、(中略)早期の段階から、情報が公開された上で、地域住民等のステイクホルダーとの十分な協議を経て、その結果が事業内容に反映されていることが必要」なのです。

 

       先住民族の権利

先住イバロイ民族は80年代からサンロケダムへの反対活動を続けてきました。強い反対運動を行ってきたイバロイ民族は、結局事業者側にステークホルダーと認めてもらえず、十分な情報提供やコンサルテーションは行われてきませんでした。その後、事業に伴う先住民族の影響についてのレポートがNGOによって公開され、イバロイ民族はステークホルダーとして認められることになりました。2001年6月になってフィリピンの先住民族委員会は「事前に十分な情報を元にした先住イバロイ民族による事業への合意は行われていなかった」とする報告書をまとめ、先住民族権利法に定められている先住民族の権利として、事前に合意のないプロジェクトに関して中止の勧告が行われることになるかもしれない、という事態に発展してきています。ステークホルダーの範囲を狭く取り、情報提供や協議の手続きを制限することによって、結局事業は地域が「受け入れることができない影響」を及ぼしてしまうことになるのです。

 

サンロケダムは建設工事が始まって3年以上が経ちますが、ダムへの反対運動はますます大きくなる一方です。というのは、事業実施前にアグノ川流域の砂金採取で現金収入を得ている人々への影響についての調査や説明が行われてこなかったため、実際ダムができると砂金採取ができなくなると気づいた地域住民が最近になってダム建設への反発を強めているためです。アグノ川上流域の人々は雨季にはほとんどの世帯が砂金採取を行っており、これは流域住民の貴重な現金収入なのです。ダムが完成すると人々は現金収入の道をぱったりと絶たれてしまうことになるのです。事前に流域住民との十分な意見交換が行われていれば事前にその影響が調査され、そのマイナス要因についても十分配慮された上で事業が検討されていたはずです。

 

事業の経済性に関しては、発電、灌漑などプラスの影響が強調されがちですが、実際、事業に伴って地域社会の経済活動に及ぼすマイナスの影響は無視できないものです。提言では、「事業がもたらす環境及び社会への影響について、できる限り早い段階から、調査・検討を行い、これを回避・軽減するような代替案や緩和策を検討し、その結果を事業計画に統合しなければならない。このような検討は、社会・環境関連費用・便益をできるだけ定量的に評価し、事業の経済的、財政的、制度的、社会的及び技術的分析との密接な調和が図らなければならない」[2]とあります。

 

● 非自発的移住

さらにひどい影響を受けているのは移転世帯です。ダムによって741世帯が移転を余儀なくされていますが、かれらは川沿いの田畑や家屋を失っただけでなく、貴重な現金収入の道も絶たれ、生活再建のプログラムも家族が暮らしていくために十分な収入を得られるものとはなっていないのです。建設現場での雇用も限られている中で、ほとんどの移転住民は生活のあてもなく、新しいコンクリートの家で払えない電気や水道の請求書に途方にくれているといった状態です。

 

ガイドラインの提言では、「国際協力銀行は、その事業が環境や地域社会に受け入れることのできないような影響をもたらすことがないよう、(中略)適切な社会環境配慮が行われていることを要求[3]」していますが、地域の自然環境と強く密着した生活を営んでいる途上国の人々にとって、事業に伴う移住は非常に大きなリスクを伴います。また、土地を現金で買い取ることが新しい生活のための資金に必ずしもなっておらず、生活再建プログラムも必ずしも成功していかない中で、非自発的移住が「地域社会に受け入れることのできない影響」を及ぼす可能性が非常に大きいということができると思います。「非自発的移住及び生計手段の喪失は、あらゆる方法を検討して回避に努めなければならない」[4]と思っています。

 

● 国際協力銀行の情報公開

これまで、サンロケダムの事例を元に、プロジェクトにおける十分な情報公開と協議が行われその上で合意形成がなされていることを確認することが重要であるという話をしてきましたが、国際協力銀行がそれを確認するのはそう簡単なことではないと思います。そこで、提言では国際協力銀行が「借入人等から提供される情報のみならず、(中略)地域住民等ステークホルダー、NGO等の第三者から提供される情報も活用して環境レビューを行う」[5]としています。もちろん、そのためには審査前に十分な期間を取って、国際協力銀行の意思決定前に審査案件についての情報をホームページなどで公開する必要があります。世界銀行では公的部門への融資に関しては意思決定の120日前、民間部門には意思決定の60日前までに、案件情報を公開しています。

 

● 人権侵害

しかし、地域住民との合意形成がされているかどうかについて判断する際には、人権侵害、汚職、脅しなど地域の実情をさらに見えにくくするさまざまな要因があります。国際協力銀行が融資を継続しているケニアのソンドゥ・ミリウ水力発電事業(30MW)では、事業における社会・環境問題を指摘していたNGOのメンバーが逮捕、拷問を受けたり、地元での住民集会を建設請負会社の警備員によって解散させられたり、事業の問題点を指摘しようとした地元住民が暴行を受けるといった事件が発生しています。反対派の切り崩しのために、地域のリーダーに資金がばら撒かれているとのうわさも絶えません。タイのバン・クルッド石炭火力発電所でも、事業に反対する教員のグループに遠隔地への転勤などの嫌がらせや海外旅行への招待などで、反対派を切り崩すための工作が行われていたと聞きました。このような、地元住民やNGOの人権が十分に補償されず、政府や事業者による汚職が蔓延してしまっている地域でのステイクホルダーとの協議や合意形成には、非常に大きなゆがみが生じてしまうといわざるをえません。

 

人権の尊重について提言では「国際協力銀行は人権の尊重に関する国際的な原則や条約、規定に沿って融資等の業務を行う」[6]と明記しています。これらの条約や勧告等においては、性や人種、民族に関わらず、個人及び集団の権利の保障が各国政府の責務であるとされています。もちろん、人権は数値基準のように明確に規定できるものではありませんが、それゆえに国際協力銀行が、当該国の人権状況一般に関する十分な情報収集、ならびに融資検討において十分な配慮をはらうことが国際法上要請されるのです。人権は相対的な概念であり、実施国が条約を批准していない場合には押し付けになるのではないかという意見がありますが、国際人権法においては、人権の尊重および促進は普遍的絶対的な責務であり、国家主権に反しないことが確認されています。

 

● 地元自治体との合意形成

また、地元との合意形成において国や地元自治体との法的な枠組みにおける合意形成のみを重視することも、地元自治体と住民との認識の違いを無視することにつながり、これでは本当の意味での地元住民との合意を得たことになりません。タイのヒンクルート石炭火力発電所の案件では、現地の住民グループなどの話によると、事業者はプロジェクトの合意を取り付けるために関係行政組織に資金提供を行い、見返りにプロジェクトを支持する旨のレターを要求しているといいます。このような場合においても、国際協力銀行自身が政府や事業主体と別に地元住民らと会合をもち意見交換を行い、国内で適切な意思決定プロセスがとられているかを確認することが非常に重要になってくるのではないかと思います。

 

このような、非常に複雑な状況の中でどのように社会的な合意形成が行われていることを確保していくかということは大きな課題だと思います。一つの答えはないと思います。ガイドラインに書かれている社会環境配慮の考え方も一つの指標ではあると思います。国際機関などが採用しているグッドプラクティスなどを参照することもひとつだと思います。今日ここには、今後さまざまな形で事業に係っていくことになる方がお集まりになっていると思いますが、事業によって地域住民の方々に受け入れることができないような影響をもたらすことがないようにしていくために、この提言を一歩として、それぞれの立場でできることを実行していく必要があるのではないかと思っています。

 

● おわりに

最後に、99年の国際協力銀行法の国会での議論、付帯決議などを元に、開かれたプロセスで統合ガイドラインを検討するための研究会が設置され、具体的提案を出していく中で、立場を超えて研究会のメンバーと議論をすることができ、その結果がこうして一つの提言にまとまったことを本当にうれしく思っております。この全てのプロセスを支えてくださった国会議員の先生方とそのスタッフ、関係省庁、国際協力銀行、専門家の方々、NGOの皆さん、そして関心を寄せてくださった市民の皆さんにこの場をお借りしてお礼申し上げたいと思います。

 

国際協力銀行の環境ガイドラインが実際に策定されるのはまだまだこれからではございますが、この提言が実行に移されることによって、国際協力銀行の社会環境配慮政策は大きく改革されることになると思います。是非この研究会の提言を最大限に生かしたガイドラインを策定していただきたいと思います。ありがとうございました。

 

以上



[1] 「対象事業に求められる環境社会配慮」(6頁、7行目)

[2] 「対象事業に求められる環境社会配慮」(5頁、9行目)

[3] 「対象事業に求められる環境社会配慮」(5頁、4行目)

[4] 「事業者に求められる環境社会配慮」(6頁、18行目)

[5] 「銀行による環境社会配慮のレビュー」(7頁、36行目)

[6] 「まえがき」(3頁、1行目から)