国際協力銀行の環境配慮ガイドライン統合に係る研究会  様

 

              国際協力銀行の環境ガイドライン統合に関する意見

 

拝啓

              国際協力銀行の環境ガイドライン(以後、新ガイドラインと略称)作成に

              向けて皆様が過去6回会合し、討議を重ねている努力に改めて敬意を

              表します。

              次回の会合において、環境配慮の確認をテーマに討議される予定との

              ことですので、この問題点に関する私見を述べて皆様の討議の資料に

              追加させて頂くことと致します。

敬具

2001119

 

 

                                                                                    大東文化大学法学部

                                                                                    苑原俊明(そのはら としあき)

                                                                                    東京都板橋区高島平1-9-1

                                                                                    03-5399-7376

 

 

1.問題点の提起

2.先住民族の扱いについて

3.先住民族の権利に関する国際的動向

4.終わりに

以上

1.問題点の提起

 

 現行のガイドラインでは、国際金融業務等にかかるプロジェクト案件で、

 開発途上国で実施されるもののなかで「少数民族あるいは先住民族の居住

地」においてなされるものを、「環境影響が大きくなりうる」カテゴリーに区

分しています。このsensitive areaの特性をとらえて環境配慮の適切性の判断基

準として、「社会環境、特に非自発的な移転を余儀なくされる住民および周辺

住民に対して、説明が十分なされるなど、住民の同意が得られるための適切な

配慮」を明記している点は評価されます。

一方で、円借款における環境配慮のためのガイドラインでは、こうした開発に

伴って影響を受けやすい「少数民族あるいは先住民族」などの社会集団のこと

が言及されていません。

こうした非一貫性という問題がありますが、さらに指摘したいことは現行ガイ

ドラインが、特に先住民族の社会および文化の特性、そして現在国連などの国

際フォーラムおよび国際法文書のなかで承認され、または討論されているこれ

らの民族の諸権利のことについて考慮されていないことです。

このため、国際協力銀行が開発援助の公的機関としてプロジェクトを実施する

際に配慮しなけらばならない国際的な責務が、現行文書では十分に取り扱われ

ていないことを指摘したいと思います。

(この問題に関連して、昨年10月の第2回会合での討議資料「JBIC新ガイド

ラインに盛り込まれるべき事項(6稿)で、環境アセスの範囲のなかに「特

に先住民族の社会・文化等」が提案され、本年19日の第6回会合での討議

資料「国際協力銀行(JBIC)による環境審査について」において、環境審査の

考慮事項に「先住民族の社会・文化」が含まれていることに注目したい)

 

2.先住民族の取り扱いについて

 

世界の先住民族のうち「圧倒的多数」がアジア地域にいるとされています。

1)では先住民族とは誰のことでしょうか。世界銀行が1991年に作成し

た業務マニュアル4.20およびアジア開発銀行の1998年の先住民族政策

に関する政策ペーパーでは、それぞれ先住民族の属性をあげています。その一

つ一つを詳しく分析することは避けますが、共通する要素として、(1)先祖

から受け継がれた土地およびその天然資源に密接の関連を社会および文化のな

かでもつこと、(2)ほかの集団と異なる文化的同一性(identity)を持つこと、

3)慣習的な法律、政治制度による社会であることなどがあげられます。

 

 

 

 

 そして社会の多数派が志向する「開発」の過程で、不利益を受ける社会的に

 弱い立場の集団であることです。ただし、その文化や言語、社会は多様な展

開をみせていますから、すべての状況を反映する「単一の定義」を設けること

は不可能とされます。(2)一方で、国連の場では、国際人権保障との関連で

いくつかの定義がなされています。ここでは、1986年の国連人権小委員会

の先住民に対する差別問題」特別報告者の報告および国際労働機関が198

9年に採択した「独立国における先住民族および部族民に関する」169号条

約を紹介します。前者は、委員会での研究報告における作業上の定義として、

「植民地化または侵略の前に」その固有の生活領域で暮らしてきた人々で、現

在では政治的な支配を受けているものの、固有の社会と文化的な同一性を維持、

発展しようとする集団をあげています。

この定義では、当該民族の社会の歴史的な連続性が重視されており、先祖伝来

の土地の占有、独自の文化や言語、生活様式の存在をその判断の要素にあげて

います。(3

これに対して169号条約では、征服もしくは植民地化の時点ばかりでなく、

「現在の国境が画定されたときに、その国または国に属する地域に居住してい

た住民」の子孫であるため先住民族と「見なされている」人々で、法律上の地

位に」関係なく固有の文化、社会を守ってきた者も先住民族としています。よ

って、現在の生活の本拠となる土地へ比較的最近移住してきた者も該当します

し、その居住する「国」の法律では先住民族として認知されていなくても、本

条約は適用されます。(4

この二つの定義では、問題の集団が先住民族であるかどうかならびに個人が当

該集団の構成員なのかどうかを決める基準が、当該集団自体の「自己認識」

(self-identification)によるとしています。(5

そうすると、新ガイドラインでは先住民族の定義について限定的な記述を設け

るよりも以上の文書を参照した実務的な運用を行うことが必要でしょう。

では、先住民族をほかの個人や「少数民族」と異なった取り扱いをすべき理由

は何でしょうか。第一の理由は、先住民族の存在のしかたが、独自の特性をも

つことが上げられます。日本政府が批准した、市民的および政治的権利に関す

る国際条約(いわゆるB規約)の27条では、締約国での「少数者」に対する

 

 

 

権利が保障されていますが、当該条文に関して規約人権委員会(当該条約の実

施を国際的に監視する機関)が次のような一般的意見を採択しています。

 (27条の対象である)文化には、多様な表現の形態があるが、特に先住民

族の生活様式は、その土地の資源の利用と結びついている。(6

一般には、少数民族が自らの意志によりほかの国・地域に移住した場合に、当

該居住地と結びつく「生活様式」が前提とされる訳ではありません。委員会は

問題とされる集団が(少数民族でもあるが)先住民族である場合については、

伝統的な経済活動を行い、先祖伝来の土地で暮らす文化的な権利を認めて、締

約国が積極的に尊重するようもとめています。(7

 また日本政府が批准した人種差別撤廃条約は、先住民族に対する差別問題に

も適用可能であって、適用の上で締約国が尊重しなければならない権利に関し

て人種差別撤廃委員会(同条約の実施を国際的に監視する機関)が、次のよう

な一般的勧告を採択しています。

 先住民族に対して、その文化的特性と両立できる持続可能な経済的および社

会的発展が可能となる条件を、締約国が提供するよう要請する。(中略)

 先住民族に対して、その共有の土地および領域ならびに資源を所有、開発、

管理および利用する権利があることを締約国が認め、権利を保護するよう要請

する。(8

 

 これらの人権条約機関の意見または勧告に関して、条約規定を順守する上で

締約国は尊重するよう求められています。

ですから、新ガイドラインにおいては「先住民族」という集団の権利を尊重す

るうえで、別個のカテゴリーに入れて考慮する必要があります。

 

 

3.先住民族の権利に関する国際的な動向

 

 では、現在の時点で先住民族が国際社会でいかなる権利を持つのでしょうか。

 前記の少数民族としての権利の展開に加えて、先住民族は「先住民族それ自

体」としての権利を主張しており、一部は国際法となっています。

前記の169号条約は、「先住民族の持つ社会的、文化的、宗教的、精神的価

値および慣行を承認し保護すること」そして「民族が占有しまたはそのほかの

 

形で利用する土地およむ地域と、当該集団とが」結びつく「集団的」側面と「

文化的および精神的価値の重要性について、それぞれ締約国による尊重を定め

ています。そしてこの原則のもとで条約は、先住民族(および部族民)の土地

の所有権と利用権を保障し、条約規定に従うことを条件として、先住民族の非

自発的移動を制限してもいます。(9

 

(この条約は2001年1月1日現在、14カ国が批准して発効しています。)

 

 一方で、現在国連人権委員会の作業部会では、先住民の国際10年(199

5年より2004年)の期間内で国連総会による採択を目指して、先住民族の

権利に関する国連宣言案が検討されています。(10)

この宣言案では、先住民族の自決権の承認を前提にして、政治的、経済的、文

化的、社会的および精神的な権利が「最小限の基準」として盛り込まれていま

す。同案の10条で先住民族の非自発的移住は、原則禁止されており、「自由

で十分な情報を得た上での同意」と公平で公正な補償に関する合意」がある

場合(そして可能な場合に、もとの土地への帰還についての合意の後に)のみ、

移動が認められるのです。一方で、第26条では、土地のほかに「大気、水域、

沿岸海城、海氷、動植物および」そのほかの資源を含めた「総合的な環境」に

関して、所有、開発、管理および利用の権利を保障しています。そして第30

条では、資源開発などで先住民族の土地と領域、資源に影響をおよぼすプロジェクトに関しては、国家の認可に先行して先住民族の「自由で十分な情報を得

た上での同意」を要件とさせる先住民族側の権利を含め、当該民族が開発の優

先順位と戦略を決定し、展開する権利を持つとしています。

前述の世銀の文書では、「先住民族が、世銀が融資したプロジェクトから悪影

響を被らず」その文化に適合する社会的、経済的な利益を享受するよう謳って

おります。また、規約人権委員会の判例法として、先住民族の文化に影響する

大規模開発について、締約国が当該民族の文化的権利を守り、開発の意志決定

過程に当該民族を「効果的に参加」させる措置をとるよう求めています。(1

1)

 

4.おわりに

 

 

 以上の考察から、新ガイドラインは少なくとも「先住民族」に関わるプロジ

ェクトの実施との関連で、個別の項目を設けて「環境配慮」を行うべきである

こと、ならびにその「配慮」のチェックリストに、国際社会で承認されている

当該民族の諸権利の尊重と実現を加えるべきであること、を要請いたします。

 

(注)

(1)真実一美ほか「世界の先住民族」明石書店、1992年、231頁。

(2)柳下み咲「国際機関における先住民族問題の取り組み」国立国会図書館

   調査立法考査局「外国の立法、先住民族特集」32巻2・3号、32頁。

(3)同上、29頁。

(4)田畑茂二郎ほか「国際人権条約・宣言集」東信堂、1994年より一部

訳を修正

(5)条約の13項。報告ではパラ381.

(6)宮崎繁樹ほか「解説国際人権規約」日本評論社、1996年、262頁。

(7)同上、262−263頁。

(8)CERD General Recommendation 23 (18/08/97)

(9)条約の5条、13条−16条。

(10)柳下、前掲書の22頁以降。ただし訳は一部修正した。

(11)宮崎、前掲書の263頁。