国際協力銀行(JBIC)による環境審査について  討議資料(第3版)

 

 

このペーパーで議論の対象とする「環境審査」は、JBICが借入者から要請を受けてから、支援についての正式な意思決定を行なうまでのプロセスを指す。JBICによるプロジェクト審査は、経済的・財政的・技術的側面も含めて総合的に行われるものであるが、ここでは特に、環境および社会面に関するプロジェクト審査に焦点を絞る。

このプロセスでは、JBIC自身の環境・社会政策と基準に照らして事業による影響およびその対応策を確認し、また審査結果を意思決定に反映することにより、支援するすべてのプロジェクトが環境・社会面から持続可能であることをJBICの責任において確保することが求められる。

この役割を十分に実行するために、ガイドラインでは以下について示すことが必要であると思われる。

         責任ある審査を行なうための明確なポリシーと基準

         アカウンタブルな審査を保証するための明確な手続き

         借入者が審査要件に沿って十分な環境配慮を行うための要求項目とガイダンス

         ガイドラインの十分な実施を確保するための体制整備の必要性

         国際的動向や科学的知見の発達を踏まえたガイドラインの定期的改正の必要性

 

以上の点を踏まえた上で、3つのポイントから詳細を述べる。

 

I. 環境審査のポリシーと基準

 

1.環境審査に関する基本的考え方

1−1.環境審査の目的

@  支援する事業が環境や社会、人々に被害を与えないことを確保するため、すべてのプロジェクトについて環境審査を行なう。

A     支援を要請されている事業の社会・環境影響は十分に予測されているか、影響を最小限で受け入れ可能な範囲にとどめるための対応策は適切に検討されているか、環境・社会対策を含むプロジェクト管理の効果的で十分な実施が期待できるか、ステイクホルダーの意見が十分に反映されているか等について確認する。

B     事業者による環境調査や対策が不十分であると判断される場合には、必要な情報の提出や、追加的行動を求め、それが達成されない間は審査を中断する。

C     JBICは、環境審査に基づき当該プロジェクトの支援が環境・社会の持続可能性の観点から照らして妥当なものであるかどうかを判断する。審査が完了するまで、「事前通報」など最終的な支援のコミットメントは与えない。

D     審査結果を、ローン・アグリーメント(L/A)等、支援提供に関する最終意思決定文書に確実に反映させる。

E     JBICは、支援を受けようとする事業主体に対し、プロジェクトの早期段階から必要な環境・社会配慮の基準を通知しアドバイスを与える用意があることを知らせる。また、そのための能力構築に努める。

 

1−2.審査の原則

@       最新の科学的知見に基づき客観的な判断を行なうこと。

A       審査のスコープと基準を明確にする。

B       審査のための情報源は、事業者によって提出されるスクリーニングフォーム、フィージビリティー・スタディー(F/S)、EIA等に限定されない。広い視野から客観的な情報確認を行なうため、地域住民やNGO、専門的知見を有する関係者などから有益な意見や情報を求め、最大限に活用する。

C       当該国の法制度や社会慣習、通例を十分理解した上で審査を行う。

D       手続きや役割分担を明確にすることで、チェック・アンド・バランスの考え方に基づき多様な意見・情報を収集する。

E       責任ある判断を行ない、審査プロセスの透明性とアカウンタビリティーを確保するため、審査情報は整理して文書化し、公開することを原則とする。

F       JBICは、この原則に沿って審査を行うための体制と能力を備えるようにする。

 

2.       審査において考慮されるべき事項

 

2−1.環境・社会影響評価のスコープ

l        自然環境

l        人権、健康、安全、社会影響

l        非自発的移住の発生・主たる生計手段の喪失

l        先住民族の社会・文化および権利

l        文化遺産や景観等に対する影響

l        国境を越えた影響、地球環境への影響

l        関連する影響の評価

JBICの支援が求められている事業が、それと一体不可分なプロジェクトの一部をなしている場合(大規模植林・伐採と一体不可分なパルプ工場建設、ダム建設に伴う灌漑プロジェクト等)、あるいは他事業との関連で累積的な影響が予測される場合には、関連する事業についても環境情報を求め、ガイドラインに沿って確認を行う。全体として環境への影響が受け入れがたいほど大きい場合、可能であれば改善を求め、不可能であれば支援を行わないこととすべきである。

 

2−2. 影響評価の基準

影響評価の基準として、一般的には次のようなものがある。

l        当該国・地域の法律・政令・条例

l        国の環境計画や開発計画等の上位計画

l        国際条約

l        国際的に認められた基準・グッドプラクティス

l        他の国際機関により提示されている基準・グッドプラクティス

 

さらに各項目について、具体的な基準を示す必要がある。

@    自然環境

         ラムサール条約、生物多様性に関する条約、バーゼル条約などの諸国際条約。各国の環境計画など。

         自然保護地区や国立公園に多大な影響を与えないこと。

         生物多様性、希少生物の生息地に多大な影響を与えないこと

A     人権、健康、安全、社会影響

         ウィーン宣言及び行動計画、国際人権規約、リオ宣言、国連人権機関の諸勧告、女性差別撤廃条約、北京行動綱領

         当該国の排出基準、日本や国際機関の排出基準、世界銀行汚染防止ハンドブック等

         当該地域における経済活動や社会活動は十分把握されているか。自然資源に依存した経済活動や生活維持、文化等について確認されているか。

         女性の経済・社会活動、資源利用の状況について確認する。プロジェクトは女性の人権、経済活動、労働、健康に負の影響を与えないか。

         貧困層、特に女性に与える影響について分析を行うこと。プロジェクトは貧困削減の目標にどのように貢献するか。

         その他脆弱な集団を特定し、特別の配慮の必要性について検討すること。

 

B     先住民族

         ILO条約、ADB先住民族ガイドライン、世界銀行先住民族政策、先住民族の権利に関するその他の国際法文書。当該国の先住民族開発計画等

         先住民族が土地及び自然資源を基礎とした固有のライフスタイルを持つことに鑑み、土地その他資源の占有および利用に関する集団の権利が保証されること(法的権利が保障されている場合にとどまらない)。

C     非自発的移住及び生計手段の喪失

         世界銀行の非自発的移住ガイドラインOD4.30(OP4.12,BP4.12はドラフト)

         プロジェクトによる非自発的移住や生計手段の喪失は、あらゆる方法を検討して回避されなければならない。プロジェクトにより人々の生活の質を悪化させることは、開発援助の原則を損なう。非自発的移住を含む計画をJBICが支援するのは、以下のすべての条件が満たされるときに限られる。

       直接影響を受ける人々の事前の自由な合意なしにプロジェクトを進めてはならない。影響を受ける人々やコミュニティーが理解できるように、提案に関する十分な情報提供と説明、協議が行われること。脅迫や不正確な説明が行われず、移住者等の権利が十分に保障されること。

         影響を最小化し、被害を十分に補償するために、コスト面で裏づけのあるResettlement & Rehabilitation Planが策定されること

         移住者等に対しては、生活の質をプロジェクト前より向上させ、少なくとも悪化させないよう、十分な補償及び支援が実際の移住の前に与えられなければならない(法的権利が保障されている場合にとどまらない)。これには土地や金銭による十分な(土地や資産の損失に対する)被害補償、持続可能な代替生計手段の支援、移住に伴う精神的苦痛に対する補償とケア、移住費用の支援、移住先でのコミュニティー再建のための支援等が含まれる。

       R&R Planの作成、実行、モニタリングには影響を受ける人々やコミュニティーの参加が促進されること

D   水資源開発

   世界ダム委員会最終報告書

E   文化遺産や景観等に対する影響

       登録された文化遺産を損なわないこと

       登録されていなくても地域住民に重要な意味を持つ文化的景観や自然的景観

F   国境を越えた影響、地球環境への影響

・気候変動枠組み条約、モントリオール議定書、世界銀行国際河川政策(OP7.50)など

 

2−3. 提出された情報の質

@      予測やモニタリングの基礎となるベースライン情報

A      ゼロ・オプションを含む詳細な代替案が適切に検討されているか

B      F/Sおよび環境アセスメントは当該国の所定の手続きに沿って正当に行なわれたか。

C      F/SおよびEIAのTORと作成者が明記されていること。

D      事業実施に関わる法律や環境計画等の一覧

E      F/SおよびEIAの情報の新鮮さ

       F/SおよびEIAが行われてから実施までに時間が経過したり、経済・社会・法的条件や現地の社会文化状況等諸条件に変化があった場合には再調査を行う仕組みを設けるべきである。

 

2−4. 環境・社会配慮のための対策

@      負の影響を回避する方法は十分に検討されているか。どうしても回避することができない場合、その種類と規模、回避できない理由が説明されていなければならない。さらに影響を最小化→代償する措置についても同様に検討すること。

A      影響予測に対応する詳細な環境アクションプラン(コスト調達や実施時期の情報を含む)が検討されているか

B      コスト調達やスケジュール等の面から実行可能でよりよい対策が選択されているか。その効果は科学的に十分な裏づけがなされているか。実施することにより新たな問題が起きる可能性はないか。

C      対策と併せて、予見される影響と対応する十分なモニタリング計画を作成すること。

 

2−5. 事業実施者の能力

借入国/人および事業実施者の環境管理能力についても、実施中あるいは過去のパフォーマンスなどを参考にして考慮に入れる。

 

2−6. 借入国の環境関連制度

環境アセスメント制度など借入国の環境関連制度の質、また環境省等の管理能力など。

 

2−7. プロジェクト実施に影響する現地状況(人権、ガバナンス等)

         言論の自由をはじめとする基本的人権が保障されていないところでは、環境・社会情報の収集や協議・意思決定は適切に行われ得ないことを十分認識して、現地の人権状況について情報を収集し、審査において考慮すべきである。特に直接影響を受ける集団やその他のステイクホルダー、社会的に脆弱な集団の基本的人権の保障については、これらの集団の発言力や情報へのアクセスなどに十分な注意を払って確認すること。

         汚職防止に関して十分な取り組みがなされていない場合には開発プロセスが大きく歪められる可能性があることを認識し、審査において考慮に入れるべきである。

 

2−8. 情報公開と協議

@       EIAやF/Sは当該国で公開されたか。その時期と方法、言語は。

A       公聴会等、住民に直接情報提供し、意見交換する機会はあったか。

B       ステイクホルダーは資源に対する権利や影響を受けるリスクに照らして適切に選択されているか。

C       プロジェクトの必要性、詳細計画、影響等について、ステイクホルダー、特に直接影響を受ける実施地域の住民に対し、協議に先立って十分な情報を提供すること。

D       聴取された主な意見はそれらに対する回答とともに記録し、最終案に反映すること。

 

II. 環境審査の手続き

 

1.          手続き策定に関する基本的考え方

         上記に述べた審査の原則・基準に基づき、明確な審査手続きを内外に広く示すべきである。ODA業務が「円借款要請準備のためのオペレーショナル・ガイダンス」で定めているようなプロジェクト審査手続きや基準については、OOF業務も公開資料とすべきである。

         金融形態によってはJBICの関与のタイミングや方法に違いがあるが、社会・環境に関するポリシーと基準はすべてのプロジェクトに貫徹されなければならない。この原則に基づいて、金融形態の特性に応じた効率的・効果的な手続きを定める必要がある。

         審査プロセスの透明性とアカウンタビリティー確保のため、提出される情報や作成される文書の種類とそのタイミングを明らかにすること。

 

2.       スクリーニング(詳細については別紙意見書を参照)

         スクリーニングの基準は、事業特性、地域特性、影響の規模を基準として、ODA業務とOOF業務共通のものが用いられるべきである。

         常に情報をアップデートし、重大な影響が明らかになったり計画に変更があった場合にはカテゴリー分類を見なおすことができるようにする。

 

3.       金融形態に応じた手続き

         ツー・ステップ・ローン、プログラムローンなど、金融形態の違いに応じて効率的・効果的に環境情報の確認を行なうことができるよう、必要な手続きを定めるべきである。

         事業が複数のフェーズに分けられている場合には、最初のフェーズのモニタリング・評価結果を十分に反映して次のフェーズの審査内容を検討するべきである。

 

4.       情報公開と意見の受け付け

         市民に対する説明責任を果たし、また関心を持つNGOや専門家から有益な情報を得て審査に役立てることができるよう、JBICは常に市民からの情報を受け付ける体制を作るべきである。特に審査ミッションの前に十分なコメントの時間を確保することが重要であると思われる。

         情報公開に関する明確な手続きや方法をNGO等と協議の上早急に策定すべきである。

         最低限下記について定めることが必要。情報が追加・アップデートされたら順次公開する。

@支援検討プロジェクト情報の公開

 JBICに対する支援要請があった時点もしくはJBICが審査を開始した時点で、少なくとも次の情報を公開すること。-----プロジェクト名称、場所、実施者、資金規模・調達、事業概要

ODAでSAPROF対象案件の場合は、その前に余裕を持って情報が公開されること?)

Aカテゴリー分類およびその根拠 (カテゴリー分類の決定後すぐに)

B環境アセスメントレポートおよびF/Sレポート

申請者より提出があれば即時に、最終決定の少なくとも120日前までに公開。

C審査の所見を記した書類(=役員会提出資料?) (役員会開催○○日前に)

D交換公文(E/N)

EL/Aと環境・社会関連契約事項(契約締結後)

Fモニタリングレポート(到着後すぐに)

その他

 

5.       審査ミッション

 カテゴリーAプロジェクトは必ず、カテゴリーBも必要に応じて、EIAその他の文書審査に加え、環境社会開発室が参加する審査ミッションを派遣する。この際、直接影響を受ける住民や関心を表明しているグループ等とも会合を持ち、広い視野から社会環境影響の確認を行うこと。

 

6.       審査結果の反映

   審査の所見は、環境室の確認を経て、ローン・アグリーメント等の契約文書に確実に反映させる。

   支援について検討するJBIC役員会に環境・社会情報を通知し、意思決定に反映させるようにする。

   ODAの場合、環境審査が完了する前に政府によるプレッジが行なわれることがないよう、政府と協議して厳正な手続きを定めるべきである。

 

7.       環境社会開発室と業務部の役割

環境社会開発室は全てのプロジェクトについて、環境・社会面から適切な配慮がなされていることを確保する。環境社会開発室のクリアランスがなければプロジェクトが進行できないよう手続きを確立する。

業務部は、環境社会開発室と協力して環境・社会配慮を行ないながらプロジェクトを進行させること。

 

8.       審査の独立性の確保

特に影響の重大なプロジェクトや異論の表明されているプロジェクトについては、審査の質を高めるために独立した審査委員会を組織し、意見を求めることができるような制度を確立すべきである。この際、審査のプロセスの透明性が確保されなければならない。

 

III. 借入者向けの要求項目とガイダンス

 

1.         環境審査の項目に沿った要件の明示

JBICは借入者に対し、環境審査の項目に沿って環境配慮を行い十分な情報を提示することができるよう、最低限の要求項目を明示すべきである。特に以下については明示して実施を求めるべき。

         EIAに含まれるべき項目(世界銀行OPを参照)

         EIAおよびF/Sの現地における公開

         EIA作成過程におけるコンサルテーション(特にカテゴリーAに該当するものはスコーピングおよびドラフトEIAの段階)

 

2.       環境アセスメントのグッド・プラクティス

環境アセスメントは、望ましい結論に向けて当事者間の情報交流を行い、社会的合意形成をはかる手続きであり(原科、1994。寺田、1999)、多くの開発支援機関はアセスメントの適切なプロセスを確保するためのグッド・プラクティスを示している。事業者に対し適切なアセスメントの実行を求めることは、審査による開発の遅滞や多大な追加的コストを避けることになり、実施主体者および金融機関の双方にとってメリットであるとも認識されている。JBICは世界銀行やOECDのガイドラインなどを参考にし、国際的に認められた水準を満たす環境アセスメントのグッドプラクティスをガイドラインに示すべきである。

         EIAの内容がF/Sに適切に反映されていることが望ましい

 

 

3. ガイドライン・マニュアル等の充実

         JBICは、ODA事業・OOF事業間の経験の共有と蓄積をはかり、事業者向けガイドラインやマニュアルの充実に努めるべきである。

         現在用いられている「社会配慮ハンドブック」等はさらにNGOや専門家等との協議を経て内容を向上させ、ODA・OOF共通に活用すべきである。

         ダム開発や森林、住民移転や先住民族など諸特性を伴うプロジェクトを扱うにあたっては、すでにさまざまな国際機関等が作成しているグッドプラクティスやガイドラインなどを活用し、申請者へのガイダンスおよび審査の参考情報として利用すべきである。

         国際的な経験の蓄積や科学的知見の進展にあわせ、これらの情報は常に追加・アップデートできるようにしておく。