苑原 俊明

 

1 先住民族と開発

  前回の意見では、先住民族の社会および文化の特性として各民族集団の同一性(identity)が、その伝統的な居住環境に密接につながっており、社会の多数派の志向する「開発」の過程で不利益を被る「社会的に脆弱な集団」としてとらえうることに言及しました。(1)

 そこで開発援助に当たる機関が、こうした集団の保護との関連で事業の立案と実施の面において先住民族に対して保障し、尊重すべき権利でとくに重要と思われるものについて説明します。

 

2 事業の立案

 1986年の国連総会の「発展の権利に関する宣言」(2)では、「国は、住民全体およびすべての個人が、発展およびそれがもたらす利益の公正な配分に、積極的、自由かつ有意義に参加することを基礎にして、これらの者の福祉の恒常的な改善を目指す、適切な国家の開発政策を立案する権利と義務を有する」(2条3項)としています。この積極的で自由かつ有意義な「参加」という要件は、1993年の世界人権会議のウイーン宣言・行動計画(3)において特に「先住民にとっての関心事項に先住民が完全かつ自由に参加することを確保する」国家の義務として定められています。(I-20

このいわゆる「公衆参加」という要件は、先住民族の場合に土地および資源と密接に結びついた生活様式、固有の文化に対する権利の保障にも関連することは前回の意見で述べました。(4)

  一方で先住民族の社会、共同体の持続可能な社会開発の側面では、1995年の社会開発に関するコペンハーゲンサミットで「国は、社会統合を推進するにあたり、安定し、安全で、公正な社会ですべての人権の促進と保護、非差別、寛容、多様性の尊重、機会均等、連帯、安全ならびに不利な立場の、脆弱な集団と個人を含めた、すべての人々の参加」を「誓約」しております。(誓約の4)

 では、事業の立案ではこの「参加」で十分でしょうか。

前回の意見で触れましたように、現在国連では「先住民族の権利」に関する国際基準づくりが進行しています。その権利の中核をなす自決権から派生して、先住民族が伝統的に占有しまたは利用する土地・資源に影響する「開発」については、国家による「認可」に先行して、関係民族が「自由で十分な情報を得た上での同意」がなければならないとしています。(5)

従って先住民族の場合には、「参加」と協議の機会のみならず最終的な「同意」を表明しうる手続きを、開発事業者は用意すべきでしょう。

 

3 事業の実施

  前回触れたILO169号条約では、先住民族は「その生活に影響する開発の過程について、みずから優先順位を決定する権利を有する」(7条)とされます。また国連宣言案では、関係民族が「開発の優先順位と戦略を決定し、展開する」(30条)とも規定されています。

このことから、先住民族には自決権からの派生として、その「経済的、社会的、文化的発展」に「参加」することばかりでなくて、発展の内容を決め、その利益を「享受」する権利があるともいえます。(6)

具体的に先住民族社会が必要とする「開発」のあり方は、当該集団が決めるということになりましょう。

  この関連で指摘したい点は、事業実施に伴う「非自発的移住」の扱いです。円借款における環境配慮についての現行指針で4つの項目をあげています。これらは地域住民一般との関連で重要な配慮項目でしょうが、先住民族については不十分な規定と考えられます。ILO169号条約の規定において、先住民族が土地と環境に対して集団的な「文化的、精神的価値」を持つことを認めており、無条件には移動の強制を認めていません。さらに国連宣言案では、原則として強制移動を禁止しております。(10条)

ですから、関係民族の「自由で十分な情報を得た上での同意」と「公平で公正な補償」(可能な場合に、先祖伝来の土地への帰還)が保障できない場合には、「非自発的移住」を行わないよう配慮すべきでしょう。

 

(1)世界銀行業務マニュアル4.20およびアジア開発銀行先住民族政策文書より。

(2)大沼保昭、藤田久一「国際条約集」2000年版、有斐閣ではdevelopmentを「発展」と訳しているが、ここでは「開発」と同義であると解釈した。

(3)前掲書。

(4)規約人権委員会の一般的意見。

(5)先住民族の権利に関する国連宣言案。柳下み咲「国際機関における先住民族問題の取り組み」国立国会図書館調査立法考査局「外国の立法、先住民族特集」32巻2/3号の翻訳を一部修正。

(6)発展の権利宣言1条および国際人権規約共通1条も参照。