「持続可能な原材料調達 連続セミナー」より

2006年5月30日

世界の漁業は今

井田徹治(共同通信社科学部)

世界の漁業資源の危機

 世界の漁業資源は今、危機の状態にありますが、それは消費者の目には見えていません。
 FAO(国連食料農業機関)の漁業白書(SOFIA)によると、漁業資源の獲得量は9,000万トンと、中国を除くと横ばいです。
 2004年のFAOの統計では、世界の漁業資源の52%は生物的生産量の最大限まで漁獲しており、これ以上漁獲量を増やしていけば危険レベルに達します。17%はすでに過剰漁獲、7%は枯渇している状態で、世界の漁業資源は4分の3が危機的な状況にあります。
 漁業資源の減少は世界的規模で進んでおり、とくに公海の漁業資源の減少が深刻になっています。高度回遊性のサメ類の50%以上、マグロ、カツオ、カジキ類は30%が減少の危機にあります。排他的経済水域と公海にまたがって生息する魚であるタラ、ヒラメなど魚全体の66%を占める魚類への被害も深刻です。
 カナダ・ダルハウジー大学のランサム・メイヤーズ教授らのグループは、太平洋、大西洋、インド洋など4カ所の大陸棚での漁獲量の推移を2003年、「ネイチャー」誌に発表しました。それによると太平洋や大西洋のマグロ、タラ、ヒラメなどの主要な魚は、漁業活動が盛んになったあと10〜15年の間に80%減少し、その後も減少傾向にあり、過去50年では約90%も減少しているということです。
 また、食物連鎖の上位に位置する大型魚類の漁獲が進むと漁獲対象が次々と下位にある中型魚類、小型魚類へと移行し、海洋生態系の破壊と海洋資源の枯渇が進むという解析結果も発表されています。
 乱獲のせいでクロマグロ、ミナミマグロはほぼ全海域で、メバチなども一部の海域で減少しています。日本人には身近な魚であったサバも、日本の近海では乱獲の影響でとくに深刻な状況です。1970年代に年間400万tあった漁獲は今では5万t以下になっています。
 ウナギは日本、北米、ヨーロッパのすべてで、資源は急激に減る一方、消費は急激に増えています。20年後にウナギは絶滅してしまうのではないかというのに日本の消費量は伸び、中国からの輸入が増えています。中国はウナギの稚魚をヨーロッパから輸入して養殖をしているのです。

漁獲送料の30%は違法操業

 なぜこういう危機が起こるのでしょうか。一つには「乱獲の経済学」と呼ばれる現象で、公海漁業は乱獲が起こりやすいということがあります。公海では参入自由の原則があるので、自分は漁獲を制御しても隣人が自由に参入して魚をとってしまいます。これは、「コモンズの悲劇」とも言われます。人類の共通財産である公海資源に少しでも多くの利益を求める人びとが殺到してしまう結果、資源の劣化は必然で避けられないというものです。
 世界の各地域には、漁業管理組織、例えば、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)、みなみまぐろ保存委員会(CCSBT)、全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)などがありますが、公海漁業を監視することは非常に困難です。
 ルールを破り、規制を無視し、無制限に魚を獲る「IUU漁業」(違法、無報告、無規制の漁業)が横行しています。IUU漁業による損害額は年間95億米ドル(約1,000億円)と試算されています。FAOとIUCNによるとIUU漁業の世界の漁獲総量に占める割合は30%といわれています。商品価格の高い種、例えば銀ムツやマグロに至ってはIUU漁業のために正規の漁獲割り当ての3倍以上が漁獲されています。マグロ漁には国際規制逃れのために便宜置籍船が横行し、産地偽装も行われています。

見えない危機

 私たちはこのように漁業資源枯渇に直面していながら、危機が見えていません。危機を見えなくするものは何でしょうか。
 海にはまだまだたくさんの魚がいて市場をにぎわせていますが、漁業資源の崩壊は突然やってきます。「ヒット&ラン」といってある漁場で魚が獲れなくなると漁場を変えるのです。また、ある種の魚が少なくなると、それによく似た魚で代替されます。タラに代わってホキ、マサバに代わってタイセイヨウサバなどです。
 また、養殖・蓄養漁業も拡大しています。ウナギやマグロは大規模に養殖され、価格を押し下げています。養殖といっても稚魚の親がなくなってしまえば、再生産できなくなります。養殖は危機の根本的な解決にはなりません。
 ここで一つ問題提起をします。マサバの代わりにタイセイヨウサバでいいのでしょうか? 中国産の安いマグロやウナギでいいのでしょうか? 安ければいいのか、という問題です。
 魚が食卓に上がるまで空輸や養殖で、どれほど環境負荷をかけているかを考える、フードマイレージやエコリュックサックという考え方が必要ではないでしょうか。さらに、情報公開も十分にする必要があります。情報公開が不十分では食べ物の出所、来歴、環境へのインパクトなどを消費者は知ることができません。

想像力と行動を!

 魚の資源危機にどのように対処すればよいか。2、3解決策を紹介します。
 まず、ラベリングと認証制度です。資源管理努力を評価しようという情報公開の一環で、これを徹底するとフリーライダーを市場から排除することができます。
 次に、トレーサビリテイを向上し、出所、来歴を消費者に情報提供をし、生産者の責任を明確にするのです。すでに多くの実例があります。
 また、検査体制の強化や摘発権限の強化など、地域の漁業管理機関を強化することです。貿易的措置を実行し、非加盟国からは製品を買えないようにすればいいと思います。保存管理措置に合意する国のみが、資源の利用機会を有するようにするのです。
 国連公海漁業協定が2001年12月に発効しました。2006年2月15日現在の締約国はG8、EU(欧州連合)、豪、NZ、印、ブラジルなど56カ国で、日本も今年ようやく批准しました。絶滅する前に漁獲を制限しようという予防的アプローチですが、主要な漁業国では中国も韓国も入ってはおらず、今後中国をどのように説得していくかが問題です。
 漁業危機に対しては、行政、生産者、流通関係者、消費者、NGO、研究者などすべての関係者が解決に向けて努力する必要があります。危機はグローバルですからグローバルな対応が必要です。身近な食品にも消費者は関心を持ち、情報が得られるようにしなければなりなりません。日本は大漁業国であると同時に大消費国です。日本に国際的な目が向けられていることを自覚しなければなりません。何よりも重要なことは、もっと大切に、もっとありがたい気持ちを持ってシーフードを食べることです。
 遠い海で起こっていることに思いをめぐらせることは難しく、海の魚がなくなるとは誰も想像してはいませんでしたが、それが現実に起きかかっているのです。米国ニュージャージー州の前知事トム・キーン氏が9.11事件のときにこう言いました。「これは政策、管理、能力の欠如である。そして何より想像力が欠けていた」。私たち環境問題を考えるとき、欠けているものは想像力であり、さらにもう一つ、行動も欠けているのです。

(2006年5月30日東京都内にて)

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