II. ホットスポット地域の現状


生態系

対象地域

極東ロシア(ロシア極東地域)はロシア連邦の国土の東3分の1を占める。南は中国と、南東は北朝鮮 (朝鮮民主主義人民共和国) と境を接し、日本との距離はサハリン島 (樺太) からは50キロメートルに満たず、沿海地方( Primorskiy Kraiy)からも200キロメートルに満たない。ロシア北東端のチュコート(Chukotka)とアラスカを隔てるベーリング海峡も幅が狭い。アジア北東部は中国 (上海以北 )と北朝鮮、韓国、日本、極東ロシアが構成しているのである。東海岸最大の都市ウラジオストックからモスクワへは9,000キロメートル以上、7倍の面積がある。

面積

極東ロシアの面積は663万平方キロメートル、ロシア連邦の40%を占め、その広さは米国の国土の3分の2を超える。ヤクート (Yakutia) 共和国 (サクハ Sakuha)だけでもアラスカの2倍の面積がある。

気候

北東部のヤクートは北半球でも最低気温 (-71゜ C) を記録する厳寒の冬、南部のアムール川とウスリー川の流域は酷暑 (40゜C) の夏という具合に、極東ロシアには北極から亜熱帯までの気候帯が混在する。この気候帯はいくつもの山岳地帯によって不規則な流れに分断され、太平洋沿岸はずっと北の方まで穏和な気候に恵まれる一方、南部でも高山の尾根では常に亜北極気候が続く。
 太平洋とオホーツク海に面しているので、極東ロシアの南部 (沿海地方、ハバロフスク地方、アムール州東部) と、ある程度はマガダン州東部とカムチャツカ西部も、モンスーン気候帯に入り、南から強い季節風が吹き込む夏は湿度が高い。秋も湿気が多く、沿海地方は特に湿度が高い。冬は、強い大気団がシベリアから東へ次々吹き寄せられるので寒く、乾燥する。春は長く、涼しい。
 マガダン州内部とアムール州西部、ヤクート全域はシベリアの気候、すなわち "大陸性" 気候である。冬は長く、乾燥し、非常に寒い。太平洋岸に沿って走る山脈に遮られて温暖な海洋性気候が内陸まで入り込めないのである。極東ロシアのほぼ75%は永久凍土帯に覆われ、夏は表面が融けて湿り気を帯びるが、耕作できる土地は非常に少ない。

地勢と生態系

極東ロシアは、約75%を台地、山岳地帯、1,000-2,000メートル級の山で占められている。カムチャツカの大火山帯はなお高度があり、4,750メートルのクリュチュフ火山も混じる。残り25%は平野であり、アムール川とその大きな支流−ゼーヤ川、ブレヤ川、ウスリー川−の沿岸部が最も肥沃である。作物の栽培には最も適しているので、人口の大部分がこの平野部に集中している。
 北岸には北極海が広がってベーリング海峡に続き、ベーリング海峡を隔ててアラスカがある。東海岸は太平洋に面し、千島列島に至る。まるでポケットのよう包み込まれ、おそらく世界一豊かな漁場であろうオホーツク海は 日本の北、ロシア極東地域の東に位置する千島列島に囲まれている。日本海は、沿海地方とサハリン南部の海岸に暖流を運んでくる。
 植生も、気候帯と同じように水平方向に不規則な流れを描き、温帯に始まる森林が北部深くまで入り込み、亜北極の植生が山岳地帯沿いに南下している。極東ロシアの植生は大きく次の4本の帯に分けることができる :
 北極ツンドラ地帯 : コケやスゲ、各種の草木のエリアが点在するツンドラ地帯は、北極海沿岸をさらに北へヤクートとチュコートまで細いベルト状に続く。
 ツンドラ地帯 : 北極ツンドラ地帯の南に広がり、ヤクートではまだ細いベルト状だが、チュコートとカムチャツカ北部、マガダン州の一部、ハバロフスク地方北部の大部分はツンドラ地帯である。この地域は冬は植物が育たず、極めて寒く、砂漠のように乾燥する。夏は灰色の北極のコケ(Arctic moss)が一面を覆い、動物と渡り鳥の食料基地となる。ツンドラ地帯の南部には、風と浅い土壌と寒冷で乾燥した気候のため成長を妨げられる矮性のマツとカラマツが、特異な水平の陣形をつくって生育している。この中に混じる大木は大部分が、大きな河川沿いに育つカラマツであり、まれにポプラとヤナギを散見する。
 タイガ : タイガは極東ロシアの心臓部を形成する広大な北方針葉樹林帯を言い、北緯70゜-50゜の地域に広がっている。山岳地帯の周辺にはまだツンドラが残るが、南下するにつれて徐々に複雑な様相が加わる。タイガの北部は、永久凍土でも育つカラマツの林が多く、中央部と南部ではトウヒ、チョウセンマツ(Korean pine)、モミ、ヨーロッパマツ(Siberian pine)などの林が現れ始める。
 チョウセンマツ(Korean pine)−広葉樹林帯 : この植生は、沿海地方の大半を南北に走ってハバロフスク地方南部に入るシホテ-アリニ (Sikhote-Alin') 山岳地帯に沿い、タイガ地帯の南に広がっている。ロシアではこの森林帯を "ウスリー・タイガ" と呼ぶが、シホテ-アリニ山岳地帯から北西に流れてアムール川に注ぐウスリー川にちなんでいる。シホテ-アリニ山岳地帯の南、北朝鮮と中国両国との国境のま東には針葉樹林も広葉樹林も観察される。
 これらの地域で最後の氷河期を生き延びた針葉樹と広葉樹の林は、全地球上の温帯林の中でも、植物と動物の種が豊富な点で屈指の地域になった。
 北方針葉樹林帯の樹木が、チョウセンマツ、カエデ類、カンバ、モミ、ライムなど、温帯と亜熱帯に生育する樹木種とともにこの地で生き伸び、熱帯のつる植物、有名なチョウセンニンジンやウコギ(eleutherococcus)などの薬草類も加わって、複雑な植物相が形成されている。極東ロシアの希少な絶滅危惧種も大部分がこれらの森林で生命を支えられている。中国、日本、朝鮮半島では、既にこのような森林の破壊が大きく進んでしまった。

植物相と動物相

北極地帯にはシロフクロウ、ホッキョクギツネ、ウズラシギ(sharp-tailed sandpiper)、ジャコウウシ、ハクガン(Chen caerulescens)、トナカイ、その他種々の動物が生息している。チュコートのウランゲル島とヘラルド島は、ホッキョクグマ (Ursu maritimus) の個体数が世界一多い。バライロカモメ(Ross's gull) (Rhododtethia rosea) の巣は世界全体で50,000程度であるが、その大部分がロシア極東地域北部で発見され、ヤクートは、残存する約2,000羽のシベリア・シロヅル(Grus leucogeranus)の巣の多い所である。
 カムチャツカ半島は世界最大のヒグマの生息地で、その数は20,000頭と推定されている。カムチャツカ半島の川とその岸辺は世界一豊かなサケの生息地である (2メートル近くもあるキングサーモンもいる) 。北太平洋のオットセイ、トド(Steller's sea lion)、ラッコ (Enhydra lutis lutris) もオホーツク海とカムチャツカの沿岸に群生している。旧ソ連時代の海鳥の個体総数の3分の2以上、推定450万の番が、ベーリング海とオホーツク海の沿岸に生息し、残存するオオワシ(Steller's sea eagle)(Haliaeetus pelagicaus)の大部分もここにいる。タイガの森林はヒグマ、アメリカクロクマ、オオカミ、クロテン、リス、オオヤマネコ、ヘラジカ、野生のイノシシ、クズリ、何百種もの鳥類で溢れている。
 アムール川とウスリー川の流域は、世界の7種のツルのうち5種の生息地である。ウスリー川沿いのタイガは残存数250と推定される、世界最大のネコ科動物 アムールトラAmur (or Siberian)tiger(Panthera tigris altaica)のホームグラウンドである。この他、絶滅危機種の動物でこの生態系を共有しているものにはヒマラヤクロクマ(Ursu tibetanus ussuricus)、オオヤマネコ、ゴーラル(シロイワヤギ. Nemorhaedus caudatus)、シマフクロウ(Blackiston's fish owl) (Ketupa blackiston)、キエリテン、ツシマヤマネコ(Far Eastern forest cat) (Felis euptilura) がある。アムールヒョウ(Far Eastern leopards)(Panthera pardus orientalis)はわずか30頭ほどしか残存ていないが、北朝鮮の国境沿いのクロモミ(black fir)林がその生息地である。沿海地方だけでも、総数で植物は1,500種以上、哺乳動物は約100種、鳥類は約400種、チョウは200種以上を数える。

産業


極東ロシア 産業の動向

日本の対ロシア極東地域投資
1970年代初めに日ロ間で一連の大型資源開発プロジェクトに関する協定が締結されて以来、日本は主要な貿易相手国として現在に至っている。1990年代は、港湾と鉄道の基盤整備プロジェクトに日本企業の関心が集まっている。ロシアを経由する新しい日中貿易ルートを完成させるプロジェクト、ロシア極東地域からの原木、石炭、貴金属の輸出拡大に結びつくプロジェクトもその一つである。また、サハリンの石油開発プロジェクト、現在交渉が進められている第4次シベリア森林開発協定 (KS産業プロジェクト) などの大型投資もある。第3次までのKS産業プロジェクトにより、4,000万立米を超える木材 (原木が大部分を占める) が伐採用器機と交換に日本へ送られた。

RAIESジョイントベンチャー
ロシアと米国とノルウェー3国の企業によるあるジョイントベンチャーでは、ロシアの木材を放射線照射処理し輸出することが計画されている。これには、木材に放射線を照射して中にいる害虫を殺すプラントを7ヶ所、ロシア極東地域に建設する計画も含まれている。米国には現在、木材の中にいる害虫によって北米の森林に被害が出ないように、ロシアから輸入する木材は害虫駆除処理をしたものでなければならないという規制がある。

北東アジア開発銀行の設立
冷戦の影から抜け出たロシア極東地域と中国は中央計画経済から市場経済へ移行する歩みを続けている。アナリストは、ロシア極東地域と中国の有力地域と北朝鮮で一つの北東アジア経済共同体を形成すると、安全保障上の脅威が薄らぐとともに、日本と韓国には広大な地域の未開発資源への門戸が開かれると言う。北東アジア開発銀行の設立は、資本集約型の巨大なエネルギー・プロジェクトや基盤整備プロジェクトに融資が行われることを示唆するものである。

ロシア極東地域における開発銀行と外国政府
多国籍開発銀行及び外国政府の関与と投資が増加している。

上記プロジェクトの詳細は「セクション V」を参照されたい。

人口

ロシア極東地域の現在の人口は9,268,000である。労働キャンプに服役囚が送り込まれたため、1928年から1959年の間に人口が約150万から500万前後に増加した。現在も1平方キロメートル当たりの居住人口が約1.3人であるから、なお人口密度が世界一低い地域の一つである。居住地域は、他より気候が温暖で、土地が農業に適している沿海地方(2,312,000)、ハバロフスク地方(1,600,000)、アムール州(1,062,500)を初めとする極東ロシアの南部に集中している。この南部地域では人口が他地域を抜いて増加し、マガダン州とカムチャツカを初めとする北部地域の人口は減少傾向にある。ロシア極東地域では人口のほぼ80%が都市部に集中している。

大都市

ウラジオストック(人口 648,000)
ハバロフスク(人口 518,000)
コムソモルスク・オン・アムール(人口 319,000)
ペトロブロフスク-カムチャツカ(人口 273,000)
ブラゴベシェンスク(人口 214 ,000)
ヤクート (人口198,000)
ナホトカ(人口 166,000)
ユージノサハリンスク(人口 165,000)
ウスリースク(人口 161,000)
マガダン(人口 152,000)

主要資源

森林事業部は、ロシア極東地域の木材資源を210億立米超と試算している。この森林の50%以上がヤクートにあるが、生産性が最も高く、交通の便が良いのは南部 (ハバロフスク地方、沿海地方、アムール州、サハリン州) の森林である。南部の森林には、マッシュルーム、シダ、チョウセンニンジン、様々な薬草など、重要な非木材林業製品(NTFP)も多い。
 ロシア極東地域の石炭資源は180億トン、その80%がヤクートにある。石油とガス資源 (高グレードの石油3億800万トン、ガス15兆立方メートル) は主としてサハリン島とヤクートに存在するが、ハバロフスク地方、マガダン州、サハリン島、カムチャツカ半島を縁どる大陸棚沖合いにも相当広大な資源が眠っている。千島列島とカムチャツカには地熱エネルギー資源がある。
 金と銀は主としてヤクート、マガダン、ハバロフスク、アムール、カムチャツカの諸地域に存在する。ヤクートは世界第二位のダイヤモンド資源を誇り、ロシア全土への供給を引き受けている。ロシア極東地域における鉄鉱石の確認埋蔵量44億トンの大半はヤクート南部に存在する。ロシア極東地域にはこの他、スズ、アンチモン、タングステン、水銀、鉛、亜鉛などの重要資源がある。
 海洋資源はおそらくロシア極東地域最大の財産であり、漁業資源は2,900万トンと推定される。タラとイワシがロシア極東地域の漁獲量の85%を占め、他には主としてサケ、カニ、エビ、ホタテ貝、ウニなどがある。オホーツク海46%、千島列島北部の沿岸水域18% 、日本海12% 、ベーリング海11%、カムチャツカ東海岸7%、という分布である。

主要産業

連邦政府は原料供給地としてロシア極東地域を開発、都市は全て1ないし数ヶ所の資源採集地の周辺に建設し、例えばウゴレゴルスク (石炭の町) 、ネフテゴルスク (石油の町) などと名付けている。地域経済の多様化にも地元の加工施設整備にも再投資がほとんど行われなかったため、経済は非常に不安定である。現在は原料 (木材、魚類、石炭、ダイヤモンド、金、等) が未加工のままヨーロッパロシアに出ており、対外輸出に回る量が増えている。最大の産業は漁業で、貴金属の採鉱、機械製造、林業などがこれに次ぐが、どの産業も、1989年以降生産高の減少が続いている。工業総生産高はハバロフスク地方と沿海地方が最も高い。

林業

林業はロシア極東地域の総工業生産高のほぼ10%を占め、伐採、狩猟、その他の森林利用に携わる村落が集まる多くの地域で社会の屋台骨をなす産業である。1989年以降木材生産量が低落し続けているため、伐採を生業とする地域の打撃は大きく、失業者が多数出ている。1994年の木材生産量は約2,000万立米、1991年の25,669立米に比べて大幅な落ち込みである。このような状況の背景には、連邦補助金の削減、内需の萎縮、運賃と燃費の高騰、連邦による森林独占の崩壊、交通の便の良い木材用森林の減少、次第に生木材輸出に向かう動きが市場に出ているため商品価値のある樹種のみに業界が走ったこと等の動きがある。
ソ連時代には、木材伐採は割当生産高を達成することが重視され、生産性向上や伐採技術には関心が薄かった。大量の廃棄物は現在も問題であり、加工の過程で失われる量は伐採される木材の40-60%に達する。開発国の4倍の量である。木材の副産物と落葉樹類の活用度を高め、付加価値のある製品を製造して樹木1本当たりの収入を増やし、廃棄物を減らし、雇用を創出して地域社会に貢献できるように、原木の提供地という立場を離れて現地での加工態勢整備を目指すことが林業には求められる。
 外国資本と適切な林業用機械があれば、廃棄物の削減も、付加価値を生む加工を中心とする持続可能な林業の誕生も可能となろう。だが、ロシア極東地域で営業中のジョイントベンチャーの現状をみると、加工に重点が置かれているとはとても思えない。例えば大手木材会社とジョイントベンチャーを組んだヒュンダイ・コーポレーションは1990年から沿海州地方で伐採を開始したが、現在に至るまで原木しか輸出していない。ハバロフスクにあるグローバル・フォレストリー・マネージメント・グループ(GFMG)のジョイントベンチャーも、力を入れているのは原木輸出のようにみえ、出荷した木材が既に日本の港に届いている。GFMGは現地に製材工場を建設することを検討しているが、まだ実行されていない。生態系にやさしい林業用機械を持ち込むのは、その気があれば外国企業にできないことではなく、そうすればロシアの旧式の技術が入れ換えられることにもなるが、今のところ提供されているのは伐採用機械だけである−急傾斜など、生態系が壊れやすい場所での伐採ペースを上げることのできる機械である。
 木材会社は、原木輸出による短期的利益を求めて伐採の速度を早めており、さらに、交通の便のよい森林がどんどん減っているので道路もない奥地の開発を狙ってもいる。シホテ-アリニ山岳地帯と日本海沿岸の森林地帯にはロシア極東地域の中でも有数の豊かな森林があり、港にも近いので、次のターゲットにされているようである。燃費と運賃が高騰したこと (そのためシベリアから鉄道輸送する方法では採算がとれなくなった) 、日本と韓国、中国からの需要が増えていることなどからみて、交通の便が比較的良いこれらの森林にプレッシャーがかかるとみてよいであろう。

詳細は「セクション IV」を参照されたい。

ロシア連邦の経済に占める重要性

極東ロシアは、原料をヨーロッパロシアの加工工場と輸出に提供している。ロシア極東地域の生産高はロシア全体の工業総生産の5%程度にすぎないが、下記のように、その数々の資源はロシア経済に欠くことができないものである:

輸入、輸出、対外貿易

ロシア極東地域の生産高は減少傾向を続けているが、ロシア企業が新しく開かれた市場を活用して硬貨を獲得しているので、輸出は増加している。輸出は、ロシア極東地域の総生産高の8-9%前後を占める。バーター貿易も成長を続けており、企業は、石炭、木材、金、魚類を輸出し、国内市場で販売できる製品 (主として、缶詰やアルコールなどの食料品、エレクトロニクス製品や自動車などの民生品) と引き換えている。石炭などの重要な原料は現地住民に犠牲を強いながら輸出されている。例えば沿海地方では暖房用石炭の慢性的な不足に苦しんでいながら、年間何百万トンものコークス用石炭がその港から輸出され続けているのである。
 ロシア極東地域の輸出品の約90%は太平洋沿岸の諸国に向う。ロシア極東地域との経済提携に一番積極的なのは韓国だが、最大の貿易相手国は日本である。魚類の対日輸出は1990年-1994年の間にほぼ3倍の増加をみ、この間、13億ドルの輸出の62%が日本向けであった。1994年、日本は輸入木材の4分の1をロシアから買ったが、その大半が極東ロシアの木材である。また、日本と中国を合わせるとロシア極東地域の原木輸出の70%になる。

基盤整備

ロシア極東地域は、山の多い地勢、厳しい気候、モスクワからの資本投資が少ないことなどの要因があいまって、基盤が整備されているのは主に南部に限られ、南部にはシベリア横断鉄道とバイカル-アムール本線(BAM)の二つの幹線鉄道が平行して東西に走っている。大半の産業 (木材の伐採搬出、工業、農業) はこの両鉄道に沿って発達した。アムール地方とハバロフスク地方の間を走る支線が2つの幹線鉄道を結ぶ。BAMにはヤクート南部に行く支線が1本あるが、首府のヤクートが終点である。サハリン島は、サハリン鉄道が島の中央部まで伸びているが、これはこの島の南半分が日本の占領下にあった時代に敷設されたものであり、本土とは定期便のフェリーで結ばれている (バニノ港経由) 。
 ロシア極東地域の北部地域には鉄道はなく、舗装道路も数えるほどしかない。永久凍土のため敷設が難しく、費用が高くつくからである。遠く離れた土地へ行く時は、ヤクート、マガダン、カムチャツカなどから空路を使うのが普通である。河川も重要な運送ルートの役を果たしており、夏は船の航路、凍結する冬は道路として利用される。ウラジオストクとハバロフスクに大きな国際空港があり、目下、カムチャツカとサハリンの空港の拡張工事が進んでいる。
 ロシア極東地域の港は、沿海地方ではボストチュヌイとナホトカ、ウラジオストク、ハバロフスク地方ではバニノとソビエツカヤガバン、サハリンのホルムスク、カムチャツカのペテロパブロフスク-カムチャツキイ(Kamchtskiy)などが一番大きい。日本を初めとする多くの外国投資家の目には、既存のインフラストラクチャー −港湾と鉄道− が原料輸出の増加を妨げる最大のネックと映っている。
 しかし現在、沿海地方の東海岸で複数の輸出専門港の建設が進んでいる。各地域で、軍港を民間用の港湾に改造する工事を行っているのがそれであり、ハバロフスクと沿海州の計画は、バニノ、ウラジオストク、ボストチュヌイ、ナホトカの各港の拡大という野心的なものである。ロシア極東地域南部では、日本の商社4社 (三井物産、日商岩井、伊藤忠商事、丸紅) をリーダーとするコンソーシアムがロシアの提携企業と一緒に、多数の基盤整備プロジェクトの実施可能性調査を進めているが、この中には港湾拡張プロジェクトもある。木材を伐採搬出できる所が交通の便の良い場所には不足してきているため、伐採搬出企業が、新しい道路の敷設計画を建てたり、既に工事を進めたりしている。

全体情勢

極東ロシアは世界に向けて再び門戸を解放し、東方に注目している。国際貿易、外国投資、文化交流、観光事業などを通してロシア極東地域は環太平洋経済の一環となりつつある。連邦補助金と国家管理経済という支柱を失い、ロシア極東地域の産業は全て、1989年以降ずっと低落傾向を続けているが、どの部門も輸出市場へと方向転換をはかっており、今、貿易に活気がある。国境をはさんだ中国との貿易の進展は、共同自由貿易ゾーンと中ロ国境地域の水力発電ダムに関する話し合いが北京とモスクワの間で持たれる契機となった。
 外国の直接投資は貿易ほど活発ではないが、増加はしている。エクソン、テクサコ、ロイヤルダッチ・シェル、マラソン・オイル、三菱、三井、その他の外国の石油会社と商社は、ロシアの政治は安定するであろうという期待をもってサハリン島沖合い4ヶ所の石油開発プロジェクトに300億ドル以上をつぎ込むことを計画しているようにみえる。このプロジェクトが進展すれば、これらの企業が他の資源開発プロジェクトにも手を出すのではないだろうか。三井と三菱は、木材輸入で世界のトップクラスに入る企業である。1995年にグローバル・フォレストリー・マネージメント・グループ(GFMG)がロシア極東地域では初の大規模な米国の木材伐採搬出ジョイントベンチャーを結成し、短期間、日本へ原木を供給する予定である。RAIESコーポレーションとロシア原子力省は、木材を米国に輸出できるようにするため、原木の中にいる害虫を放射線照射処理で殺す核プラントを7ヶ所に建設することを計画している。鉱業部門では、カムチャツカとマガダン、アムールの金、チタの銅、ヤクートの石炭採掘のジョイントベンチャーを外国企業が既に設立した。
 対外民間投資公社(OPIC)等、米国の政府機関では政治リスク保険を設け、多数の対外ジョイントベンチャーへの融資も行っている。欧州再建開発銀行(EBRD)は採鉱プロジェクトに対する融資を行っており、日本輸出入銀行は、サハリンの石油プロジェクトに融資を行うことが見込まれる。千島列島をめぐる問題 (北方領土問題) が解決すれば日本からの開発資金流入増加への糸口となろう。
 貿易ならば何でも良いわけではない。日本と韓国、米国の製油プラントへ供給するためサハリン全域に原油を送るサイフォン式パイプライン、外国の製材所へ輸出する原木、日本の製鋼所へ輸出するコークス用石炭、宝飾加工ができるようにデビアス・コーポレーションへ輸出するダイヤモンド原石、米国と日本の缶詰工場へ売るカブトガニとサケなどにより、ロシア極東地域には自ら、環太平洋経済圏の "自然資源コロニー" として名乗りをあげる道もある。ロシア極東地域は長い間欧州ロシアの資源植民地であり、アナリストのブレントン・バールの言葉を借りると、"資本と設備を外部資源に依存し、一定範囲の資源を使う生産のみに従事し、経済活動の大半はロシア極東地域南部の新開地の都市に集中している、切っ先を大きくそがれた形の地域経済" になってしまっている。資本が不足しているため、あるいはロシア極東地域を支配し続けるため、モスクワは現状継続に異存はないようにみえる。加工産業が十分発達すればロシア極東地域の自給自足態勢が強化され、結果的に、モスクワからもよりいっそう独立した立場が保てるようになるであろう。
 付加価値のある製品をつくり、その自然資源の恩恵を十分享受できるように、ロシア極東地域で得られる原料を加工できる態勢を整備することがロシア極東地域には必要である。このような産業が育たなければ、ロシア極東地域は原料輸出による短期的利益に依存し、一時的な活況を呈するのみの経済から脱却できないであろう。これはつまり、自然の生態系を現に破壊し続けている急スピードの資源採取が続くことに他ならない。
 全ての資源に付加価値を与える加工を現地で行える態勢を整えることに加えて、地域によっては、鉱業と木材伐採、狩猟の代替策としてエコ・ツアー産業を発展させる必要がある。潜在力は大きい。火山が連なる土地、サケが泳ぐ流れ、天然の温泉、野生のトナカイ、グリズリーベア、トラ、ヒョウ、広大な未開の森林−ロシア極東地域は、破壊されていない自然を残しているという点で世界屈指の場所ではないだろうか。持続性ある経済を成り立たせるものには、この他、非木材製品 (マッシュルーム、シダ、マツの実) の開発、代替エネルギーの利用、全ての資源のより効率的な利用などもある。
 持続可能性のある経済をロシア極東地域で育てるのには時間がかかるであろう。その上、極東ロシアの植物と動物の生物多様性にかんする保護現状は十分とは言えない。ロシア極東地域の1%程度しか十分な保護が行われていないのである。土地の私有化が進んでいるので、今後は土地を保留しておくのはいっそう困難になり、経費も高騰するであろう。生物多様性に富む主要なホットスポットには即刻、保護が必要である。過去5年の間にロシア政府は、伝統的自然利用区域(TTP)を初め新しいタイプの保護区を設けているので、ここでは人間のニーズと生物多様性保護との調和が保たれるものと期待されるが、一部の政府機関は保護区制度の拡大に熱心に取り組んでいるようである。しかしこれを実行するためには他の先進工業国からの資金援助が必要である。
 これと並行して、絶滅危機種の違法貿易の根絶に向けて国際社会の協力が必要である。これには、アムールトラ(Amur tiger)その他の絶滅危機種の動物だけではなく、チョウセンマツ(Korean pine)、チョウセンニンジン、クロモミ(black fir)などの保護植物種も含まれる。シベリアで営業する外国企業、あるいはシベリアに投資する外国企業には環境に関する全てのロシアの基準と国際基準を守ってもらわなくてはならない。NGOも政府も先ず、木材の伐採搬出、採鉱、石油開発、港湾等に関する現行規制の監視と施行に予算を投じ、大規模な資源開発プロジェクトについてはエクスペルティザス(ekspertizas)(環境影響アセスメント)を行うことが必要である。

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