【新連載】日本の未来に魚はあるか?~持続可能な水産資源管理に向けて第1回/東京五輪「おもてなし」にふさわしい魚とは?~①水産物認証から考える

2016年11月15日グローバルネット2016年9月号

学習院大学 法学部教授  阪口 功

東京五輪で国産水産品が提供できない危機に  

夏の祭典、リオデジャネイロ五輪が終わり、次は4年後の東京である。東京五輪では、ユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的ブームとなっている和食での「おもてなし」に期待が集まるが、実は国産水産品を提供できない危機にある。  

これは、ロンドン五輪以降、国際オリンピック委員会が大会のすべての側面に持続可能性を導入することを運営指針としたからである。東京都は招致活動にて国際標準化機構(ISO)20121の持続可能なイベントマネジメント規格に基づき運営すること、持続可能性を東京五輪のレガシーとすることをうたっていた。  

水産品では持続可能な調達原則の実施が要求される。より具体的には、天然魚については海洋管理協議会(MSC)、養殖魚については水産養殖管理協議会(ASC)、ないしそれらと同等の信頼性の高い認証を取得したものを調達することになるが、国内ではMSCは北海道のホタテ漁と京都のアカガレイ漁の2漁業、ASCは南三陸のカキ養殖が取得したのみであり、認証取得が進んでいない。  

国内でMSC認証の取得が進まないのは、乱獲により日本の沿岸漁業資源の大半が低位にあることが大きい。総漁獲許容量(TAC)が設定されているのはサバなどわずか7種、しかも消化し切れないほど過大な量で、それ以外の魚種については漁業者の自主規制に委ねられている。養殖についても、環境収容能力に基づく事前の環境影響評価(EIA)も、過密養殖による水質汚染などを防止する法的拘束力のある環境基準も存在せず、ASC認証を増やすのは容易ではない。日本では緩すぎる漁業・養殖業の管理体制が認証取得の障害となっている。

日本の業界ラベルMELとAELの問題点  

日本の水産資源管理の問題点

東京五輪で、「輸入水産品でおもてなし」となることを危惧した水産庁と大日本水産会を中心とする業界団体は、昨年から東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、東京オリンピック組織委員会)に「日本の業界ラベルであるマリンエコラベル・ジャパン(MEL)と養殖エコラベル(AEL)もFAO(国連食糧農業機関)ガイドラインに準拠しているので、調達先に含めるべき」と陳情攻勢をかけている。  

FAOは、2005年に水産物エコラベルガイドライン(天然魚)を、2011年に養殖認証に関する技術的ガイドラインを採択し、独立性、透明性、厳格性の観点から水産認証制度のあるべき姿を規定している。FAOガイドラインは、FAOの責任ある漁業のための行動規範、認証制度に関わるISOの諸規格などに基づき、専門家による検討を重ねた上で策定されたものである。よって、FAOガイドライン準拠の認証制度については、MSCやASCに限らずオリンピックの調達先として認められるべきとの主張は妥当である。  

問題は、MELとAELが実際にはガイドラインにまったく準拠していない点である。第一に、FAOガイドライン(天然、養殖とも)は、外部の独立した第三者認証機関による審査を要求している。これはISO17065の認証取得で証明される。MELとAELの認証機関に指定されている水産資源保護協会は、ISO17065準拠を主張しているが、実際には同規格の認証を取得していない。同協会の役員は、水産業界と水産庁出身者により固められ、また水産庁の補助金事業の受け皿となっているため、審査機関としての独立性を立証できず、ISO17065の認定取得は困難である。  

第二に、FAOガイドライン(天然、養殖とも)は審査プロセスにおける高度な透明性を要求しているが、MELとAELは審査入りを含めすべて非公開としているため、FAOガイドラインおよびISO17065が要求する認証に対する異議申立の機会がまったく存在しない。さらに、審査報告書も非公開にしているため、審査の適切性を確認することができない。  

第三に、FAOの水産物エコラベルガイドライン(天然魚)では、乱獲状態(=加入乱獲※)にないこと、最大持続生産量(MSY)に基づく資源管理が行われていること、予防原則の適用が要求される。MELの基準にもMSYや予防原則が規定されているが、どの要素をどの程度満たせば合格なのか明記されていない。そのため、2015年にMEL認証を取得した「日本海輪島丸まき網漁業」では、低位状態にあるマサバ、絶滅危惧種の太平洋クロマグロ(しかも産卵に来た群れを集中漁獲するもの)にまで認証を与えてしまっている。これでは申請すれば認証がもらえる制度と思われても仕方がない。 

第四に、FAOの養殖認証に関する技術的ガイドラインは、事前のEIAの実施、養殖場・養殖場外の定期的なモニタリングと悪影響の把握、環境改善措置が取られる適切な閾値の設定、養殖魚の自然環境への流入を回避する措置、孵化種苗の利用ないし天然種苗を利用する場合は責任ある方法での採捕、環境への悪影響を最小化するための責任ある餌、添加物、化学物質、獣医薬の利用を求めているが、AELは基準と審査報告書を非公開としているため、これらの要素がどの程度取り込まれているのかまったく不明である。  

以上のことから、MELとAELがFAOガイドラインに準拠していないことは明白である。しかし、FAOは特定の認証制度がガイドラインに準拠しているかどうかを自ら判断しないため、自称準拠を主張することが可能となっていた。この問題は、世界水産物持続可能性イニシアチブ(GSSI)が、FAOガイドライン準拠を認定するベンチマーキングツールを2015年に完成させたことで解決している。  

GSSIのベンチマーキングツールは、NGO、水産業界、政府、FAOの協働で構築されたもので、2013年から始まったパイロット・テストには、MSC、ASCはもちろん、漁業では、アイスランドやアラスカ、養殖では、世界水産養殖同盟(GAA)やインドネシア、ベトナム、タイなどの認証制度も参加、2016年7月にはアラスカのRFM認証が初めてFAOガイドライン準拠の正式認定をGSSIから受けた。残念ながら日本のMELとAELはパイロット・テストに参加しなかったため、ガイドラインに沿って基準を改善する貴重な機会を失した。  

水産認証制度は、持続的な水産品を非持続的なものと差別化し、消費者、企業(小売、加工など)の選択に影響を与えることで、啓発された「市場の力」を通じて、漁業、養殖業を持続可能なものに変えていこうとするものである。認証取得が容易なMELとAELが東京五輪の調達基準に含められれば、認証取得は大きく増加するであろう。しかし、それでは現在の不十分な管理体制を追認するだけで、漁業者、養殖業者、規制当局に管理強化を迫る市場の力にはなり得ない。

東京五輪を日本の水産業改革の好機に  

「魚のいない海」、「生態系が破壊された海」が東京五輪のレガシーとならないよう、東京オリンピック組織委員会は、FAOガイドライン準拠を水産品の調達基準とすべきである。同時に、東京五輪が「輸入水産品でのおもてなし」とならずに済むように、規制当局はMEL、AELに対しFAOガイドラインに準拠し、GSSIの認定を取得するように指導する必要がある。さらに、自ら漁業・養殖業の管理体制を抜本的に改め、強化することで、国内漁業者・養殖業者の認証取得を支えなければならない。この一連の取り組みなくして、持続可能性は東京五輪のレガシーにはなり得ない。東京五輪を持続可能性の面で大きな後れをとっている日本の水産業を改革する好機とすべきである。

※産卵親魚が大量に漁獲され、資源が減少する状態

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