環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第25回 ユスリカと環境問題

2017年04月24日グローバルネット2016年12月号

地球・人間環境フォーラム
萩原 富司(はぎわら とみじ)

ユスリカといえば、カに似ているが刺さない、田舎に行くと頭上に蚊柱を作ってまとわりついてくる不快な昆虫、幼虫が「アカムシ」として釣りの餌に使われる、そんなイメージしかありません。しかし、実はユスリカには約1万種と膨大な種がいます。また、環境問題との関わり、人間のぜんそくとの関わりなどもあり、研究対象として興味が持たれています。

ユスリカとはいったいどんな生物か、国立環境研究所(NIES)生物・生態系環境研究センターで長年ユスリカの分類と生態の研究を続けている上野隆平主任研究員に聞いてみました。

上野さんはユスリカとの出会いについて、「NIESへの就職の際に、面接官にユスリカの研究をやるように言われました。ユスリカについては何も知りませんでしたが、大学でシデムシの分類の研究をやっていたので、抵抗がありませんでした」と振り返りました。「ユスリカは昆虫の分類群でカに近縁な科です。カには血を吸うための吻(口の付近から伸びる管状構造)があり、物につかまったときに後ろ足を上げて前足を上げませんが、ユスリカは吻がなく前足を上げてブラブラして、後ろ足は上げません」と教えてくれました。カの特徴は血を吸うときの足を上げた姿勢ですが、ユスリカは腰が下がった姿勢です。分類的には昆虫綱ハエ目ユスリカ科になります。ハエ目はハエ、カ、アブなどの仲間の総称で、後ろの羽が退化していて、見た目には2枚しかなく、吸血性の種も多いです。しかしユスリカ科は血を吸わず、遠い南極から身近な温泉地まで、地球上至る所で見られます。

蚊柱を作る短命な生物

多くのユスリカは、水中に産み落とされた卵塊からふ化し、幼虫が浮遊生活を経て水底にたどり着きます。幼虫は付着藻類や、デトリタス(有機物残渣)を食べて成長します。水中の泥上では巣穴(巣管)を作ります。一般的に円筒形のものが多く、固定された巣穴から身を乗り出して底泥表面の藻類やデトリタスを食べるものから、カタツムリが貝殻を巣とするように可搬型の巣を作るもの、また巣をまったく作らないものもあります。成長しながら四回の脱皮を経て、蛹になります。蛹期は短く、餌は食べません。蛹は水面に浮き上がって、羽化します。一世代に要する時間は、種類や環境によって異なり数日から2年くらいで、温度が高ければ早く成長し、温度が低かったり餌が少ないと成長は遅くなります。

アカムシユスリカのオスの成虫。触角は聴覚器官で、オスには毛が生えてふさふさしているがメスの毛は少ない。幼虫はアカムシと呼ばれ、体色の赤は呼吸色素のヘモグロビンに由来する。(上野氏提供)

アカムシユスリカ(写真)は、高温になる夏には底泥深く(40~80㎝)に潜り、4~9月くらいまで休眠します。ある種は1年に数度の増水の際にしか冠水しないような岩場からも採集されます。また、十数年間も乾燥状態で休眠する種も知られており、特殊な休眠メカニズムを持っているようです。オスの居場所を示すために集まって飛んでいる蚊柱はよく知られており、メスは視覚的に蚊柱に寄ってきます。成虫は吻がなく採餌をせずに繁殖に専念するため、寿命は数日といわれています。

水環境の生物指標

ユスリカは多くの種を含み、種ごとにさまざまな環境条件に適応して生息しているので、有機汚濁、富栄養化、溶存酸素、塩分濃度などの水環境を評価できる生物指標になり得ます。ヨーロッパでは古くからユスリカを指標とする富栄養化階級の類型化が試みられており、ヒゲユスリカ属は貧栄養水域、オオユスリカは富栄養水域の指標になることが知られています。また水環境では、有機物の除去とともに、魚類や鳥の餌となるなど食物連鎖の下支えもしています。さらに水中で育ったあと成虫が陸に移動するので、窒素やリンなどの栄養塩を水環境から除去する機能があります。

霞ヶ浦でも「抽水植物帯(沿岸帯)には沖帯と比べて多種多数のユスリカ幼虫が生息していて、枯れた水草や付着藻類を餌として栄養塩除去に貢献しているのでしょう」と、上野さんも話してくれました。

不快被害を与える「おじゃま虫」、ぜんそくも誘発

諏訪湖では、毎年ユスリカ成虫が湖畔に飛来し、「おじゃま虫」として不快被害を与えています。木曽川ではキソガワフユユスリカという種が冬季に大発生して、季節風に乗って河岸に飛来し、通園・通学時の障害、飲食物への混入、洗濯物への付着、工業製品への異物混入などの被害を与えています。

また東京の神田川など、都市河川でもセスジユスリカが大発生して周辺住民に不快被害を与えたり、食品や商品への異物混入などの被害を与えています。神田川では1970年代の一時期、殺虫剤散布などの幼虫駆除を行っていましたが、80年代初頭の河川整備事業により、大発生は起こっていません。

ユスリカ成虫が羽化後死滅して、細かい粒子として大気中に浮遊して次第に家屋中のほこりに含まれると、「ユスリカぜんそく」を誘発します。全国的に見ると、気管支ぜんそく患者の約30%がユスリカ抗原に陽性を示しています。

オスの成虫の交尾器が分類の基準

ユスリカの環境に対する影響を調べるには、ユスリカの分類が非常に重要になってきます。というのは、種によって大量に発生し近隣の住民に不快被害を与えるなど、種と生態の違いとが深く関係しているからなのです。

上野さんは分類方法について、「普通は形態分類です。ユスリカ成虫のオスの交尾器が分類基準になることが多く、ユスリカの分類の本には、交尾器しか書かれていません。厳密にはオスの性器というよりは、メスの尾をつかむための、把握器という部分です」と説明します。霞ヶ浦に生息する種類については、「日本には約1,200~1,500種いると推定され、そのうち霞ヶ浦には33種以上です。釣り餌として使われているアカムシがどんどん外国から輸入されていますが、外来種かどうか判別できません。アカムシの流通会社はベルギーにありますが、取り扱われているのは韓国産か中国産だと思います」ということでした。

実際の成虫の観察には、実体顕微鏡を使います。幼虫では種までの同定(種名を調べること)が困難なため、採集した幼虫を飼育して羽化させ、オスの成虫の交尾器を観察します。

今後の課題:DNAデータベースの活用

上野さんは「霞ヶ浦の湖尻(湖の流出側で狭くなっている部分)で従来の優占種とまったく違う種が増えつつあるようです。海水の影響が出やすい場所なので、塩分濃度が変わってきている可能性があります」と霞ヶ浦の最近の注目点について教えてくれました。ユスリカは有機汚濁や富栄養化の指標生物になっていますが、塩分濃度の指標にも使えるかもしれません。生物指標は誰でも簡単に観察でき、その時々の単一環境指標というより、月・年など長期間の平均的な複合環境指標になり得ます。また、「多くのユスリカのDNA情報を集めて、ユスリカDNAデータベースを充実させたいです」と、水を調べれば、そこに生息するユスリカの種が簡単に調べられる環境DNAの技術に活用されることを期待しているとのことです。環境指標性に優れたユスリカの同定が簡略化され、有機汚濁、富栄養化階級の簡易鑑定が期待されます。

最後に上野さんは、「私が発見した新種のタイプ標本(種の基準として保管される標本)の産地が職場であるNIESの池と登録されたことはうれしかった」と、分類学者としての本領をちらりと見せました。

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