日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と~第3回 高級魚ハモの漁獲増えて活気
愛媛県・下灘

2017年06月15日グローバルネット2017年6月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

キーワード:魚種の変化・伊予灘・骨切り・京料理

松山市から瀬戸内海沿いに20㎞ほど西にある伊予市双海町の下灘漁協は、近年ハモの水揚げが増えて注目されている。ハモとは関西で夏の魚として親しまれる魚だ。前回の八幡浜の取材を終えて松山に向かって車を走らせていると、漁協に隣接する下灘漁港魚市場のそばを通り過ぎた。付近には何台もトラックが止まっている。「ひょっとして水揚げしたハモが見られるかもしれない」。少し行き過ぎるとUターンして市場に駆け付けた。

かみつきジャンプ目撃

魚市場で出荷されるハモ

カメラを持って市場の中に急いだ。市場は午後3時から開かれるので、ちょうど都合が良かった。市場に入るとトロ箱に詰めたもの、水槽に入れて運ばれるものなど、さまざまな魚を見ることができた。漁業者や中卸業者らが鮮魚や生き締めした魚を次々にトラックに運び込んでいる。ハモはどこだ! おっ、ヘビのような形をした見覚えのある魚が数匹いるではないか。ハモとの遭遇を喜んでいると、市場の人が水槽の中からハモが入った魚かごを取り出し、丸い蓋を開けた。すると一瞬、1匹のハモが獰猛にジャンプしてかみつこうとした。間一髪でかわした! 時にはかまれることもあるそうだ。いずれ人間様に食べられる運命も知ってか知らでか、野性の生命力を見せてくれた。

実は、前日、下灘漁協の事務所を訪ねて参事の魚見宗一さんから説明を聞いていた。だが、あいにくその日は天候不良で魚市場が開かれなかったのだ。

組合員80人の漁協は愛媛県内一のハモの水揚げがある。ハモの漁獲が増えだしたのは10年ほど前から。ハモは英名でDaggertooth pike congerと表記される。Daggertoothは「短刀のような歯を持つ」という意味。ウナギに似た形で、大きくなると2mを超える。名前は「食む」、「咬む」からとされる。瀬戸内海、紀伊水道、九州などで漁獲が多く、釣りや底引き網漁が行われている。

下灘漁協も底引き網だが、網を引く時間は長くても10分と短くして、網に入った魚を傷めずに価値を高めている。ほかにタイやイカなど海底近くにいる魚を捕る吾智網という漁法もある。楕円形の網と、その両端に結び付けた引き綱で包囲形を作って魚を網に追い込む方法だ。どちらも海の底、あるいは底に近いところの魚を目的とする。

出漁は真夜中の午前1~2時で、市場が開く午後3時には帰ってくる。最盛期には1日に10tもの漁獲があり、市場では中卸が買い付けてトラックで広島、京都などへ運ぶ。関東へはないという。

暖かい海の魚が増える

ハモの漁獲が増えるのとは逆に、今までよく捕れていたタコやアジは捕れなくなったという。どうしてハモの漁獲が増えたのか。「いろいろな説があるようですが、はっきりはわかりません」という魚見さん。最近は、値動きが安定して喜んでいるという。

ハモは熱帯や温帯域に広く分布する魚種。水温の上昇のためか、瀬戸内海では近年、今まで見られなかった暖かい海の魚の出現が増えている。新聞などでも珍しい魚が捕れたニュースを目にする。環境省や農林水産省などの情報を調べると、おおむね次のようなことがわかる。瀬戸内海には約430種類の魚類がおり、海水温度は最近の30年間で約1℃上昇し、熱帯・暖海性の魚が見つかるようになった。冬には水温が下がって定着はできない。2010年ごろからは、そうした熱帯・暖海性の魚の出現は少なくなり、一方で冷水系魚種が現れているそうだ。

筆者が山口県の椹野川河口域・干潟自然再生協議会の委員(2005~09年)を務めたとき、同じように暖かい海にいるナルトビエイの大群が瀬戸内海に来襲してアサリに被害を与えていたことが話題になった。下灘漁協のある漁港(1982年完工)には、かつて鱶を大量に漁獲したことを記した記念碑もあった。こうした自然界の異変は想像以上にダイナミックだ。

下灘漁港の漁船

ハモは京都の夏を代表する味の一つとされ、関西ではよく食べられる。小骨が多いので皮だけ残す「骨切り」という独特の調理が必要になる。ザクザクと小気味よい音がする骨切りの技術は、京都と交易があった大分県中津市が発祥の地とされる。近年は、関東でも徐々に取扱量が増えているという。骨切りをした後は、湯通しして酢みそで味わったり、油で揚げたりとお好み次第。京都では作家の谷崎潤一郎もハモを味わっていた。海から離れた京都でなぜハモを食べるのかといえば、ハモは生命力が強く、運搬中に鮮度が落ちなかったためといわれている。

リスク大きい加工施設

それまでハモを食べる習慣がなかった下灘でも、ハモの存在感がアップしている。漁協婦人部は、土日に開いている売店で独自開発したハモカツバーガーを売っている。また、県が主催する試食会に出席するなどして研究を重ね、「ハモごはんの素」も作った。夏祭りと共催のハモ祭りではハモ御前、ハモ尽くしもそろえるという徹底ぶりなのだ。

そうした説明を聞きながら、地元の振興を図るため、フィレのように一次加工して付加価値を増すことが可能かどうか尋ねてみた。魚見さんによると、資本をかけて加工場を設けることは現実的ではないという。理由は、養殖と異なって漁獲量には変動があり、施設整備への投資はリスクが高いからだという。

漁期は夏であり、訪れた2月下旬はシーズンではなかったが、魚見さんに紹介してもらって近くの季節料理「魚吉」へ向かった。ハモを食べたいと尋ねたら「南蛮漬けならあります」との返事。早速タイの炊き込みご飯と一緒に注文した。窓の外には伊予灘(愛媛県北西部の海域)が広がる。近くにはホームから伊予灘が見え、撮影場所として有名なJR下灘駅があり、土手には早咲きの菜の花が咲き乱れていた。

さて、いきなり飛び込んだ市場に話を戻す。きょろきょろしていると1人の男性が魚を持って近づいてきて「チダイとマダイだが違いがわかるかね」。チダイはハモと同じく近年漁獲量が増えている魚で、姿も味もマダイに劣らない。筆者「いいえ」。えらの部分の違いなどを説明すると、その男性は30㎝ほどのマダイを近くにあった氷の上にポンと置いた。一匹だけどうするのだろう? 「晩のおかずだよ」。うらやましい漁師の役得である。

最後の取材となった魚市場を後にして夕やけこやけライン(国道378号線)を再び松山へ向かうと、視界に島が少ない伊予灘の景色が広がる。前日には沖に広島の自動車メーカーのものと思われる巨大な自動車運搬船が見えた。西に海が広がり「沈む夕日の立ちどまる町」というその夕日は、無粋な小雨のせいで確認できず。ならばと愛媛県出身のミュージシャン、レーモンド松屋が五木ひろしに提供した「夜明けのブルース」の軽快なフレーズを口ずさみながら車を走らせる。自然の景色はやがて歌の舞台である松山の街並みに変わった。

ふたみシーサイド公園の風景

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