ホットレポート/第5次環境基本計画中間とりまとめについて

2017年08月17日グローバルネット2017年8月号

環境省参与
奥主 喜美(おくぬし よしみ)

はじめに

環境基本法第15条に基づき、わが国の環境保全に関する基本的計画(環境基本計画、以下計画)が定められることとなっている。これまで、平成6年に第1次計画が、平成12年に第2次計画が、平成18年に第3次計画がそれぞれ閣議決定されてきた。現行の第4次計画は、平成244月に閣議決定され、今年で5年を経過し、次の計画に向けて見直しの時期となっている。このため、本年2月に次の計画の策定について、環境大臣より中央環境審議会に対して諮問がされた。これにより、次の第5次計画策定に向けて中央環境審議会総合政策部会で議論が開始され、629日に開かれた総合政策部会において「第5次環境基本計画中間とりまとめ(素案)」が提示された。これは、第5次計画の基本的な枠組み、いわば「目次」となるものである。

4次計画策定以後の注目すべき国際的な動き

4次計画策定以後における環境の観点からの大きな動きとしては、以下の二つが挙げられる。

1)「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の策定

一つ目は、平成27年(2015年)9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」を中核とする「持続可能な開発のための2030アジェンダ」である。これは、国際社会全体が、人間活動全体に伴い引き起こされるさまざまな問題をすぐにでも取り組まなければならない課題として認めて、さまざまな関係する主体が協同して解決に取り組むことを決意した重要な国際合意である。

SDGsの特徴となる考え方の中で、環境基本計画との関連で重要と思われる点をいくつか指摘する。

まず、「誰一人取り残さない」というメッセージの下、目標とターゲットがすべての国、すべての人々及び社会のすべての部分で満たされることを望む」としている点である。さらに、各国の現実、能力の違いなども考慮に入れ、かつ各国の政策および優先度を尊重しつつ、「すべての国に受け入れられ、すべての国に適用されるもの」であり、「先進国、開発途上国も同様に含む世界全体の普遍的な目標とターゲット」ということとされている。

次に、「施策の不可分性、統合性」である。SDGsは、17の目標および169のターゲットから成っているが、それらの目標およびターゲットは「統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面、すなわち経済、社会及び環境の3側面を調和させるもの」と強調している点である。いわゆる「統合的解決」の考え方である。つまり、それぞれの目標やターゲットは相互に関連しており、一つの目標やターゲットについて達成を図ることが、他の目標やターゲットの達成につながる場合やその逆の場合もあることを念頭に取り組んでいくことの重要性を指摘している。この際、忘れてならないのは、人間が持続可能な経済活動や社会活動を営む前提として、地球環境が健全であることが必要ということである。SDGsが強調する「経済、社会及び環境の3側面の調和」ではこうした考え方を踏まえていくことが求められる。この点に関して、環境、経済、社会の三層構造を木の模式図により示した研究がある(図1)。ここでは、木の根に最も近い枝葉の部分は環境であり、環境がすべての根底にありその基盤の上に社会経済活動が依存していることを示している。

次にパートナーシップの重視である。前文において「すべての国及びすべてのステークホルダーは、協同的なパートナーシップの下この計画を実行する」とし、SDGsの「目標17(パートナーシップ)」において目標達成のために、さまざまな関係する主体が連携し、協力する「マルチステークホルダー・パートナーシップ」を促進していくことを明確にしている。

ちなみに、平成28年にドイツのベルデルスマン財団と、国連が設立した「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」が発表した各国のSDGsの状況に関する報告書によれば、わが国のSDGs全体の評価は、149ヵ国中18位だった。

2)パリ協定の締結・発効

二つ目は「パリ協定」の締結と発効といえる。これは、歴史上初めて先進国、途上国の区別なく、温室効果ガス削減に向けて取り組んでいく仕組みであり、かつ平均気温の上昇を2度より十分下方に抑えるとともに、1.5度に抑える努力を追求することなどを目的としている。この目的を達成するために、今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出とバランスを達成することを目指している。このような温室効果ガスの長期大幅削減は、従来の取り組みでは不可能と考えられる。社会経済システムやライフスタイル、技術のすべてにわたる変革(イノベーション)についての検討が必要となってくる。パリ協定自体がいわば「ゲームチェンジャー」としての性質を有しているといえる。

こうした、国際的なダイナミズムの中で、新たな環境基本計画をどのように作っていくか、その方向性を示そうとするのが、「第5次環境基本計画中間とりまとめ(素案)」である。

中間とりまとめ(素案)の概要

中間取りまとめ(素案)では、第4次計画で目指すべき持続可能な社会の姿として示された「人の健康や生態系に対するリスクが十分に低減され、「安全」が確保されることを前提として、「低炭素」・「循環」・「自然共生」の各分野が、各主体の参加の下で、統合的に達成され、健全で恵み豊かな環境が地球規模から身近な地域にわたって保全される社会」を第5次計画においても引き継ぐものとしている。

この目指すべき姿に対して第5次計画で対応を図るべき環境政策の課題として、「環境・経済・社会の統合的向上に向けた社会経済システムの変革」が不可欠としている。

これまでの環境基本計画では、平成184月に策定された第3次計画では、「環境的側面、社会的側面、経済的側面が複雑に関わっている現代において、恵み豊かな環境を継承していくためには、社会経済システムに環境配慮が織り込まれていく必要があります。逆に、環境的側面から持続可能であるためにも、社会、経済の側面からも持続的でなければなりません」とした上で、持続可能な社会の実現のために、「多様化する国民の期待が実現する社会の基盤としての環境が適切に保全されるとともに、経済的側面、社会的側面も統合的に向上することが求められるといえます」と指摘する。また平成244月に策定された第4次計画では、わが国において、豊かな環境を保全し、持続可能な社会を構築するためには、「(1)その持続可能な利用の下でわが国の環境、経済、社会を統合的に向上させるとともに、(2)世界の経済社会も持続可能なものにする必要がある」と指摘する。

環境基本計画における重点分野の設定の仕方

3次計画以降、計画策定時点における重点となる分野を設定し、政策を整理する構造となっている。

1)第3次計画および第4次計画での重点分野

3次計画では、重点分野政策プログラムとして、以下の六つの事象別分野(1~6)と四つの横断的分野(7~10)から成る10の分野を設定した。

  1. 地球温暖化問題に対する取り組み
  2. 物質循環の確保と循環型社会の構築のため取り組み
  3. 都市における良好な大気環境の確保に関する取り組み
  4. 環境保全上健全な水循環の確保に向けた取り組み
  5. 化学物質の環境リスクの低減に向けた取り組み
  6. 生物多様性保全のための取り組み
  7. 市場において環境の価値が積極的に評価される仕組み作り
  8. 環境保全の人づくり、地域づくりの推進
  9. 長期的な視野を持った科学技術、環境情報、政策手法などの基盤整備作り
  10. 国際的枠組みやルールの形成などの国際的取り組みの推進

次に現行の第4次計画は、以下のとおり三つの横断的分野(1~3)と六つの個別事象別分野(4~9)の九つの重点分野を設定した。

  1. 経済・社会のグリーン化とグリーン・イノベーションの推進
  2. 国際情勢に的確に対応した戦略的取り組みの推進
  3. 持続可能な社会を実現するための地域づくり・人づくり・基盤整備の推進
  4. 地球温暖化に関する取り組み
  5. 生物多様性の保全および持続可能な利用に関する取り組み
  6. 物質循環の確保と循環型社会の構築のための取り組み
  7. 水環境保全に関する取り組み
  8. 大気環境保全に関する取り組み
  9. 包括的な化学物質対策の確立と推進のための取り組み

3次計画と第4次計画を比較してみると、横断的分野と個別の事象分野と順番が入れ違っている程度で基本的に内容は変化していない。

2)中間とりまとめ(素案)における重点分野

しかし、地球温暖化をはじめとする環境問題は、およそ人間のあらゆる経済社会活動から生じてくるもので、社会や経済面でのさまざまな課題とも密接に関連してくる。例えば、わが国の社会経済は、人口の減少や少子高齢時代に突入し、都市への人口集中や地方の衰退が明らかになっている。また、1990年代以降の経済の低成長(一人当たりのGDPの順位は1990年代半ばの3位から現在は26位)が続き、資源エネルギーの面からも、化石燃料の輸入により平成27年には約18兆円の国富が海外へ流出している。

わが国が直面するこうしたさまざまな課題に対してどのように対応していくかだが、環境基本計画で環境政策の基本的考え方として示されてきた「環境・経済・社会の統合的向上」がキーワードになると考えられる。「環境・経済・社会の統合的向上」とは、これまでは、いかに社会経済システムに環境配慮を織り込むかという観点を中心に展開されてきた。この点は、引き続き最も重要な観点であるが、一方、環境政策の展開に当たり、環境保全上の効果を最大化することに加え、諸課題の関係性を踏まえて、経済・社会的課題の解決に資する効果をもたらせるよう政策を発想・構築していくことが重要となってきていると考えられる。すなわち、環境政策により環境問題を解決すると同時に、併せて経済、社会のさまざまな課題の「同時解決」を目指していくということが、今後の環境政策の方向性として必要なことと考えられる。

例えば、地球温暖化対策の中で、風力や太陽光発電などの再生可能エネルギーの導入拡大は重要な柱となっている。しかし、その導入に当たっては、自然環境などへの影響に対する配慮が必要となっている。他方、再生可能エネルギーの導入は、地域のエネルギー収支の改善をもたらし、地域創生・活性化にもつながり、自立分散型エネルギーとして災害時のレジリエンスの向上にもつながる効果を持つ。このように、地球温暖化対策として位置付けられる再生可能エネルギー導入拡大は、生物多様性の保全や地域の活性化、防災対策といったさまざまな分野と関係してくることになる。

こうした点を踏まえ、今回の中間とりまとめ(素案)では、これまでの「環境・経済・社会の統合的向上」に向けた取り組みをより進化させ、「従来の環境基本計画にあるような、特定の環境分野(例えば、地球温暖化、生物多様性、大気環境など)に関する課題を直接的に解決することに比重を置いた分野別(縦割り)の重点分野を設定するという考え方とは異なり、特定の施策が複数の異なる政策課題をも統合的に解決するような、相互に連関し合う横断的かつ重点的な枠組を戦略的に設定することが必要」としている。

具体的には、重点戦略分野として六つ掲げている。

  1. 持続可能な経済社会の構築
  2. 国土のストックとしての価値の向上
  3. 多種多様な地域循環共生圏形成による地域づくり
  4. 健康で心豊かな暮らしの実現
  5. 将来を支える技術の開発・普及
  6. 国際貢献によるわが国のリーダーシップの発揮と相互互恵関係の構築

そして、とくにパートナーシップについては、重点戦略およびその展開を支える施策を実施する上で、すべてに共通して求められる要素として、その充実強化の必要性を特記する。

このように、第5次計画では、「環境・経済・社会の統合的向上」の考え方をより徹底させ、これまでの計画にはあった事象別の対策分野は明示せず、完全に横断的分野で整理した点が大きな特徴である(図2)。

この考え方は、平成267月に中央環境審議会の意見具申である「低炭素・資源循環・自然共生政策の統合的アプローチによる社会の構築~環境・生命文明社会の創造~」で、その基本的な考え方が示されている。

意見具申では、「環境・経済・社会の統合的向上」をさらに進めて、「将来にわたって続いていく真に持続可能な循環共生型社会」の実現を図るための戦略として以下の6分野を示している。

  1. 環境と経済の好循環の実現(グリーン経済成長の実現)
  2. 地域経済循環の拡大(地域活性化の実現)
  3. 健康で心豊かな暮らしの実現
  4. 国土価値の向上
  5. あるべき未来を支える技術の開発・普及(環境技術の開発・普及)
  6. 環境外交を通じた22世紀型パラダイムの展開

今回の中間とりまとめ(素案)で示された六つの重点分野と、ほぼ同じ構造となっている。

さらにSDGsとの関係でみると、今回の中間とりまとめ(素案)でキーワードとなっている「環境・経済・社会の統合的向上」は、SDGsで世界が共有されるに至った「統合的解決」とは極めて親和性がある。このため、今回の中間とりまとめ(素案)でも、SDGsの考え方を活用して、「環境・経済・社会の統合的向上」を進めていくことが重要としている。  

ちなみに、時系列で見ると、実は、わが国では、少なくとも理念のレベルでは、SDGs採択に先駆けて「統合的解決」の考え方を環境基本計画で取り入れていたといえる。「統合的向上」を定めた第3次基本計画は平成18年で、SDGsの国連総会での採択は平成27年であり、10年近く基本計画が先行している。

「中間とりまとめ(素案)」は、8月初旬の総合政策部会で再び議論される。本稿が世に出るころには、結果が出ていると思われるが、よりアグレッシブな形での議論も想定されるところ、注目をお願いする。新たな第5次計画の策定は、来年3月から4月を目指している。

【環境省報道発表(平成29年8月8日)】第五次環境基本計画策定に向けた中間取りまとめの公表及び意見の募集について

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