日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第8回 マグロ類消費世界一の責任-国際資源管理と日本の政策

2017年11月15日グローバルネット2017年11月号

早稲田大学地域・地域間研究機構 客員次席研究員・研究院客員講師
真田 康弘(さなだ やすひろ)

日本は世界で漁獲・養殖されるマグロの約5分の1を消費する世界最大のカツオ・マグロ類の消費国であるとされる。スーパーに行けば、われわれは気軽にこれらを買うことができる。

カツオとマグロの資源管理

人には国籍があるが、魚には国籍はない。カツオ・マグロ類は日本近海のみならず他国の水域や公海にまたがって回遊する以上、資源保護の取り組みは漁獲国や沿岸国が協力して行わなければならない。このため、日本沿岸を含む西太平洋については「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」という国際資源管理機関の下で保存管理が試みられている。

水産庁を中心に構成される日本政府代表団がこのWCPFCの場で以前から訴えてきたことが、カツオとメバチマグロの資源保護策の強化である。カツオについては近年日本近海に回遊する資源量が減少傾向にあるが、これは熱帯域で多くのカツオを「先取り」してしまうからではないか、と日本側は訴えている。メバチマグロについても、人口集魚装置(FADs)を用いて熱帯域で巻網という巨大な網で魚を一網打尽にする漁法によって乱獲されているとして、日本側はWCPFCで資源保護策の強化を強く求めている。

しかし、これに対して熱帯域の漁獲国は立場が大きく異なる。カツオについては、そもそも熱帯域での漁獲と日本近海での漁獲には関連性が薄く、日本近海での資源減少は日本自身による捕り過ぎが原因ではないかというのがこれら諸国の意見である。また、親魚資源量も初期資源量(漁業がないと仮定したときの資源量)比で50%を超えているとされており、WCPFCでこの資源に対して設定されている「不合格ライン」の初期資源量比20%を大幅に上回っている。メバチマグロにしても、WCPFCの下に設けられている科学委員会で今年示された資源評価によると、親魚資源量は初期資源量比20%という「不合格ライン」を超えている可能性が高いとされている。

日本側はこうした資源評価自体が楽観的だと批判している。そもそもこの資源評価はWCPFC科学委員会自体が実施するのではなく、太平洋の島しょ国やオーストラリアなどで構成される「太平洋共同体(SPC)」メンバーの科学者が実施し、科学委員会はこれを評価するに過ぎない。太平洋諸国などはいわば「お手盛り」の資源評価をして自分たちへの規制を強めないようにしているのではないか、との疑念を持つ日本側関係者も少なくない。

フィジーで開催されたWCPFC 第13 回年次会合(2016年12 月)の様子

立場が変わると異なる意見

ただ、こうした日本代表団を支持する声はWCPFCでは、環境NGOを含め、極めて少ない。日本側は自分が「被害者」の立場であるカツオやメバチマグロについては資源保護強化を訴えておきながら、「加害者」側の立場になると文字通り意見を180度変えてきたという事実があることがその要因の一つといえるだろう。

マグロ類の中でも最も高価な太平洋クロマグロは現在初期資源量比2.6%と危機的水準にあるとされており、国際自然保護連合(IUCN)は絶滅危惧種に指定している。この資源の大半は日本によって漁獲されている。カツオやメバチマグロと同様に、「初期資源量比20%を中期回復目標と設定してクロマグロの資源保護を図れ」と米国など他の加盟国から散々言われてきたにもかかわらず、水産庁はこれまでかたくなにこれを拒否し続けてきた。

また同じWCPFC管轄魚種でもクロマグロなどの北太平洋の資源については「北太平洋まぐろ類国際科学委員会(ISC)」という日本の科学者が多数参加するフォーラムで評価が行われてきた。しかしISCについては、運営が透明性に欠けるとの批判がWCPFC加盟国や各国の科学者・専門家からも上がっていた。カツオやメバチマグロについては乱獲を指弾しておきながら、クロマグロになると自国の乱獲を擁護し、SPCでの資源評価は不透明だと疑念を持ちながら、自分たちが中心のISCについては不問に付す。立場に一貫性が見られないのである。

筆者の専門分野でもある政治学では「ソフトパワー」という概念がある。米国の政治学者ジョセフ・ナイが名付けたものであり、強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力のことを指している。軍事力や経済力によって相手に何か本当はしたくないものを“押し付ける”のが「ハードパワー」である一方、科学的・専門的知見や主義主張などによって相手になるほどと思わせ、自分の考え方に“引き寄せる”のが「ソフトパワー」である。注意しなければならないのは、「ソフトパワー」とは“押し付ける”ではなく“引き寄せる”力なのであって、主張に引き寄せるためには、その主義主張が一貫していなければならない。主張の一貫性、それこそが水産庁によるマグロをめぐる日本の漁業資源外交にともすれば欠けてきたものである。

これに類する問題はカツオ・マグロだけにとどまらない。例えば秋の味覚であるサンマの不漁が近年マスコミを賑わせており、これについて日本は「北太平洋漁業委員会(NPFC)」というこの魚種を管理する国際委員会で資源保護強化を訴えている。ただ、NPFC科学委員会は当該資源が乱獲状態に陥っていると評価しておらず、漁獲を近年急増させてきた中国、台湾など他の漁獲国の腰は重い。日本はこれに対して、たとえ資源は乱獲状態に陥っていないとしても、それ以前の段階から十分予防的な対策を講じるべきであるとNPFCで訴えている。しかし日本は中国などの漁獲急増が起こる前、サンマの資源保護に対して実際の漁獲量を上回る漁獲枠を設定するのみで、何ら実効的な国内資源管理策を実施してはこなかった。ろくな資源管理を国内的にしてこなかった国がいくら保護的な資源管理を国際的に訴えても、それに耳を傾ける国がどれほどいるだろうか。

日本に必要とされる予防的な資源管理と首尾一貫性

日本は世界有数の魚の漁獲国であり消費国である。もし日本が厳格な資源管理対策を国内的にも実施して資源回復に成功すれば、それは一つの成功モデルとなるだろう。徹底した資源管理とその成功を背景に国際的にも資源保護を訴えるならば、日本の主張は“引き寄せる力”を有するようになるだろう。

太平洋クロマグロについて日本はWCPFCでの各国からの強い批判に押される形で、今年ついに初期資源量比20%を中期目標とし、2034年までにこの水準まで回復させることに合意した。今後はこれに基づき、すでにWCPFCで設定されている漁獲枠を順守し、資源回復を図るため国内的な措置を着実に実行することが必要である。クロマグロの資源が低位にある限り、カツオやメバチマグロのことをWCPFCで訴えても、「クロマグロに比べれば全然ましではないか」と太平洋諸国はクロマグロをいわば「カード」として使ってくるだろう。そうした負のカードを日本は一刻も早く捨て去らなければならない。

WCPFCをめぐるマグロ資源外交で日本がリーダーシップを取るためには、まず最低条件として、太平洋クロマグロを可及的速やかに資源回復させなければならない。他のマグロや魚種についても同様に、徹底した資源管理を実施して世界に一つの範を示す必要があるだろう。その上で、どの交渉の場でも首尾一貫して予防的な資源管理という立場を貫くこと、それがわが国が漁業資源外交の分野での「ソフトパワー」を発揮し、国際社会において名誉ある地位を占めるための条件なのである。

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