21世紀の新環境政策論 ~人間と地球のための持続可能な経済とは第14回/ドイツのエネルギー転換

2016年05月15日グローバルネット2016年5月号

京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)

ドイツが世界で最も早く再生可能エネルギー(再生エネ)の固定価格買取制度(FIT)を導入して実績を挙げ、福島第一原発事故を契機として脱原発を加速し、経済発展を遂げながら温室効果ガスの削減にも成果を挙げていることはよく知られている。一方、ドイツはフランスから原子力発電の電力を輸入して脱原発をしている、FITによって電力料金が上がった、石炭火力が増えている、などの誤った認識もある。

ドイツのハインリッヒ・ベル財団は、「エネルギー転換:ドイツのエナギーヴェンデ」で、エネルギー転換を詳細に論じている(日本語版PDF; http://www.renewable-ei.org/images/pdf/20160308/Energy_Transition_german_energiewende.pdf)。この報告書に依拠し、ドイツのエネルギー転換を見てみよう。

ドイツのエネルギー転換とは

①ドイツのエネルギー転換の到達点

ドイツでは1990年代初めまで電源構成は日本と同様化石燃料と原子力が中心であった。しかも、他国に比べ再生エネ資源の賦存量(理論的に導き出された総量)は豊かではなかった。にもかかわらず現在は、再生エネで世界のトップランナーとなっている。

はエネルギー転換の目標と実績だ。ドイツでは2014年、すでに1990年比で温室効果ガスを27%削減し、電力消費に占める再生エネ比率を32.5%に増やし、最終エネルギー消費に占める比率を13.7%としている。一次エネルギー消費の効率は、2008年比で7.3%改善している。今後長期目標達成に向け課題は残るが、各分野で顕著な実績を挙げている。

2050年に向けたエネルギー転換の目標と実績
2014年実績 2020年目標 2030年目標 2050年目標
1990 年比での
温室効果ガス削減量
▲27% ▲40% ▲55% ▲80~95%
電力消費に占める
再生エネ比率
32.5%
(2015年)
35% 50% 80%
最終エネルギー消費に
占める再生エネ比率
13.7% 18% 30% 60%
1次エネルギー消費効率(2008 年比) ▲7.3%
(2015年)
▲20% ▲50%

資料:Federal Government 2010, BMU/BMWi 2014, BMWi 2015, AGEE-Stat 2014, AGEB 2015, Agora 2016 より筆者作成

②脱原発政策

エネルギー転換の中核が脱原発だ。ドイツでは、2000年に、社民党と緑の党の連立政権下で、2023年までにすべての原子力発電所の廃止が決定された。ところがメルケル首相は2010年9月に、既存原発の稼働期間を平均12年延長する提案をした。これが、野党や市民団体の強力な反対運動を呼び起こし、さらに2011年3月の福島原発事故後の反原発世論の高まりと地方選挙の敗北を受け、メルケル首相は、2022年までに段階的に原発を停止するとの政策転換を余儀なくされた。2011年7月には、原子力法改正案や再生エネ法改正案が成立し、国内17基の原発を2022年までに閉鎖することが決められた。

2016年3月時点では原発8基が稼動しているが、これらも、具体的な停止日程が定められている。原発の閉鎖による電力不足分は再生エネ電力、天然ガス火力発電、電力消費の削減(効率改善と節電)、需要管理、残存する従来型発電所によって賄う計画である。

③固定価格買取制度(FIT)

再生エネの急速な拡大を促進したのが、FITである。FITは1990年代初頭から導入され、2000年に制定された再生可能エネルギー法(EEG)によって拡大強化された。EEGは、再生エネの系統への優先接続を規定し、投資家が、電力取引所の電力価格に関係なく、投資の見返りをもたらす十分な補償を受け取らなければならないと定めており、投資の安全性と手続きの簡便性などによって再生エネの拡大に寄与した。太陽光発電設備および風力発電所所有者は、系統へのアクセスを保証され、系統運用者は再生エネ電力の買い取りを義務付けられ、その結果従来の発電所は発電量を抑制せざるを得なくなる。

④エコロジー税制改革

1998年に、社民党と緑の党の連立政権は、エコロジー税制改革を導入した。これは環境税(エネルギーなどへの課税)の引き上げにより環境負荷を削減し、税収を年金財政補填として年金保険料の減額に充て、雇用コストの引き下げを通じて雇用促進をした。環境負荷削減と雇用促進の同時達成を目指す税制改革だ。エネルギー税率は2000~03年まで毎年引き上げられ、年金保険料率は毎年引き下げられた。ガソリン・ディーゼル税は、1リットル当たり毎年3.07ユーロセントずつ、5年間で15.35ユーロセント上がった。グリーン税制実施期間に、燃料消費が減少し、公共交通機関利用者数は増加、低燃費車販売も増えた。給与所得税は1.7%減少し、人件費負担が減り、新たに25万人の雇用が創出された。

エコロジー税制改革は、化石燃料消費など環境に有害な活動に対して増税し、税収は社会が良しとするもの(労働)のコストを削減するために使い、税収中立で増税ではない。この政策は、燃料消費を削減しながら雇用を創出し、ドイツ産業の国際競争力を高めた。

⑤ドイツは電力輸出国である

ドイツは従来電力の純輸出国である。1週間で8基の原発を停止した2011年にもそれは変わらなかった。2012年には、フランスへの電力輸出も含めて輸出が最高レベルに達した。将来的にも、ドイツは十分な発電容量を継続的に追加し、電力の純輸出国であり続けるだろう。

⑥ドイツでは石炭の復興が起こっているのか?

2013年の英国政府の研究では、ドイツの新規石炭火力発電所建設につき、「現在建設中のもの以外、当面の間、CO2対策なしの大型の新規石炭火力発電所プロジェクトはないだろう」と結論付けている。

実際、2011年の福島第一原発事故後、脱原発を決定して以来、電力計画に石炭火力発電所は一切追加されていない。2012年と2013年に稼働を開始した発電所は2007~08年の好景気の結果で、エネルギー転換の結果ではない。

⑦ドイツは環境保護を進めつつ産業振興を図っている

エネルギー集約型産業は、再生エネ電力の賦課金を大幅免除され、再生エネが供給する安価な電力の恩恵を受けている。風力、太陽光、バイオガスなどの技術は、従来産業にもビジネスチャンスを与え、風力発電機メーカーは、自動車部門に次ぐ鉄鋼購入企業だ。太陽光部門は、ガラスやセラミックなどの産業を支え、農村はバイオマスだけでなく、風力や太陽光の恩恵も受けている。

⑧FITは電気料金上昇の主要因ではない

ドイツで再生エネが高いと思われる理由は、全コストの大半がEEG賦課金として直接支払われるからだ。対照的に、石炭や原子力による発電に対する補助金は、税金で主に間接的に支払われてきた。実際、化石燃料と原子力は再生エネをはるかに上回る補助金を受けている。早期の再生エネ投資で、ドイツは多額の費用を負担したかもしれないが、将来も発展する技術の主要な提供者の地位も確立した。

2015年のドイツ連邦経済エネルギー省による研究では、2013年に再生エネによる電力と熱利用で回避したコストは正味90億ユーロと算定され、エネルギー輸入への依存も徐々に減っている。

ドイツのエネルギー転換が示唆するもの

ドイツは国民世論を背景に、原子力と化石燃料から脱却し、「再生可能エネルギー経済」への移行を目指す「エネルギー転換政策」の推進で、気候変動防止、エネルギー輸入削減と安全保障、グリーン・イノベーションと雇用拡大、原子力発電リスク削減、地域経済強化と社会的公正の実現に着実に成果を挙げている。わが国はどこまでその示唆をくみ取れるだろうか。

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