特集/シンポジウム報告
IPCCシンポジウム2017~気候変動の科学と私たちの未来~
基調講演1:IPCC 第6次評価報告書の作成に向けて

2017年04月15日グローバルネット2017年4月号

気候変動問題を考えるシンポジウム(環境省主催)が今年1月、東京の千代田放送会館で開かれました。フランスから気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1作業部会(WG1)の共同議長を招き、気候変動の科学についての現状や新たな知見などを紹介していただき、それらの知見を国内での気候変動対策の普及や国際貢献の推進に生かすためにどのような取り組みを進めるべきか、科学者や政策決定者、気象キャスター、高校生が参加者とともに議論しました。今回はその基調講演とパネルディスカッションの内容を紹介します。

IPCC WG1 共同議長
ヴァレリー・マッソン=デルモットさん

気候科学の枠組みで進められているさまざまな研究

気候科学は、科学の学問分野として世界の多くの科学者たちが重点を置いて最優先で研究を進めている分野です。論文も数千件に及び、社会や政策に関連する研究も行われています。

古代エジプトにおいて、ナイル川沿いの食糧生産のために重要な洪水測定が始められました。また、17世紀には気象測器が普及し、今では人工衛星を活用して、遠隔操作での測定も始まっています。理論的な知見もスーパーコンピューターに蓄積され、今や地球気候モデルとして過去の変化についてもモデル化できるようになりました。未知の世界はまだ多く残っているものの、数多くの重要な知見が蓄積されています。

大気圏に温室効果ガスが入ることにより、地球と宇宙の放射収支が変わってきます。放射収支の不均衡によって地表の気温は上昇し、氷が融解します。そして海表および深海では貯熱が行われます。20世紀中旬、気候システムに注入された熱の90%以上が海洋貯熱されています。海洋循環の単位は一千年ぐらいで、それだけ不可逆性があるということになります。

また、余剰エネルギーによって地球のエネルギー収支の不均衡が引き起こされています(図①)。地表の気温上昇は、地球で生活している者にとって重要です。また、地域的に起きる熱波や水循環の変化、あるいは海氷および氷山の減少など気候変動による影響の多くは、地表の気温上昇に関連しています。

17~18世紀の産業革命以降のエネルギー不均衡について、大きな起因となったのは大気圏における二酸化炭素(CO2)濃度およびメタンの濃度の上昇です。太陽の活動の変化は18世紀以降ほとんど影響を与えておらず、主な原動力はやはり大気におけるCO2濃度の上昇であることは間違いないのです。

では、CO2濃度の上昇原因は何か。1870年のCO2濃度は288ppmと産業革命以前の水準ですが、現在は400ppm以上になりました(図②)。その最も大きな原因として、石炭・石油・ガスなどの化石燃料の燃焼が挙げられます。土地利用や森林伐採も寄与しています。

一方、それを相殺しているのがCO2の吸収源である陸上の植生と土壌です。海洋の吸収源によっても相殺されていますが、それは海洋の酸性化や海洋生態系に対する影響、また海洋生態系に対する私たちの依存の変化によっても影響を受けています。

気候の現状

最新の知見によると、近年の大気組成の傾向では、CO2の濃度が急激に上昇しています。これは、人為的なCO2の排出が横ばいであるにもかかわらず、2015~16年において植生の吸収能力が低下したということが大きな原因であり、その濃度は、これまでの80万年で未曾有の水準に達しています。

地上気温の上昇については、さまざまなデータセットがあり、日本の科学者によっても裏付けられています。10年ごとに0.18℃ぐらい上昇していたのですが、過去2年は産業革命以前の気温に比べて1℃以上上がっており、均一に上昇しているわけではないことがわかります。

また、海洋よりも陸上の温度の方が上昇しています。地域的なフィードバックプロセスによる差異があり、南極の温暖化は地球平均より2~3℃高い状況です。

前述のように、エネルギー不均衡における強い指標となるのが深海における貯熱量です。海洋の熱含有量は増えており、これは将来大気に放熱されるため、温室効果ガスの排出をいくら減らしても温暖化が起きることになります。そのため海洋状態をモニタリングし、地表における放射収支のシステムを理解することが非常に重要です。

観測された温度変化と気候のシミュレーションを比べてみると、温暖化は安定性のある変動でないことがわかります(図③)。年によってはエルニーニョなどにより、通常より気温が上昇し、とくに太平洋などでは自然変動性が影響を及ぼしています。最近の温暖化は理論的に予想していた気候変動応答で、温室効果ガスの削減効果により、予想されていた軌道に戻ってきたということがわかります。

IPCCの評価プロセスと今後の予定

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の役割は、人為起源の気候変動の科学的根拠の理解、脆弱性を含めた潜在的な影響、適応策と緩和策のオプションに関する科学的・技術的・社会経済的な情報を集め、評価することです。独自の研究を行っているわけではありませんが、新たな研究を奨励しています。端的に言うと、政策には関連していますが政策を規定するわけではありません。

評価は新たな知見で変わり、モデルに対する信頼度も変わり、モデルもさらに高度化し、証拠も集まってきています。第1次評価報告書(AR1)は地球温暖化の効果・影響に関して、第2次(AR2)では気候変動に対する識別可能な人為的影響、第3次(AR3)では過去50年間に観測された地球温暖化はほとんど人間活動によるものであるという新たな、かつ強力な証拠が得られました。第4次(AR4)では気候システムの温暖化は疑う余地がないこと、第5次(AR5)では明確に気候システムに対し人間の影響があると結論付けています。

報告書の作成は、まずスコーピング会合で政府がそのメンバーを選び、章や構成などを決めます。その後、執筆者を推薦・選考し、地域(途上国、先進国)やジェンダーなどのバランスを調整します。そして、ドラフト(案)を作成し、政府の専門家も加わり、レビューを重ね、科学者が査読を行い、1行ごとに総会において承認の上、「政策決定者向け要約」としてまとめられ、公表され、WEBサイトにおいて無料で入手することができます(www.ipcc.ch)。

現在、①1.5℃の地球温暖化(2018年9月を予定)②気候変動と海洋・雪氷圏③気候変動、砂漠化、土地劣化、持続可能な土地管理、食糧安全保障、陸域生態系の温室効果ガスフラックスに関する三つの特別報告書が準備中です。

第6次(AR6)は第1作業部会(WG1、自然科学的根拠)から2021年4月に発表予定です。その後、WG3(気候変動の緩和)、WG2(気候変動の影響・適応・脆弱性)の報告書が予定されており、影響に関する評価と物理的な影響については、新たな知見を盛り込めるよう期間が空いています。そして統合報告書は2022年4月に発行予定です(図④)。

新たな知見 AR6の作成に向けて

観測された変化を理解することは重要です。AR5では、世界の気温や北極の海氷、地域の気温の変化など変化傾向への人為的影響を評価しています。1951~2010年に観測された地上気温の変化に寄与するのは、やはり、温室効果ガスが主流です。

米国科学アカデミーは集中豪雨や熱波など極端現象の原因を調べています。気候変動が一つの現象にどのように影響していて、その原因はどこにあるのか。それは気候モデル次第で変わり、観察データがどれくらい豊富にあるのか、長期的な記録がどこにどれだけあるのか、また、自然的なメカニズムや物理的なメカニズムの理解も必要です。例えば、今世紀初頭から始まったシリアにおける干ばつは、降雨の減少により気温が上昇し、これが気候システムに影響しているとしています。一方、アメリカ・カリフォルニアの干ばつについては、降雨の減少は自然の変動によるもので、干ばつの程度がひどくなっているのは、気温の上昇によると結論付けています。

その他にもさまざまな研究が進められ、多くの新たな知見が集まってきています。さらにリスクや極端現象などに関する理解が深まり、解明がさらに進むよう期待されます。

AR6の作成に向けて、IPCCのホーセン・リー議長が常に強調しているのは「解決策の重要性」と世界の人口の多くが集中している「都市部への注目」です。より良い解決策、より優れた観察、プロセスの理解、モデル評価、予測はデータをベースにしなければなりません。つまり、将来のリスクについて、最良の知見を集積する必要があるのです。

AR6では、最良の章構成を考え、新たな科学的知見を盛り込めるよう努めたいと考えています。

ヴァレリー・マッソン=デルモットさん
IPCC WG1 共同議長:フランスの研究所IPSL/LSCE シニア研究員、IPCC AR6 サイクル WG1 共同議長。専門は過去の気候および大気水循環変動の研究。研究および子供や一般への普及実績によりイレーヌ・ジョリオ= キュリー賞(2013)、Tinker-Muse賞(南極の科学と政策)(2015)、トムソン高被引用論文研究者(2014 ~)、ジャン・ペラン賞(科学のアウトリーチ)(2016)など表彰多数。

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