特集/プラスチック汚染を終わらせるには国際プラスチック条約交渉の進捗と展望~INC5に至る経緯と実効的な条約実現に向けた考察
2025年01月17日グローバルネット2025年1月号
グリーンピース・ジャパン シニア政策渉外担当
小池 宏隆(こいけ ひろたか)
本特集では、プラスチック条約のこれまでの議論と最新の状況を紹介しながら、そもそもプラスチックはどのような問題を引き起こし得るのか、プラスチック汚染ゼロを目指すためにはどのような対策や手法が考えられるのか、国内の企業連合の取り組みなども交えて紹介します。
2022年3月、第5回国連環境総会再開セッション(UNEA5.2)において「プラスチック汚染を終わらせる:法的拘束力のある国際文書に向けて」と題する決議が採択され、国際プラスチック条約の交渉開始と、採択に向けた合計5回の政府間交渉委員会(INC)が決定された。2024年11月25日より12月1日にかけて開催された第5回の会合(INC5)は、結局延長され12月2日未明に終了したものの、議論は収束せずINC5.2への継続が決定された次第である。
本稿では、INC5までの議論を整理し、最終回となるはずのINC5.2に向けて、実効的な条約実現に向けた議論に貢献したい。
INC3からINC5に至る交渉の推移
2023年11月のINC3は、9月に公表された議長作成の条約素案を基に議論を進める予定であったが、初日からサウジアラビアやロシアを筆頭とする少数の国々が、自国の意見が十分に反映されていないとして議長素案を土台とした交渉を拒否。結果として、すべての国の提案を網羅的に盛り込んだ条約草案改訂版(全69頁)の作成に終始した。加えて、INC4までの会期間作業として専門家会合の実施が検討されたが、意見の相違と時間的制約により合意に至らず、INC4での結実を待つこととなった。
2024年4月のINC4は、これまでの会合で最も建設的な議論が展開された会合であろう。INC3で合意された条約草案改訂版に基づき、各条項のオプション整理・統合が進められた。一方、意見の隔たりが顕著な課題については新たな提案も加わり、議論の拡散を招いた。最終的に作成された統合条文案は73頁に及び、INC5での議論完結に懸念を示すこととなった。
INC2より懸案であった会期間作業については、二つの専門家会合(①懸念のある化学物質、製品設計等の基準など主要義務規定に係る技術的事項、②資金・技術支援等の実施手段)の開催が、INC4でなんとか合意された。ただし、これらの会合は議論の場としての役割に限定され、交渉上の効力を持つ文書の作成権限は付与されなかった。3回のオンライン会合を通じて論点整理や実質的な議論が行われ、同年8月に、バンコクにて専門家会合が開催された。
これと並行して、議長は、独自に交渉促進を試みた。8月のバンコク会合前に「議長ノンペーパー」(非公式文書、以下CNP)を提案。その後、オンラインおよび10月のナイロビでの代表団長会合を通じて加盟国の意見を収集し、目次のみのCNP1から、概略を含むCNP2、さらに意見の隔たりが少ない部分については条文案を含むCNP3へと改訂を重ねた。
INC5における論点と成果
CNP3を交渉の土台としたINC5では、CNP3が交渉の土台として受け入れられ、4つのコンタクトグループと条約案の法的な確認等を行うグループが設置された。CNP3を基礎に、INC4で作成した統合条約案を参照しつつ条約全体の案文について交渉が進められた。11月29日にはCNP4が提示され、さらなる議論が展開された。
最終日12月1日には、議長から条文案(CNP5)が提示されたが、理事や加盟国からINC5での交渉継続について支持が得られず、議長はINC5.2の開催を最終全体会合にて提案。CNP5をINC5.2交渉の出発点とし、引き続き条文案すべてが交渉対象であることを確認して休会した。合計5回のINCを開催すると規定しているUNEAの決議を破らずに議論を継続するという整理だ。
INC5では、目的(第1条)、製品設計(第5条)、放出・流出(第7条)、廃棄物管理(第8条)、既存のプラスチック汚染(第9条)、公正な移行(第10条)、履行・遵守(第13条)、国別行動計画(第14条)や条約一般に付帯する条文(最終規定)等について、具体的交渉を通じて条文案の最終化に向けた進展が見られた。一方、プラスチック製品(第3条)、供給・生産(第6条)、資金(第11条)等について各国の見解の相違が解消されず、条文なしのオプションを残すこととなった。
INC5は失敗ではない
市民社会としては、本会合は「失敗」ではなく、むしろ最悪の事態を回避し、生産規制に向けて大きな推進力を生み出した点で評価すべきものとされている。INC4の会期間作業のテーマに関する交渉では、EUをはじめとした野心的な国が、生産規制を交渉の犠牲とし、プラスチック製品や化学物質の規制を勝ち取りにいった。これを見た市民社会や先住民グループは、INC4以降、野心的な国に対する提言や要望を強化。その結果、100ヵ国以上が、パナマと太平洋小島嶼開発途上国が主導する世界的なプラスチック生産規制の導入提案文書を支持し、94ヵ国がメキシコ主導の、最も有害なプラスチック製品およびプラスチックに含まれる懸念のある化学物質の段階的廃止に関する法的拘束力のある義務の導入を求める声明に賛同するなど、大きな成果に結びついた。12月1日には、高野心連合(HAC)主導で、パナマ、フランス、EU、フィジー、ルワンダの代表が登壇して、強力な上流規制を求める記者会見を実施。期間中最も人が集まった記者会見となった。最終日には「Stand up for Ambition」と題する声明をルワンダが発表し、85ヵ国が署名。この際、多くの国がスタンディングオベーションで支持を示し、キューバやイラン、韓国政府の一部もつられて立ち上がって拍手している中、日本政府は立ち上がることもなく、その消極的姿勢が際立つ結果となった。このように、市民社会や先住民の働きかけ、そして野心を求める途上国の声が、生産規制を捨てて妥協できないほど政治的にコストの高いものとすることに成功したのだ。
日本の交渉姿勢に関する評価
日本は、小野洋介環境省参与がアジア太平洋グループを代表するINC理事として、円滑な意思疎通の促進に寄与してきた点は評価に値する。しかしながら、条約の実質的内容に関しては、上流規制について「国別事情」を重視する立場を堅持し、国際的なルール形成に消極的な姿勢を示している。日本の文案を見てみると、主に下流(流出や廃棄物管理)と、他の先進国と共同して資金や技術に関する実施手段について提出している。
2040年までに追加的汚染をゼロとするという目標設定を一貫して主張している点は特に評価すべきものの、上流について交渉中の発言のみで提言がないのは、日本の立場をわかりやすく表している。すなわち下流優先姿勢に変わりはない。さらに、プラスチック汚染に苦しむ国々や気候変動により生活基盤を脅かされている人々が野心的な条約を求める中、HACのメンバーである日本が、上述した共同声明や記者会見への不参加を選択したことは、国際的なリーダーシップの観点でとても残念だ。
今後の展望
INC5.2に向けた交渉は、2025年の米国新政権やドイツ、カナダの選挙等、多国間協調主義にとっては難しい1年となる。日本に求められるのは、中印米が加盟するかしないかを口実とした消極的姿勢の継続ではない。米国と違って、そもそも中国はほとんどの環境条約に入っているため、個人的には心配していない。むしろ日本は、プラスチック汚染の根本的解決を目指す条約が、技術先進国である日本にとっても利益をもたらすという認識に立ち、汚染に苦しむ人々と win-win になる条約の実現に向けて、これまでの立場を再考し、野心的な姿を見せるべきだ。
すでに縮小中のプラスチック製造業のGX転換を踏まえれば、また(小さい市場規模ながら)高度高品質ポリマーにおける日本の高い国際シェアを見れば、環境的にも経済的にも、守るべきは現状の使い捨ての大量生産・大量消費ではなく、技術を駆使して消費の在り方の根本的な変化を可能にするリユースビジネスや不可避なプラスチック製品の代替などを育てるべきだ。世界的な課題の根本的解決に貢献する姿勢を明確に示すことが、今後の日本のプラスチック条約外交における重要な課題となるであろう。