日本の沿岸を歩く海幸と人と環境と第96回 「松葉ガニ」厳しい選別で品質保証-山陰道・兵庫県但馬

2025年03月14日グローバルネット2025年3月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

但馬地域(兵庫県北部)の日本海沿いは、冬の松葉ガニ(ズワイガニの成熟した雄)シーズンになると水揚げと観光客受け入れで活況を呈する。ズワイガニ漁獲産出額で昨シーズン全国1位(量は2位)の兵庫県の但馬にはカニの水揚げ港が点在する。東から豊岡市、香美町、新温泉町の一市二町。それぞれの漁港では厳格な選別基準で品質を保持し、周辺の有名温泉地などへ「日本海の至宝」を供給している。

●選別基準は100以上も

豊岡市の城崎温泉は、「カニ王国」と呼ばれ、約80軒の旅館がある。外湯めぐりが人気の温泉町は、駅前に歌碑がある『城崎恋歌』(歌:細川たかし)のように大人の雰囲気を感じさせる。津居山港で水揚げした「津居山かに」が提供される。

ここから西へ香美かみ町の柴山港(柴山がに)、香住漁港(香住港まつばがに)、新温泉町の浜坂漁港・諸寄もろよせ漁港(浜坂産松葉がに)などブランド名を持つ漁港が連なる。松葉ガニは京都府から島根県までの日本海で漁獲されるズワイガニ。メスガニ(セコガニ)、脱皮後の柔らかいミズガニ、輸入物は松葉ガニと呼ばない。

城崎温泉の湯につかった後、午前6時20分に柴山港に到着。カニ漁船7隻が所属し、昨シーズンのズワイガニの漁獲量135tを誇る。魚市場に到着すると、関係者100人ほどが既に集まり、7時からの競りを前にズワイガニの最終の選別作業中。選別シートの上に並べたカニを、数人の女性が目を凝らして品定めしている。姿、大きさ、重量、身の詰まり、傷の有無などを細かくチェックし、はがき大の紙に等級などを書き込んでいた。

選別後、水槽に入れられたズワイガニ(柴山港)

作業中の女性に尋ねると、「漁船が帰港した昨夜10時から徹夜です」と明かす。柴山港のズワイガニ選別は「神の手」を持つ漁師と選り手が100以上の基準(選り手によっては300以上)を設けており、日本一厳格と言われる。この日、最上位「柴山ゴールド」はなかったが、活気ある競り声が響いていた。

但馬漁業協同組合柴山支所の松本拓也さんの気がかりは、北海道で大量発生しているオオズワイガニの流通。外見、大きさがよく似たカニが店頭に並び、メスガニの価格下落を招いているという。

●「香住ガニ」のブランド

市場の隣には競り落とされたカニや魚をすぐに販売する店が3店並ぶ。ズワイガニだけでなく、ホタルイカ、ハタハタ、ケンサキイカ、カレイ、アカエビなど四季折々の魚介類が並ぶ。

次に4 kmほど西にある香住漁港へ。ズワイガニのほか、ベニズワイガニ(漁期は9月から翌年5月末)のブランド「香住ガニ」が知られる。ベニズワイガニは漁獲期間が長い上、お手頃価格が魅力だ。残念ながら、この日は悪天候でカニ漁船の入港がなく、市場では定置網で捕れた魚類が並んでいた。カニを扱うには「目利き十年、ゆで一生」といわれ、ゆでる技術が重要。町内には輸入ものも扱う有力加工業者が多い。

香美町にはカニ料理発祥など「カニ町」らしい話題がある。昭和初期に香住地区の民宿が「かにすき」を考案した逸話がある。また香住地区出身の山田六郎氏が大坂道頓堀に進出、1959年に「くいだおれビル」を建設した。大きな動くカニの看板で有名な「カニ道楽」(創業者は豊岡市出身)の出店より3年前である。

町内2漁港での取材が終わると香美町役場を訪ねた。農林水産課の緒方親吾さん、観光商工課の吉津弘一さん、吉田桂太郎さんから説明を聞いた。

町は2年前に観光誘致のための神戸事務所を閉鎖した後、ふるさと納税のPRのために京セラドーム大阪(大阪市)の広告、大相撲千秋楽に懸賞幕を出した。SNSなどでの情報発信にも力を入れている。

その成果が出て、同町のふるさと納税は23年12億円と前年比5割増だった。品目トップのカニだけでなく牛肉、米やナシなど特産品もある。町のある美方地域は神戸牛などになる但馬牛の産地。世界農業遺産に登録された日本を代表する但馬肉の魅力は大きい。町内の宿ではカニと但馬牛の「ダブル鍋」も出る。

一方、町の漁業は、漁獲の減少傾向など不安材料がある。町内の漁獲金額はピークの1982年の半分以下になり、香住漁港の施設老朽化も目立ってきた。柴山と香住の港の再編、建て替えなどの将来計画について「香美町の水産を考える会」で検討している。

●本物の味にリピーター

最後は浜坂漁港。鳥取県と接する新温泉町にある。浜坂漁業協同組合にはカニ漁船13隻が所属し、ズワイガニの水揚げは全国トップクラス。専用水槽で生きたまま持ち帰る。選別も厳しい。最上級の「光輝こうき」は1.3 km以上で漁獲場所まで考慮される。この港では2年前、初競り1匹1,000万円で落札された記録がある。

浜坂漁協の玄関上に飾られた巨大なカニのオブジェは、ゆでる前の光沢のある茶色。そのリアル感は漁業者の自負を物語っているようだ。

カニ料理や直売所がある浜坂の水産会社ビル

港近くに団体客用の展望レストランを含め、寿司店、カニ販売所などが入る水産会社のビルがあった。到着したときは営業終了後だったが、多くの客でにぎわっているようだ。町内には温泉地が3ヵ所あり、港近くの浜坂温泉では「かにソムリエ」が46人もいる。カニだけでなく地元の城下町の歴史や文化なども合わせた町の魅力を解説する。

但馬地域に共通するのは、伝統的な民宿では家族的な雰囲気でカニ料理のリピーターが多いことだ。ネットには「民宿でカニ刺し、焼きガニなど食べきれないほどのカニずくし。大満足です」などの好評が多い。

カニの値段に触れておくと、旅館などの松葉ガニのフルコース5万円程度は普通とされ、高嶺の花でもある。だが需給で決まるのが価格。柴山港や浜坂漁港などでの漁獲や選別についての厳格な基準はプレミアム感を生み、高価でも「本物の味」を堪能したいと願うファンを満足させている。武士道や茶道などの「道」に通じるような厳格な選別は、美意識や格別の味を反映している、といっても過言なさそうだ。

香美町役場を取材した後には、山陰海岸ジオパークの自然を堪能するための時間を持った。柴山港近くの大引おおびきの鼻展望台、余部鉄橋「空の駅」展望施設を訪ねた。展望施設に置いてあった旅ノートには「14年ぶりに家族で訪れカニを堪能しました」の書き込みを発見した。さらに険しい山道を約4 km走って御崎みさき地区にある余部埼あまるべさき灯台へ。丹後半島も見渡せた。夏は漁火が美しいという。近くには平家落ち武者集落もある。青い海、荒々しい断崖…感動の絶景があふれている。

大引の鼻展望台から望む日本海

浜坂漁港では山陰海岸ジオパーク館に立ち寄った。ジオパークは山陰海岸国立公園を含むエリアで、京都府から鳥取県に及ぶ東西100 km以上、南北約30 kmの一帯。地質や地形から地球の過去を身近に感じさせる。この日訪れた但馬の海岸がすべて含まれる。

ジオパーク館に展示してある日本海の模型の説明を読むと、ズワイガニが育つのに適した冷たく溶存酸素量が多い海、複雑な海底地形がある。カニは日本海の自然の恵みなのだ。

 

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