GNスクエア第4回森里海を結ぶフォーラム in 岩手 ~森に暮らして海を想い、海に暮らして森を想う
2025年05月21日グローバルネット2025年5月号
森里海を結ぶフォーラム代表
京都大学名誉教授
田中 克(たなか まさる)
2024年10月初旬、第4回森里海を結ぶフォーラムが岩手県気仙郡住田町で開催されました。2021年長崎県諫早市、2022年岐阜県/三重県長良川水系、2023年宮崎県耳川水系に続き、東北での開催となりました。
自然発生的に生まれた第4回フォーラム
それまでの3回のフォーラムはいずれも、主催団体 「森里海を結ぶフォーラム」が地域的な条件その他を考慮して開催候補地を決め、地元の団体に呼びかけて開催してきました。今回は、第3回フォーラムに参加いただいた「ふるさと創生大学」(後述)理事の藤井洋治さんが、椎葉村の海山交流懇親会の大きな盛り上がりの中で、「次回は岩手県住田町で開催させていただきます」と宣言いただき、実現に至りました。
その思いは、柳田国男の遠野物語『伝統文化の基層=源流とは、縄文人が、山・里・川・海を往復しつつ生活圏域の自然と人間文化を調和させ、人が代わり、時代が移っても、それぞれの時代にふさわしい「美と和」を生み出す場である。これは、基層と言ってもよく、無限の可能性を持つ「人間営為の原型」である』に基づきます。第4回フォーラムは、“源流”の息吹を体感し、その意味を考える場となりました。
岩手県住田町とふるさと創生大学
住田町は、三陸沿岸のランドマークの一つ五葉山に源を持つ気仙川の中流に位置する町であり、河口域は広田湾に面する陸前高田市です。この地には、東日本大震災からの復興過程で示された高い人間力を備えた人材の宝庫であることを見出された池上惇先生(京都大学名誉教授;文化政策・まちづくり大学校代表)が核となり、2017年に「ふるさと創生大学」が創設されました。地域に根を張り、その土地の潜在資源を掘り起こし、技や業を生み出し、続く世代に継承する持続可能な社会の源となる豊かな人間力、すなわち 「文化資本」に恵まれ、共に学び共に生きる未来を開く確かなものが存在しています。
フォーラムの概要
五葉山火縄銃鉄砲隊による演武、ふるさと創生劇団による朗読劇「源流の息づかい-縄文からの風」によりシンポジウムが開幕されました(写真①)。

写真① 開幕を告げるふるさと創生大学の皆さんによる朗読劇
基調講演
「勇気をだして人生を創ろう」池上惇(ふるさと創生大学学長)
森里海のあいだを結ぶ現場から
・「山を知る・川を知る」
吉田洋一(住田の森の案内人の会会長)
・「私の森里海の物語」
江刺由紀子(おはなしころりん代表)
・「白神山地と陸奥湾」
永井雄人(白神山地を守る会代表)
・「奇跡の海を次世代へ」
浅川嵩典(陸前高田市立博物館学芸員)
参加者よりの森里海を結ぶ意見表明
神奈川県・千葉県から住田高校への地域未来留学生に続き、「森」、「里」、「海」から13名の皆さんによる足元での取り組みが報告され、最後に「森里海を結ぶいのちの宣言」で締めくくられました。
二日目は、「ふるさと創生水田」において地域の皆さんが “モリアオガエル”との共生の思いを込めて育てた稲を刈り取り、かさがけにする作業を楽しみました(写真②)。その後は気仙川ほとりの「ふるさと創生大学」広場で海と山の交流を感じる豊かな食材でのバーベキューで懇親の輪が広がりました。締めくくりは町内各所に存在する「縄文遺跡」の観察会でした。

写真② 子どもたちも参加しての稲刈りとかさがけ作業
「後方支援」の文化
三陸沿岸域では、数十年に一度の頻度で生じる大きな地震とそれに伴う津波で沿岸地域社会が大きな被害を受けると、内陸部の地域社会から直ちに救援隊が出動し、初期の復旧に大きな力を発揮してきました。それは、「後方支援」の文化として、三陸沿岸域に根付いています。
住田町は東日本大震災後の復旧・復興に活躍されたボランティアの受け入れ拠点として町の体育館を開放し、数年間にわたり延べ2万人近くの人々に寝泊まりと食事を提供し、陸前高田市のみならず、釜石市や大槌町の復旧に大きく貢献しました。そのような差配をできる人間力豊かな町が住田町なのです。
縄文の暮らしと文化
住田町には縄文人が暮らした遺跡が多く存在します。気仙川中流の川辺にある小松洞穴からは多くの海の魚介類の殻や骨が発見されています。そこから広田湾までは30㎞弱、現代人よりははるかに健脚な人々は日帰りで往復していたのではないでしょうか。さらに、クロマグロのように海の民でないと簡単には漁獲できない魚の骨が見つかることより、当時から山に暮らす民と海に暮らす民は交流し、物々交換していたのではないかと推察されます。後方支援の文化の源は縄文時代にさかのぼることへの思いが深まりました(写真③)。

写真③ 小松洞穴に集まった縄文に思いをはせる皆さん
能登半島里山里海復興への思い
2024年1月1日夕刻、正月を祝うために久しぶりにふるさとに集まった家族だんらんの幸せが一瞬にして悲劇のどん底に突き落とされる大震災が起こってしまいました。令和6年能登半島地震です。多くの人々が自然を大切に、周りの人々と共に、慎ましく生きてきた里山や里海の暮しが根こそぎ崩されてしまっただけに、その痛ましさが一層深く胸に突き刺さりました。
人々の暮らしの根底を支えてきた水の供給が瞬時にして断たれ、改めて私たちの日々の暮しといのちを支えている物質は水であることが浮き彫りになりました。2011年3月11日に東北太平洋沿岸の広域にわたって未曽有の被害をもたらした東日本大震災時に、被災直後の人々のいのちを支えたのは、山から浸み出る水であり、暖となり食卓を支えたのは薪材でした。私たちのいのちを支えているのは自然の恵みであることを改めて思い知らされました(ウナギ読本(2024)より)。
おわりに
二日間を通じて、源流、ふるさと、海山交流、その原点には縄文の暮らしや文化が根付いていることを体感させていただきました。能登では、1月の震災に続き9月には大水害が重なり、里山里海の暮らしや文化が壊滅の事態に至っていることに思いが及びました。全国の流域でのフォーラムを横つなぎして奥能登へのエールを送る意義を痛感する機会でもありました。それは、「森に暮らして海を想い、海に暮らして森を想う」ことにも通じます。第5回フォーラムは青森県白神山地と陸奥湾を結んで開催が予定されています。
※ 本フォーラムの概要は(一社)全国日本学士会会誌 「ACADEMIA」 に掲載予定です。