日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第99回 湖の生き物と共存するシジミ漁ー山陰道・島根県宍道湖
2025年06月16日グローバルネット2025年6月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
みそと相性のいいシジミ汁はとてもうまい。中でも二日酔いの朝の一杯は格別だ。シジミ(ヤマトシジミ)といえば日本一の産地が島根県の宍道湖。東の中海とともに「水鳥の楽園」としてラムサール条約に登録されている。シジミ漁の小船が浮かぶ光景は宍道湖の風物詩であり、この汽水湖に生息するシジミなど「宍道湖七珍」ともども旅情をそそる。宍道湖の漁師たちは多様な生き物たちと共存してきた。
●宍道湖十景の中で操業

シジミ漁をする漁業者
午前7時、松江市の宍道湖大橋北詰めにある船着き場を訪ねた。宍道湖漁業協同組合参事の桑原正樹さんに小船に乗せてもらうと、渡り鳥のオオバンが浮かぶ水面を走ってシジミ漁の現場に向かった。
宍道湖大橋の下をくぐり、小島の嫁ヶ島が見える位置に到着した。十数隻の小船が見える。朝霧に包まれた宍道湖大橋も嫁ヶ島の残照も「宍道湖十景」にリストアップされた見どころ。「水の都」松江の街なかを縦横に巡る堀川で松江城にもつながる宍道湖。シジミ漁の風景は長山洋子が歌う『松江舟唄』(作詞:廣田衣世・藤岡大拙=いずれも島根県出身)で描かれる。
宍道湖は全国で7番目に大きな湖。東西約17km、南北約6kmで広さ79km2。湖底はほぼ水平で半分が水深5 mより浅い。シジミが生息するのは水深4 mまで。
湖面では小船からジョレン(かご状の金属製漁具)が付いた7~8mの柄を操りながら湖底の泥の中に潜むシジミを採っていた。胸まで水に漬かりながらジョレンを動かす人も。前者が「手掻き」、後者は「入り掻き」。船を動かしながらの漁は機械掻きという。
漁は週に水、土、日曜日を休み、残りの日は一日4時間(機械掻きは3時間)、漁獲は90 kgまでに制限している。殻幅11 mm未満を逃がす網目になっている。
シジミ漁をする組合員は260人。「60歳前後が中心で、シジミ漁以外の時間に農業などの家業や前職の経験を生かした事業をする人もいます」と桑原さん。
水揚げ額の9割はシジミだが、定置網(ます網)もある。宍道湖の「七珍」はスズキ、モロゲエビ、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)、シジミ、コイ、シラウオ。頭文字で「すもうあしこし」と覚えるのだという。
漁獲したシジミは漁業者が選別、砂抜きをする。シジミを硬い地面などに落としたときの音で泥が詰まったり死んだりした貝(ガポと呼ぶ)を除く。宍道湖周辺で二十数社ある仲買(シジミ問屋)が買い上げて全国に流通させる。
シジミは年間を通じて漁獲されるが、産卵前で身が肥えた7月前後の「土用シジミ」と1~3月の「寒シジミ」が旬。定番のみそ汁、酒蒸しなどのほか、ホイル焼き、パスタなどさまざまな料理法がある。
漁協は「宍道湖産ヤマトシジミ」「宍道湖しじみ」として地理的表示保護制度(GI)の認定を申請中だ。
●環境意識した資源管理

シジミ漁の小船が見られる宍道湖
宍道湖は大橋川で東の中海とつながり、さらに境水道を経て日本海に通じる。湖の西に斐伊川(神話のヤマタノオロチが登場する川)が流入している。
宍道湖のシジミ漁は1970年代が最盛期で、90年代から20年間漁獲高で日本一を記録。全国の漁獲高の4割ほどを占めた。
だが、2008年以降、水草(在来種の沈水植物)が繁茂するようになった。11年から13年にかけては低塩分の影響で稚貝の発生や発育も不良となり、水揚げ量は2,000tを切った。アオコも大量発生した。
宍道湖の塩分は海水の約10分の1(中海は約2分の1)と濃度が低いためアオコが発生しやすい。風が吹かないと湖水の上下循環がなくなり酸欠になる。
水草が増える環境変化について、島根大学汽水域研究センターの國井秀伸教授はJAWAN(日本湿地ネットワーク)通信 No.99で、シジミの餌である植物プランクトンが優占する「濁った系」から水草の優占する「澄んだ系」へのレジームシフトの可能性を示唆する。
宍道湖漁協は松江市、出雲市、島根県とで宍道湖流域水産業再生委員会を組織し、漁場保全や資源管理を本格化させた。貧酸素化を防ぐために湖底を耕運、県水産技術センターとで作成したマニュアルに基づいた水草除去などに取り組んだ。さらに稚貝放流、操業日数の短縮などの資源管理を徹底した。そうした努力が実って翌14年には漁獲量日本一に復帰、以後も回復基調が続き23年は4,539tだった。
昨年は水産技術センターの調査で小型のシジミの減少が著しいことが判明し、機械掻きのジョレンの網目を11mmから12mmに拡大、迅速な対応をした。
こうした活動は「浜の活力再生プラン優良事例」として高く評価され、今年3月、宍道湖流域水産業再生委員会は水産庁長官賞を受賞した。表彰式には渡部和夫・代表理事組合長と桑原さんが出席した。
過去には人間による環境破壊の危機もあった。太平洋戦争後、食料増産を目的に中海、宍道湖の干拓事業が始まり、続いて水利を目的とする淡水化事業も計画された。死活問題となるシジミ漁師は反対集会や宍道湖での漁船パレードを行い、東京・銀座などでもシジミを無料配布して支援を訴えた。世論は沸騰し2002年に無謀な淡水化事業が中止された。
桑原さんは「当時の活動に関わった組合員は少なくなりましたが、先輩たちの尽力は忘れません」と話す。
●積極的なPR活動展開
資源管理はシジミの品質向上、販路の多角化につながった。漁協のPR推進チームは「しじみの日」のシジミ漁実演やシジミ汁配布などを催し、オンラインショッピング開設で売り上げも伸ばしている。
桑原さんと別れた後、漁協のシジミ直売所に寄り、さらに「国引き神話」に出てくる島根半島を巡った。目の病気にご利益のある一畑薬師、小伊津の漁村集落などを巡った。小伊津は標高差40mほどの谷間に200軒以上の家が階段状に密集して外国の風景のよう。さらに出雲大社、日御碕灯台、稲佐海岸など有名観光どころにも立ち寄った。
最後に湖西に至り、斐伊川の流入口近くにある宍道湖自然館「ゴビウス」に着いた。宍道湖の生態系を解説し、親しみを深めてもらうことを目指す県立の水族館だ。隣には宍道湖グリーンパークがある。
筆者は以前、この地域で水質改善などを目的にしたヨシの植生帯復元の活動を取材したことがある。コンクリート護岸の整備、生活排水などがヨシ原や魚介類などへダメージを与えている現実も知っておきたい。
ゴビウスの展示の中に、シジミの水質浄化の実験があった。物言わぬシジミが強力な吸水力で植物プランクトンを餌にする能力を見せる。人間に食べられるだけでなく、キンクロハジロやスズガモといった水鳥たちの命も支えるシジミの存在感を感じさせる。
水中だけでなく、水鳥、昆虫、湖岸の植物が影響しながら共存する宍道湖の生態系。その神秘は尽きない。漁業者たちも、生業を通じて、じかに接する宍道湖の自然の魅力を漁協のホームページで発信している。ここまで来れば、シジミ漁師も宍道湖の生態系の一部と言ってもいいんじゃない貝?

宍道湖漁協直売所で販売されている冷凍シジミ
