そんなに急いで どこへ行く?”夢の超特急”リニア沿線からの報告第11回 水枯れも沈下も「お手上げ」(岐阜県瑞浪市)

2025年07月16日グローバルネット2025年7月号

ジャーナリスト
井澤 宏明(いざわ ひろあき)

●30cm超の沈下予測も

岐阜県瑞浪市大湫町では、リニア中央新幹線「日吉トンネル」(全長約14.5㎞)掘削工事による地下水位の低下や水枯れが昨年2月から広がり、地盤沈下も昨年5月以降進行中だ(本誌404号参考)。今年6月3日夜に開かれた住民説明会でJR東海は、被害の原因であるトンネルの大量湧水を止めるために行うとしてきた薬液の「本注入」を断念すると説明した。

これは、地下水位の低下や水枯れ、地盤沈下に対して「お手上げ」と宣言したに等しい。既に約40~70m低下した観測井戸の地下水位はさらに2mほど、雨が少ない場合は5mほど低下、6月25日時点で最大11.3 cmに及ぶ地盤沈下はさらに約10~20 cm、最大計30 cmを超えるという今後の見通しも示した。

JR東海はそもそも、トンネル着工前の2016年10月に公表した文書「工事における環境保全について」で、「必要に応じて薬液注入を実施(中略)することにより、地下水への影響を低減できる」と記していたが、薬液注入は行わず、大量湧水をもたらしてしまった。

そこで、昨年6月24日に開かれた岐阜県環境影響評価審査会地盤委員会では、トンネルの大量湧水が起きた後に「薬液注入」で止めた唯一の成功例として鹿児島県の国道504号「北薩トンネル」を挙げ、これをモデルに対策を進めると説明した。直後の7月下旬、北薩トンネル内壁が崩壊、トンネルが埋まってしまうほどの大量の土砂や水が流れ込む事故が起きた。

この事故を受けてJR東海が検討した結果、今回の現場で本注入を行って水位が回復すると、トンネル外周に均一でない水圧がかかってトンネルが崩壊したり、崩壊した場所から土砂や湧水がトンネル内に流れ込みトンネル上の地表面が陥没したりする「重大なリスク」があることが判明したという。さらに、本注入による地下水位の回復は3.8~7.4m程度にとどまり、「元の地下水位までの回復は望めない」とまで言い出した。

住民説明会は今回も報道陣には非公開で行われた。住民から入手した録音データを基に説明会の様子を再現する。JR東海は説明会で、「本注入」計画を取りやめる一方、低下した地下水位を元に戻す方策は見つかっていないと説明。「代替水源」として、トンネル(深さ約145m)より深くトンネル掘削再開後の影響を受けにくい約170mの「深井戸」を掘ることや、キャンプ場跡地の沢水を引いてくることを提案した。

●「元に戻せないなら止めて」

住民からは「本注入をしないと、大湫の水がみんな日吉(トンネル湧水を排出している非常口)に流れ、将来的には山の木が枯れたり、今以上に影響が出たりすることが考えられるので、全国の技術を結集して水を止めることに最重点を」「大湫町民の水のことは二の次で、まずトンネルを守らなきゃいけない、という姿勢がありありと見える」「リニアが国家的プロジェクトなら、湧水を止めるのも国家的プロジェクトでやっていただきたい」などと湧水を止め地下水位を回復することを求める意見が相次いだ。JR東海岐阜西工事事務所の荒井潤・担当課長は以下のように答えた。

「山岳のトンネルで、掘削した後に出てきた湧水を止めた先行事例は『北薩トンネル』しかなくて、それをよりどころにわれわれは頑張ってきたが、トンネルが絶対に崩れないというリスクが完全に払拭できないというのが現在の状況です。何かしら今後新たに技術革新とかがあれば、もちろんそれも検討する余地はあると思うが、現時点では他に方法がなかなか考えつかないというか、いろいろな専門家の意見を聞いてもなかったというところはご理解いただきたいと思います」

つまり、山岳トンネルでいったん大量湧水が発生すれば、止める手段はないということだ。これは、静岡県内で未着工の「南アルプストンネル」(全長約25 km)や他都県の工事にも深刻な影響を及ぼすのではないか。南アルプストンネルでは、トンネル掘削時の大量湧水により、沢の流量減少や沢枯れが起こる恐れがあることをJR東海も認めている。事前の「薬液注入」によって被害を最小限に抑えると説明しているが、抑えられなかったら「お手上げ」とされてしまうのだろうか。

「元に戻してもらいたい。戻らなかったら(工事を)止めりゃあいい」という住民の必死の願いに対してもJR東海は「元に戻すことが最低条件だということについて、現段階で元に戻しますっていうことを宣言できるような状態にないものですから、そこは大変申し訳ないと思っております」とひたすら謝罪するだけだった。昨年5月から止まっている工事の再開について問われたJR東海は「地元の方にご理解をいただけないと工事を進められないと思っている」と応じた。

●住民に背を向ける市長

「住民の納得は得られないと思う」。説明会後、雨の降る中取材に応じる住民

ところが、3日後の6月6日に開かれた岐阜県の地盤委員会に出席した瑞浪市の水野光二市長の発言は驚くべきものだった。住民説明会の報告として水野市長は「本注入をしないという判断については、住民の皆さんも概ね理解いただいたと私は思っております」と述べた上で、JR東海の説明を聞いた住民が「安心された」「一定の評価をいただけた」と繰り返した。

最後に「大湫の皆さんの中にも『やっぱりできないことはできないよね』とそのようなご意見を言っていただける方もみえたので、少しずつ現実的な判断をしていただけるようになってきているのかなと感じた」と、住民の反応とはかけ離れた報告を行った。

委員会終了後の囲み取材で、筆者は住民説明会の録音データを聞いたと水野市長に伝えた上で尋ねた。「市長は住民の方が『安心された』と繰り返したが、そんな発言は一言もなかったし、『皆さん、現実的な判断をしてもらえるようになっているのでは』とおっしゃったが、そんな住民もいなかった。いくら非公開とはいえ、こんな話をこの場でしていいんでしょうか」。

それに対する水野市長の答えは「もちろん心配される発言をした町民もいるが、しかし、『理解できたね、そうだよね』というふうに理解をして帰られた方も私はいると。また、実際そういう声も聞いたので、そういう発言をさせていただいた」。

委員会では廣岡佳弥子・岐阜大准教授(水環境)から「当初、環境に影響しない方針で工事を始めたのにもかかわらず、不可逆の結果が出てしまって、どうにもならないと(地下水位を戻す対策を)取り止めるのは、倫理的によろしくないと思います」という厳しい指摘もあったが、委員会後の囲み取材で岐阜西工事事務所の加藤覚所長は「説明会で本注入を取り止めるということについてはやむなしという感じで、地域の方にも一定のご理解をいただいているとわれわれも感じているし、市長もそのようなことをお感じになられたようだ」と、水野市長の発言と調子を合わせた。

大湫盆地に広がる田んぼでは、地盤沈下により傾いて水が均等にたまらなくなったため、新たに畔を作って1枚の田を2枚に分けるなど、試行錯誤しながら田植えをする風景が今年5月には見られた。最も地盤沈下のひどい地点に近い大湫コミュニティー消防センターでは、室内に入ると平衡感覚を失ったようにクラクラするし、ピンポン玉を置くと自然に転がり出す。集会所では女性用トイレのドアが閉まらなくなり使えなくなったし、民家の裏口のドアも開かなくなった。

「地盤沈下についても一定のご安心をしていただくことができた」と県の地盤委員会で報告した水野市長の認識と大湫町の現実には大きな隔たりがある。

JR東海は昨年2月、地下水位の低下が発生してもトンネル掘削工事を止めず、被害は拡大し続けた。

JR東海から報告を受けた瑞浪市は県に伝えなかった。その理由を水野市長は「JRさんの事業なんですから、県にも国にも報告してくださいと言いました」と釈明している。県が知らされたのは昨年5月のことだった。

住民を苦しめているのはJR東海だけではない。

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