日本の沿岸を歩く海幸と人と環境と第100回 ノドグロなど3種「どんちっち」に選定ー山陰道・島根県浜田漁港
2025年07月16日グローバルネット2025年7月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
島根県の西部にある浜田市は石見地方の中心都市。全国に13ヵ所ある特定第三種漁港の一つで、島根県内一の水揚げを誇る。だが1990年をピークに水揚げの減少が続き、「水産都市浜田」の輝きがかすむ。この窮状を打開しようと、従来から知られていた「浜田の魚はうまい」を前面に出したブランド化が進む。人気のノドグロ(アカムツ)、アジ、カレイの3魚種を特選水産ブランド「どんちっち」に選び、さらに「浜田港季節のお魚」26魚種を選定した。魚介類の販売店と飲食店を備えた「はまだお魚市場」(山陰浜田港公設市場)も新しくなった。浜田の魅力をアピールする目玉施設である。
●うまい魚が捕れる漁場

はまだお魚市場の入り口
昨年11月下旬、浜田漁港に到着した。漁港の中心地にある「はまだお魚市場」は仲買棟、フードコートのある商業棟ともに観光客に人気の場所だ。入り口にある第23回全国豊かな海づくり大会(2003年)の御製(天皇陛下が詠まれた歌)には「旗を立て 和が前を行く 漁船 浜田漁港を つらなり出づる」と記され、かつての浜田漁港の活況ぶりが伝わってくる。周辺には加工工場や直売店などが集中している。
「はまだお魚市場」は前身の「しまねお魚センター」(1992~2019年)の施設を浜田市が買い取り、老朽化した浜田市公設水産物仲買売場の機能も移転し、2021年3月リニューアルオープンした。
仲買棟では新鮮な鮮魚や干物がよく売れていた。ノドグロやアジは特に人気だ。この日は週末で客が多かった。浜田自動車道など高速道路でつながる広島市などからの訪問が多いという。だが、後日補足取材で訪れた平日は閑散としていた。平日の地元客を増やすことが課題と言っていいだろう。
浜田の魚がおいしい秘密は島根県西部沖には大陸棚が広がり、その外側が急斜面の複雑な構造になっていること。温かい対馬海流と深海の冷たく栄養に富んだ島根冷水域の海水が混じり合い、プランクトンが多い恵まれた漁場となる。
浜田漁港は明治期以降、西日本有数の漁業基地として栄え、底魚を対象とする沖合底引き網漁業と浮魚を対象とする中型巻き網漁業を主力とした。一本釣りや定置網漁もある。ピークの水揚げ量は1990年の19万8,000t。ところが近年は1万t余と低迷が続く。大量に水揚げされていたマイワシの激減が大きな原因で、マイワシの魚油や養殖用餌などの加工業者も大きな打撃を受けた。
●ブランド化へ戦略会議

はまだお魚市場の仲買棟店舗
漁港の一角にある浜田魚商協同組合の石井信孝さんを訪ねた。石井さんによると、昭和期の1960年代には沖合底引き網は39ヵ統(漁獲のための船のグループ)、巻き網は40ヵ統もあったが、現在はそれぞれ3ヵ統(5月末1ヵ統減)、1ヵ統となっている。水産加工団地が1990年に完成したが、1978年に缶詰工場など173社あった加工業者も現在は45社にとどまる。
石井さんは私見と前置きしながら「危機感が十分でなかったかもしれません。これからは積極的な対応策が必要でしょう」と話す。観光も東部の出雲地方や西の山口県萩市に比べると印象が薄いようだ。
ただ、手をこまねいていたわけではない。2002年、浜田市水産ブランド化戦略会議が設立された。構成メンバーは漁協、仲買団体、加工団体、消費者団体、試験研究機関、行政など12団体。魚価の向上と地元水産業の活性化を目指すことにした。
豊富な魚種のうち特に優れたノドグロ、アジ、カレイを「どんちっち」に、旬の魚介類は「浜田港四季のお魚」に選定して差別化を図った。「どんちっち」とは、郷土芸能である石見神楽のお囃子の幼児言葉に由来する。石見の誇りと親しみやすさを感じさせる。
名前に劣らず魚の質も本物だ。ノドグロは「浜田市の魚」。沖合底引き漁業で漁獲した80g以上が「どんちっちノドグロ」。脂質が他地域の4~5倍もある。
「どんちっちアジ」は巻き網漁業で漁獲した50g以上で、平均脂質は10%以上。全国平均は5.5%だが、浜田のアジは15%を超すこともある。
「どんちっちカレイ」は浜田を代表する魚で、主なものはミズカレイ(ムシカレイ)、エテカレイ(ソウハチ)、ササカレイ(ヤナギムシカレイ)の3種。塩干品は全国一の生産量を誇る。サイズは50g以上。旨味成分のイノシン酸(IMP)の含有率が非常に高い。
新たな戦略として打ち出したのが「沖獲れ一番」。漁獲した魚を体温5℃以下に冷却し、翌日に水揚げする。鮮度抜群で船上でしか味わえないおいしさだ。
ハード面でも漁港の高度衛生対応の荷さばき所を整備。老朽化した漁船も2023年から今年にかけて沖合底引き網漁船4隻(2ヵ統)を新造した。
加工品の中で浜田発祥として知られるものに「赤てん」がある。市内の加工業者である(有)江木蒲鉾店は魚のすり身に唐辛子を練り込みパン粉をまぶして揚げる。ピリピリ感とサクサク感が売りだ。開店の午前10時に出来立てが店頭に並ぶ。駅に近く、観光客や常連さんが買っていく。漢字表記の「赤天」は(有)江木蒲鉾店の登録商標。江木蒲鉾店と市内の他の1業者のみが使用できる地域ブランドである。
●北前船の運航を安全に
漁港の取材を終えると、浜田マリン大橋を渡って港の北東へ。江戸時代から明治時代にかけて北前船の寄港地として栄えた外 ノ浦を目指した。5kmほど車で走ると入り組んだ湾がある。道が行き止まりとなり徒歩で日和山に到着すると円柱型の方角石があった。出航前に方角を基に風や潮を確かめるために用いた。石井さんに浜田城を案内してもらった時、本丸跡から外ノ浦が見えたので城と海の戦略的な関係を知った。
城跡には司馬遼太郎の碑がある。作品の『花神』には幕末の第二次長州征伐の際、浜田藩を打ち破った長州軍の大村益次郎が書かれている。市役所勤務時代に石井さんは市長の命を受けて碑文を司馬氏本人に依頼する役を務めたという。碑文は「石見人はよく自然に耐え、頼るべきは、おのれの剛毅と質朴と、たがいに対する信のみという暮らしをつづけてきた」などとあり、石見人は忍耐強く信頼を大切にする、と評している。
島村抱月の碑もあった。大正時代に大ヒットした『カチューシャの唄』を相馬御風とともに作詞した。出身地の旧金城町の防災無線で流されているこの曲は、近く浜田市内全域で流れる予定だという。
浜田市からさらに西へ進み、益田市の高津川へ行ってみた。ダムがなく全国一の清流という評価がある川で、一連の山陰道の取材はここまで。ズワイガニのシーズンに合わせて京都・舞鶴から鳥取・境港へ、さらに島根県を訪ねた旅が終わった。山陰道に共通して言えるのは、ジオパークのような美しい自然、海の幸、歴史など地域の魅力が多くあり、さらに広く知られる余地があること。特に浜田ではそう感じた。オーバーツーリズムに汚されずにブレイクする日を待ちたい。

浜田漁港の全景
