NSCニュース No. 157 2025年9月定例勉強会報告「Pax Americana 後の世界の未来展望~「トランプ劇場」終演後の「新世界秩序」についての展望と考察~」

2025年09月17日グローバルネット2025年9月号

NSC共同代表幹事
後藤 敏彦(ごとう としひこ)

8月22日、総会に続き、東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員、元東洋学園大学教授、元国際通貨研究所シニアエコノミストの古屋力氏に講演を願った。大学院卒業後に東京銀行に勤務された為替の専門家でもあられる。講演は7部構成でなされたのでそれに従って概略を紹介する。

1.Pax Americanaの千秋楽としてのトランプ劇場

トランプは原因ではなく結果であり、「西洋の時代」の黄昏の象徴がトランプそのものなのであると述べられ、米国民の必ずしも多数が支持しているわけではないことや、分断の状況等をデータも用いて解説された。

2.米ドル基軸通貨制度終焉の含意

米国衰退期の断末魔の決定的な致命傷が、米ドル基軸通貨制度の終焉である、という命題を解説された。IMFの2024Q3では「世界の公的外貨準備に占めるドル比率は、57.39%と史上最低水準まで落ち込んでいる。」となっているが、実態は更に非ドル化が進展している。米ドル基軸通貨制度終焉の必然性について、半世紀以上前のトリフィン(エール大学)のジレンマ「国際的な準備通貨において、自国と国際社会の利害が対立してしまう」ことを紹介された。ブレトン・ウッズ会議で経済学者ケインズの提案した「バンコール(Bancor)構想」が退けられ、米ドルを基軸とする「金・ドル本位制」の固定相場制「ブレトン・ウッズ体制」(ホワイト案)が採用されたが、それがすべての誤りの元であった、との説明。併せて「BRICS流通貨バスケット国際金融システム」構想も解説された。

3.米国の黄昏とPax Americanaの終焉

UNCTADの報告書等を引用し、「2024年の世界全体の総輸出額24.8兆ドルに占める米国の比率は13.3%にすぎない。もはや、米国が世界経済を牽引している時代は終焉した。」ことや、中国を念頭に置いて「ツゥキジデスの罠」などを解説された。

4.「西洋の時代」の終焉と「無主の世界」の諸相

世界は、「アメリカの世紀」でも「中国の世紀」でもない、「誰のものでもない世界」、すなわち「無主の世界(No One’s World)」への移行過程にある(ジョージタウン大学のチャールズ・カプチャン教授)、を引用。2千年の歴史において西洋が近々3百年間のみ中心におり、現在それがアジアにシフトしつつあることなどを解説。戦間期の世界恐慌を分析したキンドルバーガー『大不況下の世界 1929-1939』を引用、世界恐慌後から第2次世界大戦に続いた世界経済の混乱の背景を、世界的な指導国覇権国の欠如に求めたことを解説。ちなみに覇権の5つの条件は、①「開かれた市場」を提供すること、②「安定した長期貸し出し」を提供すること、③「為替相場の安定」を維持すること、④世界の主要国間の「協調行動」を調整・仲介すること、⑤「国際公共財」を提供する意思と能力があること、とのことである。

5.Pax Americana後の世界の未来展望

多極的世界統治システムの台頭などさまざまな未来展望、日本の役割の重要性を解説。

6.Bretton Woods System 2.0の地平線

「新しい世界秩序」構築にとり、新しい国際通貨システムの構築は不可欠で重要な要件である。なぜなら新しい世界秩序と新しい国際通貨システムは表裏一体の関係にあるからである、と述べられ、新たな国際通貨「バンコール2.0」の議論もすでに始まっていること、課題として①基軸通貨依存からの脱却、②不均衡是正、③多極化経済に適応、の3つを挙げられ、容易ではないことも解説。

7.Pax Americana 後の日本の選択肢

日本の選択肢として、①延命路線(米国との同盟強化)、②バランサー路線(多国協調への架け橋)、③アジア型多国間路線(地域重視)、を挙げられた。

 

それぞれに膨大な資料を用意していただきNSCウェブサイトにて公開しているので参照されたい。

この世界的な大変革期に日本はどうすべきなのか。今こそ徹底的に議論し覚悟を決めるべきと思う。その方向性がなければ企業は短期的対処方策しか選択できず、中長期の発展戦略は全て先送りになりかねず、企業活力を著しく削ぎかねない。変化を嫌う日本人の習性(?)から、延命路線を取ることになりかねないが同盟強化は片思いでしかない、と筆者は考える。企業も独自に考えるべきである。古屋氏は冒頭に「バンドーラの箱」の寓話を述べ、最後に日本の活動に希望を託された。

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